第五十三話 『煌めくナイフは必殺の爪牙!』
「あーもう、わかったわかった」
「ヒューゴさん、頑張ってましたもの……。仕方ないですよね……」
わしゃわしゃと自分の髪をかき回して、散々に悔しがっていたものの、それも数分で収まって。『やっぱり身体鍛えた方がいいのか……』とか呟き始めるヒューゴ。
俺からしたら十分に筋肉質だと思うのだけれど、これ以上どこを鍛えるつもりなんだろうか。そもそも、鍛えたところでウェルミ先輩に勝てるとは思えないんだが。
とはいえ――
「そこで腐らないところが、良い所なんだろうな」
水は腐るが、炎は腐りようがない。そんな話を、昔聞いたことがある。水は物質で炎は化学反応なんだから当たり前、と言ってしまえばそこまでなんだけど。
「……あぁ?」
「いや、なんでもない。それじゃあ、そろそろ行ってくる」
ポツリと漏れた呟きに反応したヒューゴに対して適当にぼかしながら、自分は試合の準備があると、椅子から立ち上がった。
やっぱり準々決勝ともなると、運だとか、そのときの勢いだけではなんともならない奴ばかりなのだろう。ヒューゴ自身が拍車をかけた、というのもあるだろうけども、あれだけの炎魔法はまずお目にかかれない。
唯一近かったものでも、例の禁術によって出てきた魔物を追い返した、ヴァレリア先輩の魔法ぐらいなんじゃないだろうか。
にはるん先輩の火球も、規模としては相当なものだったけれど……なんと表したものか。言うなれば、密度が違っていた。魔法の強さと一口に言っても、いろいろな方向があるのだと、改めて感心した。
そんなヒューゴを中心に、仕方なく相手をしてやる女性陣。名ばかり、というかまさしく反省会が行われる観客席を後に、足早に試合場の脇にあるテントへと向かったのだった。
白く煙が
「……またかよ」
テントの中には、前回、前々回と同じくファラ・ウィルベル先生の姿。どちらのテントに入るかは、対戦表によって決められ――それもランダムの筈なのに、どうにもこの先生とは縁があるようである。
「あぁ来てたのか、済まない。昨日から調べものをしててね」
この中一帯の空気汚染の原因である先生は、昨日のように机について本を読んでいた。唯一違うのは、本の分厚さが三倍、四倍にも渡るものだったことぐらいか。
どこか怪しげな表紙から察するに、調べ物というと昨日のハルシュ・クロロとの試合での事件のことなのだろう。
「やれやれ、面倒なものだよ。もう裸一貫の殴り合いでいいのではないかね」
「先生。魔法使いのすることじゃないです、それ」
気怠げに立ち上がり、こちらへツカツカと歩いてくる。もっさりとした、長い、藍色の髪を揺らしながら。白衣の端を揺らめかせながら。
殆ど座っているところしか見たことがないので、こうして目の前に立たれると思ったよりも身長が高かったことに驚く。……自分よりも10cmほど高いだろうか。
「……真面目に前を向いている者ほど、あらぬ輩につけ込まれる隙ができてしまう。ハルシュ・クロロも災難だった」
今回ばかりはチラリと
最後に、いつものようにナイフを魔法でコーティングするのが終わって。椅子に腰掛けたところで再び本に目を落とし始め、興味なさそうに呟く。
「まぁ、君については心配する必要もないだろうがね」
「は、はぁ……」
褒めているのか、
テントの中からでも微かに聞こえていたけども、実況席にいるウェルミ先輩が散々場を暖めていたのだろう。テントから顔を出した頃には、観客席は十二分に沸いていて。更に困ったことに――
『さぁ! それでは選手の入場です!』
実況席のこちらの姿を確認したからか、先輩は紹介文を読む準備に入っていた。
「ほら、早く行ってきたまえ。少年」
「ええっ」
これ、出てこなかったら大ブーイングになるやつだろ。
心の準備とか関係なしに、出るしかないじゃねぇか!
「あぁ……くそっ!」
『誰よりも速く、誰よりも静かに――
音もなく忍び寄る様は、まさに影法師!
認識した時は既に遅く、煌めくナイフは必殺の爪牙!
定理魔法科一年、テイル・ブロンクス!』
焦って一足飛びに会場へと飛び出ると、わっと歓声が湧き上がる。ウェルミ先輩のように目立ちたがりではない以上、こんなことには慣れているわけがないし、正直な所、とてもやりづらい。ハナさんの言っていたこともわからないでもなかった。
「…………?」
まるで雨のように降り注ぐ歓声に、どことなく気まずい思いをしていると――『おや?』と違和感が沸き上がってくる。
声が更に、更に、更に大きくなっていくのだ。自分がそこまで人気だったから、ではない。その理由は、朧気にだが理解できた。
「――なるほどね。メインはそっちなわけだ」
期待しているのだ、観客席にいる人の殆どが。
――グレナカート・ペンブローグの入場を。
『高みへ、ただ高みへと! 常に欲するのは最強の座!
その視線は、その腕は、あらゆるものを支配する意志の表れ!
孤高の王へと至る道は、己が手でこそ切り開くものぞ!
