第四十六話 『馬鹿だから』

「んー! 美味しい! やっぱり動いたあとは甘い物食べないとね!」

「昼飯食う時間だろこれ。なんで甘い物食ってんだ」


 ……というか、なんでも作れるんだな、あの人。


「私はこの先試合無いからねー。一観客として、結果を見守るだけですし!」

「気楽なもんだよな……やべぇ、美味いぞこれ」


 午前の部が終わり、食堂で腹ごしらえをしながら午後の試合について考える。ほんの少しの魔物の肉の煮込みと大量のサラダに、手と口を止めながらだけども。


「むぐむぐ……いっぱい参加されてると思いましたけど……はむ……もう半分まで減ってしまいました」


 飯食いながらしゃべるとか、変に興奮してるのか行儀が悪いぞハナさん。


 とはいえ、あと十五試合――準々決勝、準決勝、決勝。

 泣いても笑っても、あと三回しか戦うことはないのだ。


 当然、勝ち進むにつれ更なる強敵と当たることになる。

 自分の次の試合相手は、同じクラスのハルシュ・クロロ。位置を入れ替える魔法の使い手。こっちはまだ、対策のしようがあるけども――問題はその後の試合だった。


 グレナカート・ペンブローグ。一回戦目では全く本気を出していないように見えたし、手の内が全く分からない。ルルル先輩の手帳を見せてもらったが、才能の塊、というだけで、具体的な情報が一切得られなかったのである。


 ……まぁ、こっちはどうせ明日のことだし。

 それよりも、むしろ心配なのはヒューゴの試合の方だ。


「午後の部、アンタが第一試合じゃない」


 対戦者は午前の部、第七試合で華麗に逆転勝利を収めてみせたシエット・エーテレイン。少なからず、ヒューゴにとっては因縁の相手と言えるだろう。


「――シエット・エーテレイン……」


グレナカートと同じ【銀の星】、妖精魔法師としての実力は午前の部の試合を見ていても、上手く測れなかったのだけど。


 ヒューゴの反応からして、詠唱などの面で言えば、他の生徒よりも劣っているのだろう。けれども、戦闘においての判断力や技術などはむしろ優秀な部類なんじゃないだろうか。


「はんっ、氷が炎に勝てるわけないじゃねぇか。余裕余裕!」

「ほんっとに馬鹿……足元掬われても知らないからね!」


 あの氷でできた蕾と茨は、もちろん驚異となるだろう。あの勢い、密度。少しでもチャンスを与えて魔法を発動させてしまったら、一気に不利になると考えてもいい。


「……ヒューゴ。全力でいけよ」

「言われなくても! 速攻で決めてやるぜ!」


 ――本当に分かっているのだろうか……。






「やあ、午前中は頑張っていたようだね」


 観客席に着いていたのは、ルルル先輩ではなくヤーン先輩だった。


「アルルばっかり君たちの試合を見るのもズルいじゃないか。ふふっ」


 なんだか含み有りげな笑みをして、『隣へどうぞ』と勧めてくる。


「さてさて、ヒューゴくんが午後の部最初の試合か。……僕はあんまり、こういった道具は使い慣れてないんだけど、しっかりと撮ることにするよ」


 そう言って、ルルル先輩に渡されたのであろう機石カメラを構える先輩。

 ……それってもしかして前後逆なんじゃ。大丈夫なのか?


妖精魔法科ウィスパー一年、ヒューゴ・オルランド。妖精魔法科ウィスパー一年、シエット・エーテレイン。二人とも、場内へ」


「あー、そっか。ウェルミ先輩は向こうの試合なんだっけ」


 あれだけ騒がしかったウェルミ先輩は、ここではなく南会場の第九試合の対戦者である。審判役として場内へと上がっていたのは、確か図書室の――


「ローザ先生だね。妖精魔法師のローザ・シャープウッド先生」

「あぁ……」


 そういや、ローザ女史とか呼ばれていたな。


 図書室を利用することが殆ど無かったから、殆ど記憶から薄れていた。


 ……向こうはしっかり覚えてるんだろうけど。なんせ、あのだだっ広い図書室の本の場所を全て記憶しているという程の記憶力だ。


「それでは、第九試合始め!」


 開始と共に詠唱を始め、先に仕掛けたのはヒューゴの方だった。魔法陣から、放射状に火球が広がり、幅広い角度から一箇所へと収束するように飛んでいく。――が、炎の軌道を見極めて大きく下がったシエットは、たった一つの氷壁だけでそれを防ぎきった。


「ああ、そうじゃないってのに――!」

「ヒューゴさん……」


 ――派手に、鮮やかに。規則的な放物線を描いて飛んでいく火球も。まるで蛇のようにうねりながら迫っていくの焔の渦も。そのどれもがシエットまで届かずに氷の壁によって阻まれる。


 そうしている間にも、シエットの細かい氷魔法によって足場が悪くなっていき、じわじわとヒューゴの体力も削られていく。


「……苦戦してるみたいだね。決して相性は悪くないんだろうけど……」 

「あーもー! もどかしいなぁ! でも、相手がシエットさんだからなぁ……」


 ルルル先輩でなくとも、何を言っているのか分かる。『なんでだ……!? なんで当たらねぇ!?』と、焦りがじわじわと表に表れていた。


「……あの馬鹿、まだ分かってねぇのかよ」

「シエットちゃんの方には、一発逆転の切り札があるのだったかな?」


 一発逆転の切り札。《黒茨の騎士》。

 怒涛の勢いで場を埋め尽くす氷の茨を、ヒューゴは受けきれるだろうか?


