第733話 探偵ストーリーで九尾なのじゃ

 某、おじさんたちのバイブル的ドラマのOPよろしく、盛大にコーヒーを噴き出したうちの同居狐。

 豆百パーセント(濃縮還元)のコーヒーはそら苦いよってもんだ。


 そんなことがあった翌日、加代さんの新しいお仕事が探偵だってんだから、世の中ってのは上手くできているというかなんというかである。

 兎にも角にも、白いスーツに身を包んだ探偵フォックスは、喫茶店でメロンソーダを飲みながら、きらりとサングラスを光らせているのだった。


 うぅん。


「アレだとこのご時世、余計に目立つような気がするんですが、いいんですかねダイコン氏」


「なぁ。あんな昭和から飛び出してきたドラマの人物みたいなん、そうそうおらんで。ほれ、コスプレかドラマの撮影か、勘違いしたんかしらんけれど人だかりできてる」


 そんなおまぬけ探偵加代ちゃんを眺めてほっこり俺とダイコン。

 二人は商談で彼女の向かいの小洒落たレストランに来ているのであった。


 うむ。


 どうやら、加代さんの探偵のターゲットは他ならない、ダイコンであるらしい。

 出がけに彼女から――。


「のじゃぁ、今日は何度かわらわのことを見かけることになると思うが、できるだけ自然体で振舞って欲しいとダイコンに伝えてほしいのじゃ。いや、けど、わらわが言っていたということは、ちょっと内密にしてほしいのじゃ」


 なんていわれりゃ、一発である。

 あ、なるほど、そういうことねってもんである。


 もちろん、包み隠さずまるっとダイコンには伝えてある。


 ダイコンと加代さん、秤に載せればどちらに傾くかは言わずもがなだが、どうせろくでもないことだろうし、隠した所であの格好でもうモロバレなので、俺は観念してポロってしまったのだった。


 仕方ないよね。

 形から入るオキツネなんだから、加代さんってば。


「しかしまぁ、ワイに探偵がつくことになるとはな。なんかしたやろか」


「割と結構いろいろやらかしてるよな。それでなくても阪内でも指折りの会社の社長だから、そら恨みとかいろいろ買ってるんじゃないの」


「桜やん、そこはワイもちゃんとうまく立ち回っとるがな。大丈夫、盗撮とかはしとらへんで。脳内に、いや、網膜に直接焼き付けてる感じや」


「おまわりさーん、私立じゃない方の探偵さん、事案はこちらでーす」


 とまぁふざけてみたけれど、実際、なんでダイコンに探偵がつくのか分からない。


 本当に怪しい所から狙われているのか。

 はたまた、何かやらかしたのか。

 出版社などがネタを漁っているのか。


 可能性は多いが、なんでダイコンという感じである。


 世の中には、もっとネタになりそうな人物がいっぱいいるというのに。

 腑に落ちない、解せない。

 そんな感じで俺とダイコンは顔を見合わせた。


 ヒントは加代さん、彼女が出がけにかけていった言葉だけだ――。


「なるべく自然体でねぇ」


「そうしないと何か困ることでもあるんやろか」


「逆に、それを崩せば、相手の思惑を崩すということにもなる訳だが」


 どうするダイコンのと、俺は目で合図を送る。

 このまま、加代に言われた通り、おとなしくしていればきっと加代さんの仕事はつつがなく終わることだろう。そして、どういう思惑かは分からないが、クライアントはその情報を喜ぶことになるのだろう。


 あの加代さんをお仕事大成功、これからも探偵加代さん物語をよろしくという感じに調子づかせてしまっていいのか。


 いいわけがない。


 あんな白スーツ。

 どう考えたって、探偵として着ちゃいけない、やっちゃいけない最たるものである。探偵としてあきらかに失格の加代さんに、このままみすみすと成果をあげさせてなるものか。


 俺とダイコンは目線だけでそんな会話を交わすと。


「ふぅ、それにしても、今日はなんだかやけに熱いな」


「あぁ、まったくだぜ桜やん――ちょっと早いがクールビズして構わんかのう」


「おっと、ボタンが」


「ムワッ、なんと、このプログラマ――スケベすぎる!!」


 ラッコ鍋ごっこ。

 突然の胸筋丸出し、おふざけを開始したのだった。


 ふふっ、加代さんびびってるびびってる。なにやってるのじゃーって、そんな声が聞こえないのに脳内再生されるよ。


「うっ、昨日ちょっと電子書籍――Lの〇の奴を読み過ぎたかな。めまいが」


「大丈夫かダイコン!! 下も脱がせる流れだぞ!!」


「そこは流石に」


 さぁ、困れ困れ加代ちゃん。

 そんな簡単に探偵なんてやれると思ったら大間違いだぞ。ふはは、やるならば、もうちょっと勉強してからかかってこい。


 お客様困りますお客様。

 何をやっているんだねチミ。

 そんな感じに、店員と取引先に怒られながらも俺たちは、思う存分にはっちゃけるのであった。


 すべては加代さんに厳しい現実を突きつけるため。


 そう、探偵なんて仕事、そんな簡単にできてたまるかなのだ――。


◇ ◇ ◇ ◇


「のじゃぁ、実はダイコンとお見合いをしたいという方がおってのう。その方の親御さんから、ちょっと普段の素行を調べて欲しいと頼まれておったのじゃが」


「どないしてくれるんや桜やん!! ワイの人生最初で最後のモテ期が!!」


「……あぁ、なるほど、身辺調査」


「しかも、向こうさん結構その、ダイコンの好みにストライクな感じの外見をされている娘さんで。あ、年齢はダイコンとそう変わらないのじゃが」


「桜やん!! ちょっと、桜やん!! 合法のロリと出会うチャンスが!!」


 うぅん。

 ごめんフォックス。

 そこまで頭が回らなかったフォックス。


 そうよね、探偵って、普通そういうのが多いっていうものね。

 身辺調査とか、浮気調査とか。


 陰謀とかそういうのの前に、もっとそういう事に気が巡るべきだったよね。


 けど、合法ロリがお相手とまでは見抜けなかったよ。

 どうしてくれるんやと絶叫するダイコンを前に、俺は乾いた笑いを漏らすことしかできないのであった。


 すまんダイコン。

 けどあれだ、日ごろの行いだと思って許してくれ。

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