第十九話 『どういう生き方をしたい?』

「んー。お、つ、か、れぇ! さてさて、懐は温まってきたのかな? 私はだね、今日も一人でだね、閑散としたこの部屋にいたわけだよ?」


 ――外では日も傾きかけていて。【真実の羽根】からの依頼も済ませた自分達は、いつものようにグループ室へと戻ったのだけれど。今日は珍しいことに、ヴァレリア先輩は奥の机ではなく、ソファーの一つに寝そべっていた。


「……ゆったり寛いでいるようにしか見えないんですけど」

「カンカンだよ、もう! 怒髪天だよ!」


「今日はいつにもまして不機嫌……?」

「燃え盛る炎はいつだって形を変えてないといけないんだぜ!」

「難しすぎて意味がよくわからないです……」


 天井を仰ぎながら足をバタバタとさせて。ハイな状態はいつもと変わらず、相変わらずにやかましい。ルルル先輩……あなたが羨んでいたうちの先輩は、こんな感じで駄々をこねるような人です。


「いやぁ……学費を払う為にお金も必要ですし……」

「学生なんだからまずは勉強だろう!? それならさぁ、まずは先輩と交流を深めてだねぇ!」


「いや、お金……」

「なんだよなんだよ! 定理魔法科マギサだったらほら、自分の得意分野を決めるあたりじゃないか。一番面白いやつだろソレぇ! もっとこうさ……ほら、何かを得ようとさ! 先輩を食い入るように見つめるべきなんじゃないのか!? どうなのさ!」


 ……むしろ、視界に入れちゃいけない類の人なんですが。






「まぁ、迷っていると言えば迷ってるんですけどね……」


 先輩のいつもの駄々を流して、各自がそれぞれの時間を過ごす。ヒューゴは魔法の練習、ハナさんは妖精とお話中、アリエスは持っている道具の手入れを始めていた。


「先生は片手で数えられるぐらいが丁度いいって言うし。まずはどんな魔法があるのかってのから考えないと」


 ――実際のところ、自身の魔法については確かに迷っているわけで。


 その点においては、ヴァレリア先輩の言うことにも一理ある。これから依頼をこなしていくにしても、何か一つでも強みを持っているかどうかで大きく変わってくるだろうし。


 というわけで、興奮の収まった先輩に相談中。むしろ、向こうからグイグイくるので、仕方なく相談相手にしている感じだけど。


「そうだなぁ……なぁ、テイル。?」

「生き方……?」


 いきなり哲学的っぽい質問を投げかけられた。あれ、人生相談だっけこれ。


「もっと簡単に言うなら、どうなりたいって感じかにゃあ。どんな奴だって“なんでもできる”ようにはならないんだ。ヒトが‟何か”になるには、取捨選択ってのが必要なんだよ、テイル」


「“何か”ってなんですか……?」


 まるで外国の映画に出てくる登場人物のように、『“何か”は“何か”さ』と大仰に腕を広げる。うん、さっぱり分からん。


「そう深い意味はない。“漠然とした役割”っていうのかね」


 自分が与えられるべき“漠然とした役割”。いるべき場所、立ち位置。生きる上では、目的を持つことが大切なんだと、ヴァレリア先輩はつらつらと語る。


「もちろん、自分では選んだという自覚もなしに、“何か”になっている奴もいる。ヒューゴがそうだろう?」


「え? 俺ッスか?」


 グループへと誘われた時の話とは別に、ヒューゴにだけは学園に通う理由を聞いていた。……というか、勝手に喋ってたんだけども。


「実家が鍛冶屋で、代々妖精の力を借りながらやってきたんだろ? 跡取りとして家を継いでいくためにも、今の内から修行に励んでるわけだ」

「もちろんッスよ! 親父みたいになるのが目標っす!」


「親父みたいに……」


 もちろん、自分は父親のようにはなりたくなかった。だから家を飛び出した。……父親の背中を見て育って。そこは同じなはずなのに、どうしてこうも違う感情を抱いてしまうのだろうか。


「……ただ、まぁ。今は一緒に戦ってくれる仲間程度の認識なんだろうが、そのうち分かってくる。妖精に認められるということが、どれだけ大切なのか」


「いやいや、もうバッチリですって! 俺とコイツのコンビだったらゴゥレムだって楽々っスよ!」

「――――」


 図書館で見たやつもそうだけど、妖精のサイズってのは全体的に小さいせいで、表情の変化がさっぱりわからない。ただ、バタバタと万歳を繰り返しているようにも見えるけど。これは……ヒューゴに同意してるのか?