定理魔法科一年、グレナカート・ペンブローグ!』
雄々しく逆立った髪の毛は若獅子のように。
薄く黒がかった肌は、生まれが違うことを如実に表していた。
大きく息を吸い、これでもかと勢いに乗せて読み上げる紹介文とは対象的に、ゆっくりとした足取りで登場して。まるで入学式の時の焼き増しである。
「…………」
こうして勝負の場に立つことを、密かに心待ちにしていたのだ。ヒューゴと共に【銀の星】へと赴き、のされてしまったあの日からずっと。
『この学園に何をしに来たんだ?』と鼻で笑われたこともある。だがそれ以上に――生まれも、持ちうる才能も、何もかもが違う。対照的と言っていいぐらいに正反対なこいつと、もう一度真剣勝負をすればどうなるのだろうと。
『それでは第二試合、始め!』
そうして――自分としてはこれ以上無いくらいに大舞台の試合の火蓋が切られた。
「――――っ」
一瞬にして、目の前に大量の火球が散りばめられる。ノータイム、無詠唱での炎魔法。始まる前から回避を決めていたため、怯むことなく飛び退く。
ハルシュの時には驚いた無詠唱での魔法も、目の前のこいつならば何の疑問もない。むしろこれぐらいできて当然だろう、と実力を認めてしまっているのも、悲しいことだけども。
『開始直後から一方的に魔法を打ち込んでいくのはグレナカート・ペンブローグ! テイル・ブロンクスの方は撃ち合いを嫌い、接近戦に持ち込むつもりかぁ?』
むしろ、これしか手がねぇんだよ……!
魔法の技術についてこちらの方が劣っているのは、最初の授業のときからずっと変わらない。遠くから撃ち合っていては速度の面で不利になることぐらい、嫌と言うほど分かっている。
――かといって、ハルシュのように接近戦を嫌う様子も見せず。最初に会った頃よりは、技術も、体力も成長している。こちらを掴もうと手を伸ばしてくることも、大方予想済み。
魔法でコーティングされ、殺傷能力を抑えられたナイフで捌きながら、すれ違うように大きく位置を入れ変える。まずは小手調べ。向こうとの実力の差を冷静に測る。
「…………」
少し速度が上がったところで、まだ遅いと言わんばかりに。表情一つ変えること無く、こちらの攻撃を一つ一つ剣で弾いている。剣の速さも、大会が始まる前の教室での一件で既に確認済みである。
あの寸止めも見切れない程ではなかった。けれども、あの速度……。こちらの動きもまだ向こうの許容の範囲内だったのだと、この現状が語っていた。
……向こうがこちらと同じ速度域で動けるなんて、今までの経験では無いこと。そのうえ、一撃の威力も折り紙つき。どうしたものか……。
「……ん? ……魔法でコーティング……」
少しだけ。ほんの少しだけ、何かが思いつきそうな。
『魔法によって作られたもの。魔法で欺かれたもの。ありとあらゆる魔法は、私の目から逃れることはできない』
そんな先輩の言葉が浮かんでくる。
魔法探知の目というならば、自分だって扱えるじゃないか。
……優れているかは別として。
――精度なんてものは、今この場では必要ない。過去に何度か使用したことがある、という経験頼りの方法で魔法陣を出現させる。
「〈ブラス〉!」
細かい部分が間に合わせで補われたような、不恰好な魔法陣。それでも思いついたのならば実行してみるまでと、魔法探知を使ってみると――案の定、グレナカートの剣が淡く光を帯びているのが視認できた。
振るわれる速度は変わらないとはいえ、何もない状態に比べれば格段に反応しやすくなっている。回避もワンテンポ早くから動けるし、更に言うなれば、向こうの動きに合わせてナイフを振るうことも。
「――〈ブラス〉」
刃と刃が交わる音に紛れ込ませるように、発動の呪文を口にする。ちょうど真後ろに分身が表れ、不意を突かれたグレナカートが振り向きざまに一閃。
完全に隙を突いての一撃かと思ったのだが、即座に反応され、腕を折りに来た向こうの剣を飛び退いて避ける。続けて〈ブラス〉、〈ブラス〉、〈ブラス〉――
消しては出して、消しては出して。度重なる二択に、完璧かと思えたグレナカートの反撃にもほんの少しだが綻びができていた。
これなら――このタイミングなら、こちらの手が届く!
「くっ!」
『テイル・ブロンクス、惜しい! 完全に隙を突いた一撃だったが、それでもグレナカートには届かない!』
――いや、届いていなかったわけじゃない。魔力を込めた一撃は、辛うじて横腹を
勝機を見つけたと言わんばかりに。向こうの視線に正面からぶつかるように。半ば挑発のつもりで声を投げかけてやった。
「……気分はどうだよ」
「――――」
少しはその仏頂面も歪むかと思ったのだが――こちらの声に答えることなく、静かに息を吸い、吐き出す。たった一度だけ深呼吸をして、その後に短く呟く。
「――平伏せ……!」
「……? ――っ!?」
今まさに試合をしている場内の、その全面に淡い光が広がった。一瞬何が起きたのか理解できなかったものの、それが魔力探知のせいだと理解する。
〈ブラス〉の呪文もなく、巨大な魔法陣が足元に広がっていた。
なにが起きるのか、だなんて予想する暇すらない。視界がぐらりと揺れたかと思うと、次の瞬間には急降下。下に、下に――引き寄せられるだなんて、そんな甘っちょろいものじゃない。
声を出す暇もなく。無理矢理に。まるで後頭部を見えない手に掴まれているかのように。抵抗すらできずに、地面に勢いよく叩きつけられていた。
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