第十一話 『なんでもいいけど夕方には戻ってくるよーに!』

 あの呟きの後、すぐに踵を返したアリエス。なにやら『道具を取ってくる必要がある』と言い始め、仕方なく自分達もグループ室の前へと付いて来ていた。


「ただいま! またすぐに出ますけど!」


 勢いよくグループ室の扉を開け、ドタドタと入っていく。


 初対面の時には、まだ大人しかったような気がするんだけど……慣れてくると、だんだん大雑把になるようだった。そして部屋の中には、昼過ぎと変わらずヴァレリア先輩がいた。


「んふふふ……あぁ、おかへりー」


 ……相変わらず、お楽しみ中だった。


 ――やっぱり駄目だこの人! 暇さえあればスーハースーハーやってんだもん! アロマセラピーとかあったけどさ、癒しを求めてるレベルじゃねぇよこれ!


「怪我をしないようになー」

「はーい」


 先輩からかけられた声に返事をしながら、ガチャガチャと私物を収めている大箱を漁るアリエス。そもそも、何を取りに戻ってきたのかも分からないままだったため、自分たちも少し覗いてみようと大箱へと近づく。


「ドカンと一発とか呟いてたけど、いったい何を持ってくるつもりなんだ」

「んー? 爆弾」


 ――思っていた以上に物騒なワードが出てきた。


「……なんで」

「なんでって……吹き飛ばすために決まってるでしょう!?」


「お前何言ってんの!?」


 さも当然だろうと驚かれたことにこっちは驚きだよ!


 たしかにヒューゴの鎚で叩いてもダメだったから、生半可な威力じゃ無理なんだろうけども……。だったら吹き飛ばすって、せっかち過ぎんだろう。


「あったぁ!」


 ――と、そんな会話をしている間に目的のブツを見つけたようで、その手にはこぶし大の球体が握られていた。


 表面はつるつるとしていて、硬質的な印象を受ける。色は全体的に水色になっており、透き通ってはいない。


 ……それが爆弾? この世界で配線やらなんやらが飛び出しているわけはないだろうとは思っていたけど――あまりに味気のない見た目だった。


「それじゃあ行ってきます!」

「先輩は寂しいんだけどなぁ。寂しいんだけどなぁ!!」


 また出て行く様子を見るなり、頬を膨らませて声を上げるヴァレリア先輩。……情緒不安定かよ、いよいよヤバいな。


「なに駄々っ子みたいなこと言ってんですか……」

「初依頼! ぜったいに成功させて戻ってきますんで!」


「……ふぅん……? まぁ、なんでもいいけど夕方には戻ってくるよーに! 先輩だって一人で寂しいんだからな!」


 ……夕方ってあと一、二時間もないんじゃないか?


「……早く終わらせたいなら、別に先輩に手伝ってもらうのもアリなんだよな」

「えぇ!? そこは俺たちだけでできるってことを証明する、絶好の機会だろ!」


「ん、んー。私はあまりこの部屋から出たくないかなぁ。頑張れぇ、若人ぉ」

「同じ学生のくせに、なに言ってんですか……」


 他の学生と顔を合わせたくない理由でもあるのだろうか。……だからといって現実逃避トリップされても困るのだけれど。


 ……夢の国には誰も付いていけないのだから。






「――機石魔法師マシーナリーってのは名前の通り、機石――‟魔力機石”ってのを使うんだけど、これが魔力を通すと予め決められた働きをするようになってるわけね。光を発したり、熱を発したり。特定のものを変化させたりだとか宙に浮いたりだとか」


「いろいろなことができますのね」

「熱だのなんだのは俺の妖精魔法の方が凄いだろうけどな!」


 本日二度目のグループ室から回廊までの道のり。一度通ったからか、少しは気分的にも余裕が生まれて。道すがらの話題は、例のアリエスの爆弾の話になっていた。


「で、これは魔力を流したら数秒後に爆発するんだけど」

「物騒すぎんだろ」


 そんなものグループ室に――というか学園内に置いておくなよ。ここ魔法学園だぞ、魔力なんてそこらへんで溢れてるじゃねぇか。


「これも賭けで取ったものなんだー。凄いでしょー」

「だから! この学園の治安はどうなってんだ!」


 もはやテロの温床と言ってもいいんじゃないだろうか。一般人の自分からすれば、裏でこんな危険なモノを流されてるだなんて、たまったもんじゃないし――


「持ち歩いてたら途中で爆発するかもしれないじゃない」

「んなもん、そもそも学園に持ち込むな」


 ――そんな物がある傍で駄弁ってた、ということに戦慄を感じた。


 先輩とか、あそこで何度か魔法使ってなかったか? ちょっとした拍子に魔法をぶつけただけでも大惨事だぞ。


「……んな簡単に発動するのもどうなんだ」

「他の人でも簡単に扱えるように、それの調整、組み立ての技術を持つ人のこと機石魔法師マシーナリーって言うの」


 自慢げにそう言われたけれども、魔法の使用権はどうなっているんだろうか。というのも〈レント〉について授業で教わったから考えられるのだろう。


 ――そういえば、自分もちょうど持っていたじゃないか。

 ‟誰でも使える”魔法の道具が。


「……この腕輪みたいなもんか」


 そう言って、腕輪を付けてある右腕を見せてみる。


「うーん? それは……なんだろ。微妙に違うけど似たようなものかなぁ。よく分かんないや。――でも、その腕輪自体が魔力を帯びてるし、ほぼ機石みたいなものなんじゃない?」


