1-1-2 学園七不思議編 Ⅰ 【特待生】

第九話 『人のものを賭けた方が『負けられない!』って感じがするでしょ?』

 あれから数日――学園生活はそれなりに順調に進んでいた。


 授業は朝から夕方まで一日中あるわけでもないし。基本的に午前中に終わって昼に食堂で腹ごしらえをして、夕方まで自由行動といった感じ。


「おーい、ヒューゴ。その箱の近くで魔法の練習をするんじゃない」

「え? あ、はい! 了解っす!」


「そこじゃなくて下で――いや、別にいいや。さぁて、今日はどの香りにするかなぁ」


 ……前世に比べりゃ、かなりをもった生活だよな……。


 とはいえ、戦う技術を身に付けて学園へ来ている以上、暇な時間があるからといって遊んでいるわけにもいかないんだけども。……だけども――


「ねぇねぇ~、リ~ダぁ~」

「っ!? な、なんだよ!!」


 ――現在、昼飯を食べ終えてグループ室にメンバーが集まっていた。学園で生活しているヴァレリア先輩は当然として、自分と、アリエスと、ヒューゴ。


 ハナさんが用事があるというので、戻ってくるのを待っている間――時間を持て余していたので、座って本を読んでいたのだけれど。


 突然アリエスが、背中に圧し掛かってきたのだった。


「…………」


 突然だったので驚いたが、それ以上も以下もなく。せめて何かが当たっていれば心拍数の三十や四十は跳ね上がっていたのだろうけども、豊満とは言い難い身体からはそれすらもなく。もし尻尾が出ていれば、やむなしにブンブンと左右に振れていたことだろう。


 そんな中、耳元に口をよせられ囁かれた言葉は――自分を苛立たせるのには十分な威力を秘めていた。


「――お金貸して?」

「こ、の、クズ……!」


 猫の亜人この俺に向かって、猫なで声で金の無心とは片腹痛いわ。


「しっかり勝ってくるから!」

「いや、期待してないし」


「またまたぁ。倍になって返ってきたら嬉しいでしょ? でしょ?」


 どうやらこのクズ人間――もとい、アリエス・レネイトはギャンブル依存症の気があるらしく、どこかで遊んできては金を浪費しているようだった。


「学園抜け出して賭博とかいいのかよ」

「ううん、学園の中でやってるから」


 いいのかよ学園長ォ!


 たまに勝って帰ってくることもあるけど、トータルで見れば絶対に損しているはずで。それでも満足しているのは、そりゃ本人が楽しいからなんだろうけどな。金を出すだけの側からすれば、プラスの期待できない出費など堪ったものじゃない。


