第十話 『お願い!にはるん先輩!』

「――んで、聞き込みとは言ったけど、どうするよ?」

「『どうするよ』ったって……そりゃ誰かに聞くんだろ」


 ……まぁ、学園の外で依頼を受けるようになったら、当然知らない人に話を聞かないといけないことも出てくるだろうし。まずは適当にそこら辺を歩いている三年に話を聞こうとしたのだけども――


「あ、トト先輩だ。せんぱーい!」


 既に学内での知り合いを作っているらしく、アリエスが他に生徒がいる中で大声を上げながら手をブンブンと振る。……一緒に行動している自分たちも目立ってるから止めてもらえないかな?


「……なに。忙しいんだけど、私」


 声をかけられ返事を返したのは、緑色で癖の強いモジャ髪をした女子生徒。ローブを羽織っているため制服の色が確認できないけど、‟先輩”と呼んだのなら二年か三年なんだろう。 


 ――身長は自分よりも少し低いくらい。あまり友好的とは思えない目つきで、トト先輩はこちらの方をじろりと睨んでいた。


「えー、と。トト先輩。魂使魔法科コンダクターの二年」


「は、初めまして……」


 ともすれば年下なんじゃないかと思える先輩に、頭を下げて挨拶をする。それぞれが続けて『初めまして』と口にするも、先輩は『そう』と素っ気ない反応しか返さない。


魂使魔法科コンダクターの方と話すのは初めてです。どういった魔法なんでしょう?」

「……あなたも彼女と同じ一年なのね。私に聞くよりも――」


「……おい、アリエス」

「ん? なに?」


 ちょうどハナさんがトト先輩と話をしている間に、先輩に聞こえないぐらいの小声でアリエスに話かける。


「なんで別の学年で、しかも他の科の生徒と交流があるんだ」

「入学する前からいろんな所に行ってるからさー」


「入学する前にいろんな所に行っちゃダメだろ」

「いやさ、入学予定の生徒は数日前から寮に入れるから。知らない?」


「…………」


 近くの街に連れてこられたのが、入学式の前日なのだから知りようもないのだけれど。それならそれで、最初から寮に連れて行ってくれれば良かったんじゃないか?


 学園長(その時は知らなかったけど)が言うには、ここは自分が元いた所からかなり離れた場所で。自分が意識を失っている間に、俗にいうテレポートで連れてきたらしい。


「もう行っていいかしら」

「あ! ちょ、ちょっと待ってください! 聞きたいことがあって――」


「何だか最近、貧血で倒れている人が多くてですね……」

「なに、魂使魔法科コンダクターだからって疑ってるの? 確かに血を触媒として使うことはあるけど――」


 ――魂使魔法師コンダクター。物質に魔力を加え、まるで一つの生物のように操る魔法。死者の魂や肉体を使った魔法も扱うらしく、覚えている単語で表すならばネクロマンサーに近いものらしい。


「いやいやいや! ちょっととっつきにくいし危ない感じはするけど、先輩はそんなことしないって分かってますから!」

「へぇ……」


 ……いろいろと余計なことを言いすぎだろ。


 トト先輩の、ただでさえ冷たいジトジトとした視線が更にその温度を下げていた。射殺されるか、もしくは呪い殺されるか。『今すぐ、この場で血を抜かれたいの?』と言わんばかりの目つきだったのだけれども――


「……悪いけど、私はそういうこと平気でするわよ」


 深いため息と共にそれも収まり、今度は自供めいた発言が飛び出す。


「え゛……」

「じゃあ先輩が犯人!?」


「まさか、ちゃんと相手を選ぶわ。……‟蒼白回廊”の話、私も少し耳にはしたけど――そんな無差別に誰かを襲うだなんて、効率の悪い事はしないし。そもそも全く興味が湧かないから。ただ――」


『絶対に許せない、‟あの女”だけは……』と小さく呟いたのだけれど、アリエスは気が付いてないようで、自分と……多分ハナさんぐらいだろう。


「……聞きたいことはそれだけ? それじゃあ、私は行くから」


 そう言って、そそくさと立ち去ってしまうトト先輩。わりとさっさと消えてしまうあたり、迷惑だったんじゃないかと思うのだけれど、最初に声をかけたアリエスからは名残惜しそうな声が上がっていた。