「……『“仕事仲間”である親父さんの息子だから、仕方なく手を貸してやっている』って感じだぞ」


 ……ものの見事に真逆だった。というか、全然気が付かなかったのかよ。


「ええぇぇぇ!?」

「あらあら……」


「お前……そんな上から目線で俺のことを見てたのか……」


 がっくりと項垂れるヒューゴ。


「妖精の方から『力を貸してやりたい』と思われるような男になるんだな」

「うっす……」


 どうやら、よっぽどショックだったのか声が沈んでいた。聞けば、もともと家にいたものを、父親から一匹だけ借りてきたらしく。長く人と働いてきたベテラン妖精からすれば、相棒というよりは世話役のつもりなんじゃなかろうか。


「それでも、炎を操り一撃にかける。その姿勢は、確かにお前の生き方であり、在り方だ。他のみんながお前を頼りにするのも、分かるよな? つまり――」

「……つまり?」


 沈黙の中、ゴクリと喉を鳴らす。溜めに溜めたあと、こちらを指さして何を言うのかと思えば――


「テイルはお前に憧れている!」

「何だってぇぇぇぇぇ!! マジでか!」


「いや、それだけはないわ」


 脊髄反射で口に出していた。これだけは否定しないと、自分の精神の安寧が保たれない。嬉しそうな顔してんじゃねぇ、ヒューゴ。


「テイル……軽く引いちゃうぐらい冷たい目してたよ……」


「傷つくぜ……」

「まるで吐き捨てるように……可哀想です……」


 もう机に頭がめり込むかどうかの具合で項垂れて。今にもすすり泣きを始めるんじゃないか、という具合のヒューゴを中心にして、女性陣がこちらへ非難の目を向けてくる。


 ……なんで俺が悪者みたいになってんだ?


「さてさて、こんな態度を取っていてもだよ。一応はヒューゴの事を認めてるわけなんだし。それはそれで、役割も目的も上手くはまってるわけだ。――ヒューゴの他にも、皆それぞれ理由を持って学園に来ているんだろう?」


 ヴァレリア先輩が順番に自分たちを眺め、アリエスの所で止まる。それに促されるように、自分を含めて一斉にアリエスへと視線が集まった。ぽりぽりと頬を掻きながらアリエスが気まずそうに口を開いた。


「んー……。これって別に勿体ぶって言うことじゃないんだけど。私は……小さい頃に見た“マキナ”を見つける為に世界中を旅したくてさ」

「マキナ?」


 聞きなれない単語。ヒューゴもハナさんもピンと来ない表情をしているし、機石魔法師マシーナリーに関係するものなんだろうか。


「機石にも種類があるって言ったけど、なんというか……核のような役割をするものがあってね。すんごく高価なんだけど、その核を中心にして作られたものが機石生物――《マキナ》って呼ばれているの」


「ゴゥレムとは違うのか?」

「全然違うよ。機石生物マキナは基本的に、一度起動したら魔力が尽きるまでは勝手に動き続けるらしいし」


 自立行動……まんまロボットのような気がするけど。


「で、その機石生物マキナを見つけるために学園に?」

「あぁ、そうそう。そうです。道中襲われたりもするだろうから、学園に通っていろいろと技術を身に付けたり、情報を集めたりしようかなーって」


 人多り話終わったアリエスは、居心地が悪いのか『私の話はそれぐらいで! 次はハナちゃん!』とバトンタッチしようとするのだけれど――


「わ、私は……ちょっと言えないです。ごめんなさい……」


 注目の中、ノリに任せて語るようなこともなく。肩を竦ませて、こわごわ断るハナさん。……言えないというのは、どういうことなんだろう。


「ん、んー。謎多き女ってやつだねぇ!」


 ……でも、今の段階で妖精魔法を詠唱もせずに使えるってことは、何かしらの凄い才能だとかを持っているってことだろ? まぁ学園に通っている理由も、その妖精魔法に関係することだろうし。


「んー。まぁ、なんだろ。自分の好きなようにやってみればいいんじゃないかな。これっていうのが無ければ、グループのそれぞれの役割を考えて、おぎなえるようにすればいい。今回も、お前の魔法が役に立ったんだろう?」