「お前に何か賭ける時は、捨ててもいいと思える時だけだ。諦めてくれ」


 ――つまり、返ってくることを期待するだけ間抜けなわけで。

 賭け事なんてやるもんじゃない。関わるもんじゃない。


「……例外は?」

「ないです」


「そんなぁ、酷すぎるよ……! もう少し信じてくれてもいいじゃない!」

「俺は俺の金だけを信じてるから」


 ただ、こいつは絶対将来ロクな大人にならないと思う。

 というか、既に手遅れになるところまで達していると思う。


 ……本気でマトモな奴が数える程もいねぇじゃねぇか。


「あらあら、仲がよろしいですのね」

「ハナさん、よく見てくれ。この状態は“依存”って言うんだ」


 一方的にすがられて、こちらは辟易へきえきとしているというのに。


「ハナちゃぁん! どう思う!? この態度!」

「……? なんです?」


 戻ってきたばかりで事情を呑み込めていないハナさんが、お茶を淹れながら首を傾げていた。


「賭け事のやりすぎで金がないんだとよ」


「どうでしょう……アリエスさんの現状が物語ってますから……」

「ハナちゃんまでぇ!!」


 仕方ないので簡単に説明してやると、苦笑いしてそのお茶をすする。ハナさんも苦笑いって、もう擁護できないレベルまで来てるってことだからな。


「増やす自信があるなら自分の金を増やせよ」

「あのですねぇ……」


 やれやれとため息を吐くアリエス。なんでこんなに偉そうなんだコイツ。それが金を借りる奴の態度なんだろうか。貸さないけど。


「人のものを賭けた方が『負けられない!』って感じがするでしょ?」

「はた迷惑極まりないな!」


 ……清々しいまでに生かしてはおけない存在だった。


「せめて俺に迷惑をかけるのだけはやめてくれ。ヒューゴがいるだろ、ヒューゴが」

「いやぁ、ヒューゴはねぇ……」


「明日になったら倍になって返ってくるんだろ? 普通に考えたら得しかないじゃねぇか、大丈夫か?」

「……お前、本気で馬鹿だったんだな」


 倍になって返ってくるどころか、跡形もなく無くなってんぞ。


「んふふふふ……んふふっふぅふふふ……」

「なんですか、また怪しい笑い声を上げて……」


 机の影からもそもそと顔を上げるヴァレリア先輩。いい加減、その袋片手にニヤニヤするスタンスは止めてもらえないだろうか。この間の定理魔法について教えているときは、この上なく格好いい先輩だったのに。


「金に困ってるなら掲示板見て来ればいいと思うよん」


 ‟よん”、じゃねぇよ。


「掲示板?」

「学内外での頼み事が張られてる掲示板ね。報酬ではだいたいお金が出てくるし、修行の一環としても丁度いいんじゃないかな」


 ……んな日雇いのアルバイトみたいな感覚でやるのもどうなのだろう。とはいえ、金に困っている奴がいるのは事実で。


「よし、行ってこい」

「みんなで行くの! グループなんだから!」






「――あぁ、掲示板ってこれか……」


 目的の掲示板は、食堂の入口から少し離れた位置にあった。高さ3m近くある木製のプレートにパラパラと、文字の書かれた紙が貼りつけられている。


「いろいろ面白そうなのもあるじゃない? これとかさ」


 アリエスが指さした先には、‟学園七不思議の調査!”と書かれていた紙が。確かに、報酬も他に比べて多いけれども、具体的にどうすればいいのかが書かれていない。


 ……なんだか時間のかかりそうなヤツをチョイスしやがって。


「遊びにきたわけじゃねぇんだぞ。もっと簡単そうなのにしろよ」

「……それじゃあ、なんだったらいいのよ」


「……『自然区にある畑で食材の採取』」

「泥んこになるからパス」


「ちっ……『街の下水道で大鼠狩り』」

「おぉ! 魔物の討伐!」

「まだ学外に出るのは早いと思いますわ……」


「『使い魔のカエルがいなくなったので探して』ってこれ食堂の……」


 次から次へと、出したものに難癖を付けられ弾かれていく。そうした結果、採取的に残ったのは最初に選んだ調査依頼ぐらいしかなくて。


「なんだよ! 結局これしか残ってねぇじゃねぇか!」


 不満しかないけれども、やむなくその依頼を受けることになった。


「『受けられる方は【真実の羽根】へ!』って書いてるけど……」

「まぁたグループ棟に逆戻りかよ……」


 ぐちぐちと呟くヒューゴを引っ張りながら、目的のグループの部屋へと向かった。






「すいませーん! 掲示板の依頼見て来たんですけどー!」

「ホントにっ!?」


「…………んん?」


 扉を開けたアリエスに反応したのは、どこかで聞いたような声。


「わー、やっと誰か来てくれたんだ! ちょっと待ってね、テーブル空けるから……って――」


「あ゛ーーーー!!!!!!!!」

「あ゛ー!?」


 持っていた本類を落として、こちらを――というか自分を指さしたのは他でもない、勧誘タイムのときに自分を真っ先に捕まえた女子生徒だった。


 明るい茶髪で全体的に短くしているのだけれど、下の方で少し束ねていて。落ち着きがないというか、溌剌はつらつというか。関わったら面倒だなという臭いをプンプンとさせているのは、初日から全く変わっていない。