 ヒューゴの無駄に派手な魔法を、地味で細かい魔法によって簡単に防がれてしまう。……ルルル先輩が言っていたように、魔法の使い方が非常に上手い。


 とはいえ、向こうも余裕の表情、というわけでもなくて。油断せずに、真剣に、確実に対処することに徹しているという感じだった。


「――来る!」

「クソッ! 気をつけろってあれだけ言ってただろうが!」


 場内の中心に白い氷の蕾が出現する。もう間もなく、幾束もの茨がヒューゴごと場内を埋め尽くしてしまうだろう。どことなく、会場のムードも『これで勝負アリ』という色に変わりつつある。


「ヒューゴさん……!」


 こんな大舞台でまで、大馬鹿かましてんじゃねぇぞ……!?


 ――練習の時、先輩にも言われてただろうに。強い憧れを持つヒューゴだからこそ、聞き逃すことは無かっただろうけど、意味を理解していなかったんじゃ意味が無い。時には強い追い風となることもあれば、縛る鎖ともなりかねない。


「これは……ヒューゴくんも頑張ったけど――」


――――――――――――

 


 あいつなら自力でなんとかできる。このまま黙って見守る。

▹馬鹿は言わないと分からねぇのかよ!

――――――――――――


「――――っ!!」

「――テイルさん?」


 こんなつまらないことで、脱落して欲しくはない。普段から馬鹿だ馬鹿だとは言ってるけどさ……いつまでも、そんだけの評価で終わるのを見るのも、我慢ならないんだよ。


「ヒューゴォォォォォ!!」


 ――だってアイツは、頼りになる仲間なんだから。


「お前は――! いちいち考えたりするような性格じゃねぇだろ!」


 椅子から立ち上がり、大声を張り上げる。

 城内で戦っているヒューゴへと、なんとか届くように。


 観客としての熱とは毛色の違う叫びに、自分の周りから徐々に静かになり始めたのを感じたけれども、構わずに声を出し続ける。


「本来の自分を見失うなって、先輩に言われたんだろうが! お前の――ヒューゴ・オルランドの全力ってのは、そんなチマチマしたもんなのかよ!!」


 いつまでもヴァレリア先輩のような巧みな炎使いを意識していたのは、傍から見て一目瞭然だった。一回戦目の時はそれでも勝てたけども、そんなのはヒューゴの戦い方じゃない。


「地下で戦った時のお前は、そんなもんじゃなかっただろうが!!」


 ――辺りが静かな中、自分の席へと腰を下ろす。再び元に戻りだした歓声の中に、クスクスと馬鹿にしたような笑い声が混じるのが聞こえた。


「へぇー」

「……なんだよ」


 にやにやと笑みを浮かべながら、こちらの顔を覗き込んでくるアリエス。


「こういう時に大声出したりもするんだ」

「……フン」


 周りからは一年生が何を言ってるんだと思われているんだろう。

 こんな大会に柄にもなく熱くなって、みっともないと思われているんだろう。


 たとえそうだったとしても、言わずにはいられなかった。

 気分は良くないけれども、どうせ幾ら笑われたところで――


「……こんなこと、二度とやらねぇ」

「いいんじゃない。


 ――きっとヒューゴなら、引っくり返してくれる。


「詠唱が……終わったようだね」

「オオオオオオォォォォォォォォォォオ!!」


 その瞬間から、空気が変わり始める。大気が燃え上がるかのように、なんて比喩では間に合わない。赤い、紅い炎が。辺りを焦がすような熱気を伴い、広がっていく。


 ――文字通り、一瞬にして爆炎が場内を埋め尽くした。


「――――」


 誰もが、炎で埋め尽くされた試合場内を眺め、言葉を失っている。


 歓声も、野次も、嘲笑も、何もかも。

 何もかもを、一瞬で吹き飛ばしやがった。


 観客席まで届きそうな炎に身構えたものの、目の前に透明な壁があるかのようにそこまでで止まっていた。ここでようやく、観客席が魔法によって護られていることに気が付いた。


「……ヒューゴくん、あれだけ凄いのになんで苦戦してたのかな?」

「あいつが一番自分の実力に気づいてないんですよ、馬鹿だから」


「なるほどねぇ」


 納得したようにうんうんと頷くヤーン先輩。『だよねぇ……』『あらあら……』とアリエスに続いてハナさんまでもが苦笑いを浮かべている。


 場内を埋め尽くすほどの炎を出している本人でさえ、この状況に驚いているみたいで。本当に自分がどれだけやれるかということに、気が付いてなかったらしい。


 イクス・マギアと戦った時にあれだけの炎を出していたのは――確かに命がかかっていて必死だったから、ということもあるだろう。


 ――それでも。それでも、先輩の数日間のスパルタ特訓を受けて、そのままあるはずがないのだ。磨かれて、磨かれて、磨き抜かれて。原石が輝かないわけがない。


 代々魔法使いやってる家系なんだろ? 素質は十分じゃねぇか。

 そこでずっと仕えてた妖精と契約? 最高のパートナーじゃねぇか。


 掛け合わされた才能と。

 時により磨かれた環境と。

 無自覚でも貯まる経験値。


『……けどな、憧れが強過ぎるってのも考えものだぞ?』


『親父みたいに――』『先輩みたいに――』


 本人が“周りからどう見えるか”だなんて、つまらないことに拘りさえしなければ、自ずと結果は見えてくる。……ヴァレリア先輩は、きっとそういう部分を見抜いていたんだと思う。


 ――現に、今。


 この会場にいる誰も彼もが、場内にいるアイツを見ていた。

 ヒューゴ・オルランドという一人の生徒から、目を離すことができないでいた。


「でも――まだシエット・エーテレインも諦めてないみたいだ」

「え……」


 蕾も完全に溶け落ち、茨も跡形もなく蒸発していく中で――

 爆風に煽られ転倒していたシエットが、立ち上がっているのが見えた。

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