第二十五話  『“手間をかけさせるな”って言ってるんだけど?』

「……どうするの? これ」

「……自然に収まるのを、待つしかないんじゃねぇかな」


 困惑した面持ちで、ヒューゴとアリエスが顔を見合わせる。トト先輩とココさんの戦いは激化していき、廊下は地獄絵図と化していた。


 装飾という装飾は吹き飛び、見渡す中で割れていない窓など一つもない。むしろ、窓側の壁がほとんど取っ払われている有様である。


「なんでこんなことになってんのよ!?」


 そんな中で、一番初めにココさんもろとも破壊した学園の壁の、ガラガラと音を立てて崩れる。


 左右に伸びているということは、廊下に面していたのか? つまり、その向こう側ということは――


 ……そこに広がっていたのは、調度品の揃えられた個人部屋。机に、ベッドに、先程から続く喧しさに耐えかねたのか、その部屋の主もいぶかしげな表情をしていた。


「……あ゛」


 ――この学園には“裏”がある。それは決して、比喩などではなく。『壁を壊さないように』と言っていたのはこういうことだったのだ。


「あー……。お休み中……でしたか……」


 睡眠中だったのか、それとも起床直後だったのか。寝間着姿で両手に制服を抱えたまま、クロエ・ツェリテアが突っ立っていて。こちらの姿を確認するなり、見る見るうちに不機嫌そうな態度を露わにしていく。


「~~~~!」

「…………?」


 驚きに目を丸くしながらプルプルと震えて、顔が真っ赤に染まり切ったところで怒号が飛んできた。


「着替えるんだから出てけぇ! このスケベェ!!」

「スケッ――!」


 糾弾してくるも、生憎とこちらにそんな趣味はない。急にそんな不名誉なレッテルを貼られるなんて言語道断だ。


「九歳児の着替えになんて興奮するわけねぇだろ!!」

「十四だっつってんだろテメー!!」


 しまった。言葉のチョイスを完全にミスった。普段から見た目で判断していたツケがここで回ってきたわけだ。


 ……マズいな。これってまた、ゴゥレムが増えるパターンじゃないか?


「人の部屋の壁を壊した上に――」

「違う違う違う! それは俺たちじゃないって!」


  廊下の外では鳥型ゴゥレムであるマクィナスとククルィズが、そしてトト先輩とココさんの間ではアルメシアとルロワが火花を散らしていた。


「“スロヴニク”はどうしたの?」

「まさか! 孫に虎の子を出すほど大人気おとなげなくないわ」


「減らず口をっ――! 百ぺん死ねぇ!」


 トト先輩の罵り文句が、ヒートアップするにつれ雑になっていた。


「へぇ、ゴゥレム使い……あいつらが壁を……?」

「――――!」


 ハナさんを除く三人でブンブンと首を振る。嘘は言ってねぇし!


「そう、それなら教えてあげるわ。――“ゴゥレム使い”との戦い方を!」


 クロエの両手が淡い魔法光によって照らされる。それに伴い、現れる六体のゴゥレム。――全く同じ装備の、鎧型のゴゥレムが六体。それぞれが長剣と盾を持ち、クロエの騎士だと言わんばかりに脚甲を鳴らす。