「ん、なに? 知り合い?」

「まさかあれから別のグループに入ったの!? こっちは君が入ってくれなかったから、結局外からネタを集めないといけなくなったのに!?」


「お、俺のせいじゃないだろっ!!」


 ――とんだ言いがかりだった。むしろ小間使いにする為に勧誘してたのなら、あそこで逃げて正解だった。見たところ、目の前で落とした本類をまとめている先輩以外にグループのメンバーもいない感じで、少し悪い気もしたけれども。――と、思いきや部屋の奥にあるソファーから男性の声がした。


「まぁまぁ、アルル君。それでもこうして依頼を受けにきてくれたんだから、それはそれで巡り合わせなんじゃないかい? まずは座ってもらおうよ」


「他にも人がいたのか……」


「……もう! 先輩がしっかりしていればこんなことになってないんです! 少し汚いけど、そこに座ってね」


 一通り片付け終わったテーブルについて、自分たちにも座る様に促す先輩。


「えー、と。まずは自己紹介から。アルル・ルード、機石魔法科マシーナリーの三年で、この【真実の羽根】のリーダーをしています。それでこっちが――」


 先ほどからソファーに寝そべってヌイグルミをチクチクと編んでいた男子生徒が、ゆっくりと起き上がる。……うん、男子生徒だ。暗いグレーの長髪で一瞬女子かと思ったけれども、声は男子のそれだし。


 四角い眼鏡の奥で目を細めて、気怠そうな感じで。丁寧に持って居たヌイグルミを座らせ、こちらへと歩いて来ながら自己紹介を始める。


「ヤーン・ライルズ。魂使魔法科コンダクターの三年――といっても‟研究生”だけど、同じく【真実の羽根】の監督役だよ。殆ど活動はリーダーに一任しているけどね」


 ‟研究生”――ヴァレリア先輩と同じで、三年の学園生活を終えても残っている生徒。どうやら学園長の言っていた通り、そこまで珍しいものでもないようだった。


「というわけでね、君らには我が新聞のネタ集めに走ってきて欲しいのだよ!」

「『だよ!』って……どうやってやるの」


「んー、そこは聞き込みとか、地道に足で稼ぐしかないんじゃないかなぁ。丁度ね、生徒が貧血で倒れてるって事件が多発していてね」

「はぁ、貧血」


 そんなバタバタ倒れるもんじゃないだろ、貧血って。貧血を何だと思ってんだ。


「別に呪いをかけられたわけでもなく、ただの体調不良だからって、そこまで騒ぎにならなかったんだ。複数人が同じ症状で倒れている時点で異常だと思うんだけどね」


「廊下で倒れてるのは共通しているんだけど、場所も時間もバラバラなわけよ。ヤーン先輩が言うには、何年か前にも似たようなことがあったんだけど、結局原因は分からなかったらしいの」


 ……原因不明。騒ぎにはならなかったとはいえ、魔法学校にいた誰もが謎のままで済ませてしまっただなんてあり得るのだろうか。それが放置され続けていると考えると、確かに調べてはっきりさせたいという気持ちも分からないでもない。


「そこで、学園の七不思議の一つとして取り上げよう、というわけですのね」


「まぁ、早い話がそんなとこ。ここまで酷くはないけれど、やっぱり軽く調べても原因が分からないものが何個かあるわけね。いつかは七つ揃えてドンッと貼り出せればなぁ、っていうのが目標かな。ね、ほら。でもいきなり七つ全部、ってのも難しいだろうからさ。今回は被害が出ている‟これ”を優先的に、徹底的に調べて欲しいわけだけど、別に解決できなくても情報さえ集まれば報酬は出すから――」


「早い早い早い」


 また早口になっていて、情報を拾うだけでも一苦労だった。


「え、えーっと?」

「上手くやってくれれば、これからも依頼するかも。でも、くれぐれも無理はしないようにねってこと」


「おっし! 初依頼成功させようぜ!」

「意気がいいねぇ。期待してるよ! 一部の生徒の間では‟蒼白回廊”で通ってるらしいから、聞き込みよろしくね」


 期限は設けないらしいけれども、こちらとしてはなるべく早く済ませたい。というわけで、早速今から学内へ聞き込みに向かうことになった。


「それじゃあ、学園七不思議の一つ、‟蒼白回廊”。調査開始といきますか!」

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