「……どう違うのか、さっぱり分からん」


 ――とはっきりしない答えに首を傾げている間に、再び例の“蒼白回廊”へ。


「えっと、例の壁ってここだったよね? ハナちゃん」

「は、はい。そこであってます……」


「本当に爆破するつもりなのか?」

「まぁ、崩れてもほんの一部だし。どうせすぐ直っちゃうしね」


 確かに、ほんの十数分前にヒューゴが叩き壊していた壁も、今や元通りになっていて。どうやらこの学園――元となっている城全体に破損を修復する魔法がかけられているようだった。


「そういう問題じゃねぇだろ」

「いいのいいの、爆発なんてどこでもしてるし。そんじゃあ、起動するから離れて――てっ!?」


 驚きの声を挙げて、バッと飛び退くアリエス。手に持っていた機石が転がり落ち、カタリと音を立てる。


「なっ――!?」


 ――壁が、突然


 ヒューゴも、自分も、そしてハナさんまでもが、突然の変化に目を見開く。その壁はといえば、もぞりと二本の腕を伸ばし――この場で最も近くにいたアリエスへと遅いかかった。


「ゴゥレム!?」

「――っ」


 コロコロと転がっていた機石が――動き出したゴゥレムの脇を抜けて、新たに出現した入り口の奥へと消えていく。


 ゴゥレムって、まさかあのゴーレムかよ! 自分が思い描くのといえば、人型のものなのだけれど――これは完全に腕の生えた壁としか形容できなくて。


 ……それでも、目の前のコレが脅威なことには変わりない。


「アリエスっ!」


 このままではアリエスが危ないと、咄嗟に突き飛ばして腕の届く範囲から引き離す。当然、入れ替わりになって自分が危険に晒されるわけだけど――


「そう簡単に捕まるかよっ――」


 猫の亜人デミグランデが故の身体能力、動体視力。アリエスに届かないと分かるなり、こちらへと伸ばされた腕も、スローモーションに見えるぐらいで。捕まらないように躱すことなど造作もないことだった。


「テイルっ、しゃがめ!」

「っ――!」


 ヒューゴの鎚が自分の頭上を掠めて、ゴゥレムへと一撃を加える。が、無機物が故なのか怯むことなく、外殻の一部が欠けて空洞が見えるようになった程度。


かってぇ! なんだよコイツ!」


「待って待って待って! なんだか新しいのが出てきたんだけど――!?」

「きゃあ!」


「――ハナさん!?」


 女性陣の声に振り返ると、新しいゴゥレムが一体、二体。自分が対峙しているのとは小型のものが現れていた。


「ヒューゴ! 時間を稼いでおく、そっちは頼んだぞ!」

「こっちは弱いからすぐに片付けられそう!」


 いつの間にか手には小銃のようなものが握られていて――それも例の奇石で動くものなのだろうか。先ほどまでアリエスが持っていた機石と同じ色をした、淡い水色の光が隙間から漏れ出ていた。


「よし、大丈夫そうだ――っ!?」


 二本の腕を避けたはずが、が自分の身体を掴んでいて――


「テイルっ!!」


 信じられないことに、自分を掴んだままに


「おい嘘だろ――」


 ただ倒れただけならば、どれだけ救われたことだろう。


 そんな予感はしていたけれども、ぐらりと引き寄せられた身体は地面に接することはなく――暗闇の中へと呑み込まれていく。塞いでいたのは下り階段なんて親切なものではなく、どうやらダストシュートのような縦穴だったらしい。


 ……いや、このままいくと地面に叩きつけられるんじゃないか!?


「おいっ離せって――くそっ――〈ブラス〉!!」


 新しく生えてきた小腕はそこまで頑丈ではないようで、簡単に根元から破壊できた。……となれば、問題は残った二本の腕。


「校内ではあまりやりたくないけれど……」


 こうなっては贅沢も言ってられない。


 黒猫へと姿を変え、自身をがっしりと掴んでいた腕から抜け出す。体勢を変えてゴゥレムの身体を蹴り放して。一拍早く地面へと落ちたゴゥレムの後を追うように静かに着地する。


「っと……」


「あははっ! あー面白ぉい。あなたは猫に変身できるのね」


 着地して再び人の姿へと戻ったと同時に、部屋の奥から聞こえた女の声。『あはははっ』という、耳につく笑い声が暗闇に響く。


 遠くで椅子に腰かけ、こちらを眺めているのは――女か? 期待している返答がくるとは思えないけれども、その声へと向かって呼びかけた。


「……誰だ」


「ほらほら、私のことはいいからぁ。そっちに集中しなさいよ」

「そっち……? ――っ!」


 ――背後でと何かが動く気配を感じる。パラパラと小さな礫が落ちる音と、石と石が擦れる音が聞こえる。


「しぶてぇな、まったく――」


 そして振り返ると、自分と一緒に落下して地面に叩きつけられた筈のゴゥレムが――淡い緑色の光を隙間から溢れさせながら、再び動きだしていた。

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