「うわっ、六体!?」


 ――あぁ、アリエスたちは知らなかったんだったか。クロエの本当の力を。


 六体のうち二体がまっすぐに、ゴゥレムを操っている先輩達へと向かっていく。ゴゥレム使いたちの三つ巴が始まった。


「チッ」


 跳び退き、躱し、それを追い。


 かたや長剣を持ったゴゥレムの騎士、かたや徒手空拳の魔法使いである。リーチの面でみても、武器のない二人が不利なのは一目瞭然だった。


「……邪魔をしないで」

「こんな陳腐なゴゥレムに止められるほど、衰えちゃいないわ」


 ――故に、二人を護るように人型ゴゥレムの二体が割って入った。アルメシア、ルロワのそれぞれの二本の剣を、クロエのゴゥレムは器用に盾で受け止める。


 突然現れた邪魔者を排除しようとゴゥレムを繰るのだが、クロエの攻めの手は止まることはない。更に残った四体のうちの二体が、新たに二人へと飛びかかっていった。


 常人の限界を越えた数を軽々と操る魂使魔法師コンダクターの出現。予想外の展開に、二人ともに動揺の色が現れる。


「接続を切りかえた……? いや、それだとルロワを止められるわけが――」

「どういうこと? 一度に四体なんて聞いたことないけど」


 人型ゴゥレムに続き、マクィナスとククルィズをそれぞれ戻して応戦させる。――が、それでも。それでも収まることのない、クロエのゴゥレムによる追撃。


「“手間をかけさせるな”って言ってるんだけど?」


 ――これで六体。クロエが同時に操ることのできる上限。更に上限を越えてくる少女に、明らかに二人の表情が変わっていた。


「いったい、どんなトリックを使って――」

「二重詠唱……魔道具……そもそもの制御の構造からして不可能なはず……」


「凄い……」

「……これなら止められるか?」


 トト先輩もココさんも、二体のゴゥレムを封じられ絶対絶命の状態。


「ま、操っている側をひん剥いちゃえば一方的に殴れるってわけ。あんたら常人には二体が限界である以上、勝ち目は無いわね。こういうのはね、駒が多い側が勝つようになってんのよ!」


 ――得意気に腕を組み、勝利を確信するクロエ。なのだけれど、二人は依然として冷静な表情を崩さない。


「…………」


 その右手にはそれぞれ魔法陣が。定理魔法のものとも、妖精魔法のものとも違う、恐らくは魂使魔法に使われる陣なのだろう。その手が廊下の床へと触れた瞬間――


 巨人の腕とも見紛う石の手が、クロエのゴゥレムを捕らえて叩きつけた。


「――で、そのお人形がどうしたって?」

「術者も強いって反則じゃないの!?」


 六体のうちの二体が一瞬で行動不能におちいり、クロエが悲鳴を上げる。とはいえ、睨みつけていたのは先輩のみで、ココさんの方はなぜだか目を輝かせている。


「――もうだめ! 我慢できない! ククルィズ!」


 纏わりついていた騎士ゴゥレムを弾き飛ばして、一瞬でクロエへと接近するククルィズ。そのまま鋭い鉤爪を開き――


「きゃあっ!?」


 なんとクロエの体を鷲掴みにして、飛び去ってしまった。


さらわれたー!?」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「――待てぇ! ココ・ヴェルデぇぇぇ!」

「あえ!? ココさんがいない!?」


 あの一瞬の間にククルィズに乗り込んでいた!?


 ――ココさんとクロエはそのままどこかへと飛び去って。トト先輩も二人を追って、マクィナスに乗り込んで行ってしまう。


 騒動の終わりは、始まりと同じように唐突で。取り残された自分たちは、空を仰ぐことしかできなかった。


「……なんなんだよ、いったい……」




「へぇ、何かの方法で身に付けたとかじゃなくて、生まれつきなわけか」

「……魔力経路の変化? いや、そもそもの構造から違うのかしら――?」


 ――そして数十分後、いつの目的だっただろう食堂に一同集まって。


「……私、あまり人が多い場所は好きじゃないのだけれど」


 トト先輩とココさんに挟まれるようにして、クロエが座らせられていた。


 “特待生”である彼女の能力、複数のゴーレムを操ることのできる力は――二人の目には魅力的に映ったのだろう。でなければ、あそこまで激高していたトト先輩が、ココさんの『話はちゃんと聞くから待ってほしい』という言葉で矛を収めるはずがない。


「その能力、どんなゴゥレムにでも使えるの? それとも自分が作ったものだけ? もう少しよく見せてもらって――」

「ちょっと! まずは操ってる方法の確認が先でしょう!」


 ――右へ左へと腕を引かれ、困惑しながらクロエがこちらを見てくる。


「助けてぇ……テイル……」

「……無理だろ。諦めろ」


 ――血は争えない二人と、一人の吸血鬼。

 しばらくは、この変な三角関係が続きそうだった。






「――まったく、いつまで待っても報告には来ない。おまけに、また学園が壊されている。一年生ってのはやんちゃと相場は決まってるけど、君たちは少し落ち着いた方がいいんじゃないかと、僕は思うよ?」