「え゛ー……。もう少し話聞きたかったんだけどなぁ」


「先輩って、いっつも冷たいんだよねぇ」

「よくそんなのと知り合いになれたな……」


 というより、よくなろうと思ったな……。最初に対面したときには分からなかったけれど、確かに他の生徒が距離を置いているのが見えたし。


「あれでも結構、話しかけたら応えてくれるんだよー。ちょっと怖いところもあるけど、悪い人じゃないんだって。それじゃあ次々ー! どんどん行くよー!」

「もうアリエスに任せとけばいいんじゃないかな……」






 そうして訪れたのはまさかの定理魔法科棟。なんで科に属している俺より勝手知ったる我が庭みたいな顔で足を踏み入れているのだろうか。


 ……しかも普通に上級生に話しかけてるし。


「ほほう。この僕に教えを請おうと、そういうわけですね?」

「お願い! にはるん先輩!」


 にはるん先輩と呼ばれた兎――ハナさんとはレベルの違う、完全モフモフの兎の亜人デミグランデがキラリと眼鏡を光らせる。


定理魔法科マギサ三年、ニハル・ガナッシュですとも! このボク、知識だけは人一倍ありますからね、是非ともなんでも聞いてください」


 魔法使いらしい三角帽から飛び出した長い耳を含めなければ、自分たちの半分ほどしかない――そんな身長で胸を張られましても。


「すごいよねぇ、丸々一年ぐらい学外に修行に出てたらしいよ」

「修行と言っても大したことはしてませんよ……。強いて言うなら、一つや二つ世界を救った程度です」


「すっげぇ!!」

「いや、嘘だろ」


 俺の知らないうちに、どんだけ危機に陥ってんだよ世界。いち学生に救えるようなもんなのか世界。


 ……そもそもこの世界のこと、全然分かっていないのだけれど。物心ついたときには森の中で隠れ潜むように暮らしていたのだし。


「オ、オホン……! それで、今日はいったい何を聞きに来たのですかね?」

「あの、私たち“蒼白回廊”について調べてるんですけどー」


「――っ!!」

「……先輩?」


「あ、あぁ……あれね、あれか……。あれはねぇ……」


 さっきまで威風堂々とした態度だったのに、‟蒼白回廊”という名前を聞いた瞬間に言葉を濁し始めるにはるん先輩。むしろ、今の先輩の顔が蒼白になっているんじゃないだろうか。もふもふとした毛でさっぱり顔色なんてわからないけども。


「廊下を歩いていたら突然気を失ってて……。起きたら治療室のベッドの上でした」

「被害者かよ……!」


 それでよく『世界を救った』だなんて大ボラを吹けたもんだな!


「あの頃はまだ、修行に出る前でしたからねぇ」


「違いがあるんですか? そんなちんまりモコモコして……」

「とっても可愛いですわ」


 本当に魔法を扱えるかどうかも怪しい外見をしているんだが。遠目から見たら学園のマスコットか何かと間違えそうなぐらいだった。


「み、見た目は関係ないでしょう!!」






「ダメじゃん、テイル。先輩とは仲良くしないと」

「怒っていたというよりは、照れ隠しみたいでしたわ」


「本当のことを言っただけなんだけどなぁ……」


 ツッコミどころが多すぎるんだよ、あの先輩。……ともあれ、憤慨して魔法をバカスカ撃たない先輩で良かったけどさ。


「いやいや、あんな感じだけど科でも一、二を争う程の魔法の使い手だとか」


「へぇ、人は見かけによらないんだなぁ」

「お前がそれを言うかよ」


 しかしまぁ、あそこまで濃い亜人デミグランデを見たのも初めてだし、年齢と外見が合ってないのがデフォルトらしいので、言っていることは間違ってないんだろう。


「さて、ここが! にはるん先輩が倒れていた場所です!」

「けっこう嫌々話してた感じだったぞ、あれ……。にしても、途中途中の目印が無かったらキツかったな」


 薄暗い回廊――とはいっても上へ下へと入り組んでいて、右へ左へと分かれていて、本当にこれが回廊と呼んでいい代物なのか疑ってしまうけれども――なんとか事前に聞いていた情報だけで、目的の地点へ訪れることができた。


