第739話 まともになったダイコンで九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
倉庫でピッキング作業に勤しんでいた加代ちゃんとコヨーテちゃん。
コントローラーを手にロボットを操り集配するその作業は、ゲーマーの彼女たちにとってはまさに天職。ピーキーな動きで次々に集配をしていく彼女たちに、桜とダイコンはついに彼女たちにも安住の地が現れたかと、ほっと胸をなでおろした。
その時である。
「あっ、ちょっと――あかんでコヨーテちゃん!! 荷物があきらかに持たせ過ぎや!! そないに積んだら、ロボットのアームが折れてまう!!」
「ダイコン!!」
「のじゃ、ダイコン!!」
「シャッチョサン!!」
現場作業が分かっていないダイコンは、不用意にもプログラム動作されたロボットの前に飛び出してしまう。
憐れ、アームの餌食となり頭を強打してしまった彼は、いったいどうなってしまうのか――。
マジでフィクションだからなんとなく軽く済んだ感じに思われるかもしれませんが、ロボットの前に飛び出すのは危険です。センサなどで人が居る際には緊急停止するようにできているものもありますが、そうであるものばかりではありませんし、センサがしっかりと動作してくれる保証もありません。
工場内作業は充分注意の上で、ご安全に行ってください。
という訳で。
まともになったダイコン編、今週からはじまります。
◇ ◇ ◇ ◇
「いやぁ、びっくりしたよ。目を覚ましたらいきなり病院なんだもの。しかもえっちゃんから桜くんまで皆揃って僕のことを心配そうに見てるしさ。こりゃあれかなぁ、やらかしちゃったかなって思ったら――半日も経っていなかったんだからWでびっくりだよね」
はははとなんでもないように笑うダイコン。
頭には包帯。
別に手術はしていないが、念のためにとロボットアームがぶつかった所に氷嚢が当てられているのだ。
ここは阪内の総合病院。
ダイコン一族が、祖父の代から揃ってお世話になっているという、なかなか小凄い場所である。祖父もダイコンの父も母も、この病院に運び込まれて、そして命を失ったというそのベッドで、たははと笑うその顔に死相はない。
彼を見た主治医も、日常生活を送る分には大丈夫でしょうとは言ってくれた。
とはいえ――。
「で、どうしたのさ桜くん、そんな不思議そうな顔をして?」
「……いや、誰だおめーはよぉ」
「……のじゃ、ダイコン、どうしちまったのじゃお主」
「……ホワーイ!! シャッチョサン、なんかアブノーマルですよ!!」
「ははは、アブノーマルってなんだい。僕はいたってこの通り、普通の中年おじさんじゃないか。よしてくれよまったく」
問題が発生しなかった訳ではない。
そう、頭をぶつけて起こる系アクシデントは物語の鉄板。
その例に漏れないようにダイコンの脳もまた、ロボットに側頭部を殴られてこっち、ちょっとない変化をきたしていた。
会話文に現れた通りである。
「ダイコンは僕なんて言わない!! アイツの一人称はワイ!!」
「のじゃぁ!! それでもってネットの掲示板の野球速報に噛り付いている奴みたいな話し方をするのじゃ!! エセ関西人みたいな言葉を使う奴なのじゃ!!」
「デース!! そもそもシャッチョサン、そんなクールな感じじゃないデース!!」
「……ショックだな。僕は僕なのに、そんな風に言われるだなんて」
「「「だからその反応からして違うんだよ!!」なのじゃ!!」デース!!」
いつものダイコンだったらきっとこう言うだろう。
「何言ってんや桜やん、ワイはワイやでしかし。こう、立ってるだけで幼女が向うから寄ってくる、大人の男っぷりがあふれ出てるやろ。いわせんなや恥ずかしい」
俺の知っているダイコンとはそういう男である。
ほんと、加代の言った通り、某ネット掲示板の野球速報板にいそうなパーソナリティをした、とんでもないロリコン生物兵器中年モテない野郎。
それがダイコンなのだ。
それが、どうして、どうしてこんな――。
「まともな男になっちまったんだ」
「のじゃ」
「デース」
「まともな男って。そんな人がまともじゃなかったみたいに。それはちょっと本当に失礼だと思うよ桜くん。僕と君との仲だから、謝ってとは言わないけれど、傷ついたな。うん、とても傷ついた。親しき仲にも礼儀ありってものじゃないかな」
「そんなんいわへんやないかダイコン!! お前、本当にどうしちまったんだよ!!」
と言いつつ、その原因を俺は知っている。
彼の主治医の先生と、脳外科の先生から、それについて聞かされている。
そう、ダイコンはなんとか、外面的な傷を負うことは避けられたが、内面的な怪我を負っていた。脳へのダメージにより、彼の記憶は失われなかった、言語能力も失われなかった。けれども最も大切なものが、失われてしまったのだ。
そう、彼を彼たらしめる、一番大切なもの。
「もう本当に勘弁してくれよ。桜くん、いったい君が僕の何を知っているって言うんだ」
「いや、何も知らんけれど、今のお前がお前じゃないことくらいわかるよ!!」
「僕じゃないって。何をそんな馬鹿な」
「馬鹿じゃないんだよフォックス!!」
ダイコンは不幸にも、その人格――パーソナリティを失っていたのだ。
そう。
怪我から回復したダイコンタロウは、俺たちの愛したダイコンタロウではなくなっていた。
限りなく彼に近い誰か。
そして、限りなくまともな神経を持ち合わせた、ダイコンタロウになっていた。
まるでこれから、長大な物語がはじまると言わんばかりに。
また長くなって、収集つけるのが難しくなって、無駄な設定が増えて四苦八苦することが請け合いな、新章がこれからはじまるとばかりに。
いや、それよりもなによりも。
「お前がまともな口調になったら、なんか普通にイケメンで俺の立つ瀬がないじゃないか、どうしてくれるんだダイコン!!」
「……え、なに? どうするってどういうこと? いや、別に、どうもしようなくない?」
九尾の加代ちゃん。
まともになったダイコン編~はてしなくどうでもいい脱線~が幕を開けた。
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