「……役に立ちそう“だった”んですけどね」


 今のところ、この定理魔法が役に立った試しがない。そりゃあ、テイラー先生のように自由自在に扱えるようになれば全然違うんだけどさ。


 入学が決まった段階で定理魔法科マギサへと入ることが決まってはいたけど、他の科も後々聞いてみれば生まれ持った才能に大きく左右されそうなものばかり。


 妖精魔法科ウィスパーなんて、それこそ人によって妖精と話せるかどうかが大きく差があって。機石魔法科マシーナリーは手先が器用だとか、機械いじりが得意な必要があって。

 魂使魔法コンダクターについては、このグループにはいないからざっくりとしか分からないけど、生物の知識が必要不可欠なものらしい。


「さて、話を最初に戻そう。テイル、どうなりたい」


 グレナカートの鼻を明かしてやるのも目標だけど、それよりも――


「リーダーとして、みんなの前に立てるように……俺はなりたいです」

「ふぅん……なればいいんじゃない?」


 この上無く雑だった。信じられねぇ。わりと真面目に言ったつもりなんだけど。


「大切な仲間を守りたいなら、大切な何かを守りたいなら。誰よりも早く、誰よりも怖い思いをしてでも、飛び込んでいかないといけないときもある」

「誰よりも早く飛び込んでいく……」


 今までの生き方からは真逆だった。裏稼業をしていた家で叩きこまれたのは、影に徹しろということ。誰にも見つからず標的を仕留め、誰よりも早く逃げ出す。そんな自分が……できるのだろうか?


「それでも。それでもなお。自分でそうなりたいと決めたのなら。頑張ればいいとお姉さん思うんだけどなー」






「……で、自分だけ居残りですか」


「なーんだかさぁ……焦って生きてるように見えるんだよ、お前は」


 今回は明確に先輩から『テイルは残るように』と言われ、何度目かの個人授業マンツーマン。ぼぉ~っと呆けながら外を眺めて、椅子に身体を沈めながら先輩は呟く。


「学費の件もそうだけどさぁ、少し頑張れば払える額だっただろう? もっと余裕をもって、周りを見てもいいんじゃないかな?」


「“今”生きている人生を――失敗したくないんですよ」


 問題が、課題があるのならばさっさと片付けてしまいたい。やれることがあるなら、できるだけ早く。何もかもを前倒し、前倒しで。とにかく失敗しないように。


 ――人生なんて、いつ終わってしまうのか分からない。

 ――自分はそれを、よく理解しているのだから。


「失敗だの成功だの考える前にさ、その時その時を楽しむのが一番だと思うぞ。いつだって、まったく同じ一瞬ってのは存在しないんだ。足を止めている間が無駄な時間だなんて誰が決めた? 華の学園生活を楽しみなよ、テイル」


 くるくると椅子ごと回って。舌も良く回ってるようで。クスリ(お香だけども)の抜けた先輩は、いつもの口調で真面目なことを話していた。


「……‟刹那的”が服着て歩いているような人が、何を言ってんですか」

「しっかたないなぁ……ちょっとこっち来てみ?」


 机の引き出しを開けて、クイクイと手招きをする先輩。……なにか秘密があるのだろうか。何か他の三人には見せられないような、《特待生》に関わる何かが。


「――――」


 ……ん、あれ、何も入ってないんだけど。


「……カラじゃ――あだだだだ痛い痛い痛い!」


 間髪入れず頭をガッチリと抱え込まれ、締め付けられる。迂闊うかつにもヘッドロックをかけられていた。しかも、見た目よりもずっと力が強い。いくらもがいても緩む気配がしない。なんか当たってるような気がしないでもないけど――!


「先輩に対してナ、マ、イ、キ、なんだよ――あっ」


 猫化して先輩の腕から抜け出し、机から飛び退いてソファーへと着地。元の姿へ戻り、そのまま腰を下ろした。


「そんなに嫌がることもないだろうに……」

「…………」


 ヴァレリア先輩はやれやれと肩を竦めて、柔らかい笑みを浮かべたあと、また気怠そうに頬杖をついて語り始める。


「私も《特待生》だ。お前が似たような境遇だったってのは、なんとなく分かる。時々スレた目をしていることもあるしな。……だけど、そこから救い上げられた時、世界が広がったような気がしただろ? 日が差し込んだ気がしただろ?」


 まるで自分もそうだったかのように。まるでこちらの内側を見透かすかのように。故にヴァレリア先輩の一言一言が、液体の如く染み込んでくる。


 暗く鬱蒼うっそうとした森の中で。人目から逃れるようにして。影に溶け込むことを強いられていた生活から抜け出し、拾われ、こうして学園に通うことができている。


「上手くできないでも、不器用でもいいからさ。もう少し自由に生きてみろよ」

「……よく分からないです」


 そこで急に自由に生きろと言われても。そんな大雑把なことを言われたって、どうすればいいのか見当もつかない。困惑している自分をよそに――


 先輩は『そのうち分かるようになるさ』と煙に巻くようなことを言っていた。

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