1-1-3 ヴェルデ編 Ⅰ 【祖母と孫】
第二十話 『贋物について詳しい方が得をするってなんか嫌だね』
「カニぃ!?」
――浜辺に響くヒューゴの声。そりゃあ、気持ちも分からないでもない。
学園長から請け負った、学園外からの依頼。魔物の討伐と言われ張り切ったヒューゴと、商業都市のそばと言われ湧きたったアリエス。そんな二人に引っ張られるようにして向かった先に待ち受けていたのは――
あたりにワサワサと
「いったい何匹いるんだろ……」
……この時期になると急に繁殖するらしく、定期的に魔物の駆除を申し出ているらしく。積極的に人を襲うことはなくとも、あまりに数が増えすぎると街まで来てしまうための依頼だった。
全長はどれも五メートル近く。鋏は鋭い切断のためのものというよりは、鈍器のように叩きつけるタイプ。一撃で致命傷を受けるようなことはなさそうだけど――トゲトゲとした甲羅を持ち、刃物で戦うには些か分が悪いだろう。
「食堂のお兄さんなら喜びそうです」
「流石にこれを持って帰ろうとは思わないな……」
たぶん、あの人ならアレも上手く調理するんだろうな……。
「テイルさん……よだれでてます」
「おっと」
安全圏まで離れた依頼主の監視の下、五体あたりをノルマとして課せられ。初めての外での依頼に気合が入る。
「おし! 今回もいいとこ見せてやるぜ!」
まずは群れから離れていた二匹を標的にして。それぞれが武器を構える。
「それじゃ、事前に決めた編成でいくよ!」
「ヒューゴはそっちを任せた!」
――何を持ち技にするか決めあぐねた結果、予め魔法陣の描かれた紙を巻物のようにして持ち歩いて。……自分で言うのもなんだけど、暗殺者というよりも忍者だった。
相手が蟹なら今使うべきは――対象を貫くように放たれる雷撃の魔法か。
「〈レント〉!」
あらかじめ決められた魔力量に逆らわないよう、自然な流れを意識して流しこむ。魔法紙に描かれた魔法陣が、淡い光を放ちはじめる。
「――〈ブラス〉ッ!」
改良を重ねて、持ち歩けるサイズまで圧縮した特製の陣。魔力の消費は出来るだけ抑えたけど、それでも威力は折り紙付き。この状態だと撃てるのは五、六発程度で、相性さえ良ければ野生の魔物を一撃で屠ることも十分。のはずだったんだけど――
「テイルっ!」
「お願い妖精さん!」
巨大な鋏が振り下ろされる寸前、目の前で魔法陣が輝き、地面が隆起して受け止める。ハナさんによって作ってもらった隙に、既に展開している魔法陣へと再び魔力を流し込む。
「先輩に言われたからって
「ごめん!」
アリエスに謝りながら、もう一発〈ブラス〉で魔法を発動させる。
――再び迸る雷撃。口から泡を吹いたまま、複数ある足も動きを止め。力尽きて
なんとか一匹を仕留め、次はヒューゴが相手している方へと向かう。
「――〈ブラス〉ッ!」
「レ・デプト・イン・ディジェクト!」
電撃で怯ませたところに、ヒューゴの強烈な一撃が入る。甲羅には亀裂が入り、全身を炎が包む。前線が二人、後援が二人となったことで、戦闘でもバランスが取れるようになっていた。
「さて、片付いたかな」
あたりにいた蟹も海に戻っていったことを確認して、武器やらなんやらを収める。……魔物相手だろうと魔力をバンバン使って……結構キツいぞこれ。
「ありがとな、ハナさん」
「私は……後ろで援護しかできませんから」
「もったいねぇと思うんだよなぁ」
「いいの、人には得意不得意があるんだから」
――少し張り切った結果、頼まれていた数を少しオーバーして。全部で七体の蟹を仕留めていた。……そのうちの四体は、ヒューゴの炎によって、いい感じに火が通っている。
「…………」
それが潮の香りと合わさって――
「なんだか良い匂いがしてるような……」
「やめなさい!」
「いやぁ、でもさ。なかなか戦えるようになってんじゃん」
「今回は相手が魚介類だったからなぁ」
「魚介類言うな」
依頼も終わり、学園へと戻る道中にあるトワルの街で休息を取ることに。
「にしても、人が多いな……」
学園入学前の街でもここまでの人通りはなかったために、少し尻込みをしてしまう。……学園長が言うには、自分の住んでいた地域からは大分離れているらしいけど――正直言って、人の視線が怖い。
「まぁ、なんたって自由貿易都市だもんねぇ」
商業・交易の街だったのだけれど、かつての戦争中に元締めの体制が崩壊し、いわゆるフリーマーケットの街になってしまったようで。個人で物を売り買いしており、その際に業者を挟むことがないため、マージンを取られる心配もないと。
「様々な地方から人が集まるからさ、『良くも悪くも値段さえ気にしなければ、大概のものはここで手に入る』って言われるほどだって」
「マジでか! さっそく見てみようぜ!」
「いったん、宿屋で休憩してからでしょ!」
意気揚々と飛びだそうとするヒューゴ。それを諌めるアリエス。そして、石畳の上で湧きあがる雑踏の中で、ハナさんが小さく困惑の声を上げる。
「……あら?」
「んー? どったのハナちゃん」
「さっき、露店で宝石を買ったのですけど……」
「なんでもう買ってんの!?」
早くね!? まだ着いたばっかりだぞ!? 目に入ったものにすぐ手を伸ばし過ぎじゃないかハナさん!!