 クロエの取り合いをしている二人を眺めて、食事を取っていたところで、不意にかけられる声。その内容から、振り向かなくても予想がつくけど――


「あ、あはは……学園長……」

「……あら、あなたが学園長?」


 どう申し開きをしたことかと、アリエスが表情を強張らせていたところで、ココさんが席を立ち、深々と礼をする。


「どうも、お邪魔しているわ。私はココ・ヴェルデ――魂使魔法師コンダクターをしております」


「えぇ、えぇ。当時の貴女の名声は聞き及んでおります。私はこのパンドラ・ガーデンの学園長を勤めている、ヨシュアと申します」


 そこから二言三言挨拶を交わして、いつの間にやら交渉が始まっていた。


「貴女程の魔法使いを、知らぬわけが御座いません。いきなりで不躾なのですが、これも何かの縁――講師ということで、我が学園に招いても?」


 自他ともに認める天才魂使魔法師コンダクター(らしい)ココさん。学園としても、手元に置いておくに越したことのない人物、ということなんだろうか。


 学園長は『生徒が喜びます』と言っていたのだけれど、トト先輩はあからさまに嫌そうな顔をしていた。


「うーん……。実のところ、まだ私も完全に元通りってわけじゃなくてね。残った魂の欠片を、集めてこないといけないのだけど」

「――それでは、臨時でも構いません。欠片集めの方も、こちらからの協力は惜しまないつもりですが? 信頼できる者を何人か派遣致しましょう」


 学内の講師や優秀な上級生、なんなら卒業して世界中に散った者に依頼するとまで言っていた。……すげぇな学園長。そんなことまでできるのかよ。


 学園側が輩出した生徒たちを利用してパイプを拡げるってのは、この世界でも変わらないらしい。


「いえいえ、そこまでしてもらう必要はないわ。でも――」


 とはいえ、自身の魂を人に委ねるのに抵抗があるのか、トトさんはやんわりと断りを入れた。そこまで数もないだろうし、自分の足で取りに行くと。ただ――


「誰かに付いてきてもらうのも、悪くはないかもしれないわね」


 ……なんでこっちを見ながら、そんなこと言うんですかね。






『ここからは大人の話だから』と、別のテーブルに移るココさんと学園長。なんでも、契約についての細かい話し合いを進めるんだとか。


 その間、クロエはトト先輩に占有される形になっていて――


「腕の振りで操ってるイメージだけど、どんな感じで割り振っているのかしら。右で三体、左で三体の半々……?」

「も、もっとこう、全体を一つの塊みたいな感じで動かしてるから……あひゃあっ!?」


 腕を揉んだり、脇の下から肘までを指でついと撫でてみたり。本人は真剣そのものの様だけども、それを横から見ている自分たちにとっては、少々目のやり場に困る。


「腕には別段おかしい部分はないみたいだけど……身体の方は……」

「わっ!? ちょっと待って!! そこは駄目ぇ!!」


 ……冗談抜きでひん剥きそうだな。


「お待たせお待たせー。それじゃ、案内を再会しましょうか!」

「依頼については後にしよう。ゆっくり回ってくるといい」


 十数分の話し合いの末、いろいろと取引が行われたらしく。こちらへと戻ってきたころには、ココさんは非常に満足した様子だった。


 学園長としても良い結果だったようで、小さな声で『今回の件については、追加の報酬も用意しておくよ』だなんて耳打ちしてきたし。


 一方のトト先輩はといえば――目的である母の墓前で謝らせるという行為も『数日の準備の後、最優先で向かう』と確約させたこともあり、多少あのギラギラした雰囲気も和らいで。むしろ積極的にクロエと話そうとウロウロするようになったので、別人なんじゃないかと噂が立つほどだった。


 ココさんを連れてきたことや、クロエとの交流があることも知られたおかげで、それなりに仲良くしてくれるようになったし。――とはいっても、学園でココさんと顔を合わせる度に一触即発の雰囲気になるので、周りにいる者としては生きた心地はしないのだけれど。

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