 窓なんてものは一つもなく、壁の窪みの一つ一つに設置された魔法の炎による照明で、通路の中がぼんやりと照らされている程度。そもそも、なんでこんな所を通ったんだろうか。自業自得な気もしてきた。


「……来たのはいいけど、倒れた原因なんて見つかると思うか?」

「どうでしょう……誰も調べなかったみたいですし……」


 ここに来ての相談タイム。普通は原因を考えてから行動だろ。


「考えられるものとすれば、それこそ元々貧血気味だったとか」

「にはるん先輩、そんなのは無かったって言ってたよ」


「それじゃあ、何かに襲われて血を吸われたとか?」

「トト先輩は魔法の触媒に血を使うこともあるって言ってたよな!」


 何か、というよりも誰か。この学園なら何がいようと不思議ではないけれど、それと同時にどんな奴がいても不思議ではない。


「なるほど、つまり闇の魔法の研究に使うために血を奪われたとか?」

「闇の魔法ってなんだよ……」


「うーん……世界を滅ぼす系のやつ! なんだかすっごいの!」

「学園長だとか他の先生が黙ってないと思うけどなぁ……」


 頼りになるかならないかは別として、だけども。


「それでも、にはるん先輩がここらへんに捨てられたってことはさ、出入り口がどこかにあるってことじゃない?」


 捨てられてたって言い方もどうなのかとは思うけども、そんなに簡単に行くものなんだろうか?


「つっても扉なんてのがあるわけでもなし……」

「そんじゃあ隠し扉だろ――っと!」


 持ち歩いていた鎚で、石壁を叩き始めるヒューゴ。


 ……空洞があるか叩いて確認するってのもある――というのは、昔読んだ推理小説かなにかであったような気がする。ボロボロと欠けたり割れたりするほど全力でぶっ叩く馬鹿野郎もなかなかいないと思うけど。


 こっちは怪しそうなレバーがあるか探してみるか……。


 照明が置いてある石の窪みの中を、半信半疑のままに一つ一つ確認していく。ここで見つからなかった場合、報酬の方はどうなるんだろうかと思っていたところで――


「あら……? ……ええ、そうなの……?」 

「…………? 何かあったのか?」


 ハナさんがなにやら妖精に向かって呟いているのが聞こえた。


「どったのハナちゃん?」

「……あの、ここの石壁だけ極端に新しいって妖精さんが……」


 ――と指さしているのだけれど、自分には違いがさっぱり分からない。


「見た目は変わらない気がするけど――」

「よっしゃ! 派手にブチかます!」


 ヒューゴが、そう言うや否や『オークス・レスト・メイス、イグ・ノルト・メイス――』と、妖精魔法の詠唱を始める。属性は炎、対象は前回のような己の身体ではなく――鎚の先。


「オォラァ!!」


 詠唱を唱え終わったままに、鎚を壁に叩きつける瞬間――鎚の面に炎が付与される。大木もへし折ってしまえそうな一撃だったのだけれど――


「マジかよ……。他は叩いたら壊れるのに、ここだけびくともしないぜ」

「ヒューゴさん……乱暴すぎます……」


 何を物騒なことを言っているのかと思いきや、さっきまでヒューゴがいた辺りの壁が、見るも無残な姿へと変わり果てていた。……探索中もやたらドカドカ音がしていたが、どうやら無駄に全力を出していたらしい。


「お前、途中から目的が変わってないか……?」


 とはいえ、文字通り火力頼みのヒューゴでさえ壊すことができない壁だという以上、何かしらの仕掛けがあるはずで。それこそ、今回の件に関係がありそうな臭いがプンプンとしてくる。


 ここで【真実の羽根】に戻ってこの壁のことを教えれば、依頼達成になるんじゃないかと提案しようとしたところで――アリエスがニヤリと笑いながら、不穏な言葉を呟いたのだった。


「ふーん……これはちょいと一発、ドカンとやる必要がありそうかな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る