「これ……見てください」
入学時の全体説明によると、宝石は
「あらら、色が混ざってるね」
――アリエスがハナさんから受けとった宝石を太陽に透かして。
そのまま、こちらの方にも手渡して。ヒューゴと自分も中身を確認してみる。濃い黄色がかった中に、一部だけ緑色が交じっており。緑・黄緑・黄色と混ざっていた。
「巧妙な売り方するなぁ……」
光の当て方など、極限まで判別しにくいような陳列でもしていたのだろうか。……信頼で取引する業者と違って、あの手この手で売ろうとするのも、この街ならではの特徴らしい。
「たまにあるよな、成長中に違う成分が混ざって色が変わっちまうこと」
「とってもお安かったのですけど、やっぱり駄目ですね」
これはこれで綺麗だけども、実用には至らないようで。とはいっても、本人はあまり気にしてないようだった。……幾らだったんだろうか。
「今すぐ戻って返品してもらえば――」
「むしろ、とっちめるべきだろ!」
「あー……、もういないんじゃない? たぶん足がつかないように、すぐ移動するでしょ」
――さすが自由貿易都市。買い物慣れしてないとすぐ騙されそうだな……自分も気を付けよう。
「その宝石ってのは、色が混ざってちゃダメなのか?」
「妖精さんたちにとっては、宝石はお家みたいなものなのです」
個々の属性を色として表している妖精たち。様々な性格のものがいるらしいが、別の色が入った宝石を好むのはごく一部なのだとか。
「悔しいけどプロなんだろうなぁ。贋物を本物のように売るのは難しいって聞くし」
「贋物について詳しい方が得をするってなんか嫌だね」
――その時、ハナさんが道行く人とぶつかる。と言っても、向こうがフラフラとこちらに寄ってきたという方が正しいけど。
自分たちよりも少し若いぐらいの少年で、頭には深くフードを被っているので表情はわからない。裾からはミミズのような尻尾が顔を覗かせて。……鼠の
「あっ、ごめんなさい」
「――――」
ハナさんが
「……あら?」
――その手からは、先ほどまで持っていた宝石が消えていた。
「あいつ――!」
猫の
「捕まえたら宿屋に向かう!」
――
幾つもの路地を経ていくごとに距離を離されてしまう。なんとか痕跡を辿って追うにしても、それすら更に一歩遅れる要因となっていた。
「くそっ、こうなったら魔法を使って――っ!」
けたたましく鳴る金属音。道脇に積み上げられた
「…………っ!?」
異様な事態に、足を止める。
――確かに確実に追いながら走ってきたつもりだった。先を往く足音、舞い上がる土埃、その痕跡を消せるはずがない。見逃すはずもない。
それなのに、それなのになぜ――
「――どこに消えた?」
左右を建物、正面を塀に囲まれた袋小路。積まれていたのであろう
……葉擦れの音は聞こえたか? 金属音に紛れたのだろうか。……いや、葉の一枚も落ちるどころか揺れたようにも見えなかった。
むしろあの盗人の服装なら、フードやらなんやらが引っかかっていてもおかしくはない。それこそ、鼠一匹が抜ける隙間も開いてない。だとしたら、これは――
「……一旦戻るか」
「テイル! どうだったよ」
「……逃げられた、向こうに地の利があり過ぎる」
「くそっ」
街の中心にある宿屋には、既にヒューゴとハナさんの姿があって。自分の報告をを聞いたヒューゴは、苛立ちに壁を叩いた。
「あ、お帰り。今ね、宿屋のおばさんに話を聞いてたんだけど、けっこう被害も多数出てるんだって――」
街の東西南北、大通りの大道芸人たちから、裏路地の露天商まで。あの
――ただ、どれも盗まれたのは、さほど高価ではない物ばかりらしく。詳しく聞いてみれば、むしろ少し見た目が珍しいぐらいで、実用性ゼロのガラクタ同然のものばかり。
「私が盗まれたのも、混ざり物の宝石でしたし……」
「……なんでそんな粗悪品を盗んでいったんだろうな」
「手がかりもないし、今から見つけるのは難しいかなぁ」
「――いや、隠れ家の大体の目星はついてるんだよ……」
けれど正直なところ、あまり気乗りがしない。
街全体に被害が及んでいて。それでいて、どれも捕まえること敵わず姿を消されて。自分の時も確認したけれども、魔法を使って透明になったわけでもない。まず間違いなく“あそこ”なんだろうけど……。
「なんだよ! そんじゃあ、さっさと行って取り返してやろうぜ!」
多少ならなんとかなるよな? ヒューゴもいるし、俺だってある程度なら魔法を使えるようにもなってるし。……うん、大丈夫だろ。たぶん。
「……わかった。それじゃ、消えた場所に行こう」
そうして案内したところは、あの袋小路。正面は高い塀に植え込み。左右は建物が三階部まで伸びていて、窓も開けられた様子もない。
「塀の向こうから伸びている植え込みに飛び移ったとかは?」
「いや、枝が揺れるどころか葉も落ちてなかった」
「周りは囲まれて、これだと逃げ場ナシじゃねぇか」
「どちらに行かれたのでしょう……」
――ついこの間、自分たちは目の当たりにしただろう? なにも魔法を使わなくとも、人の目を欺くことができるということを。
街中で姿を隠せるというならば、これぐらいしか方法はないだろう。結局のところ、物事はいつだってシンプルだ。
「……多分、この下だ」
散乱していた
「まさか……下水道なんて……」
――あくまで。あくまで前世の、創作の世界での知識なんだけどさ……。
「どうしたんです? なんだか気分が悪そうですけど」
剣と魔法の世界の下水道なんて、絶対にヤバいイベントが起きるって相場は決まってるんだよ。……どうすんだこれ。
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