第676話 火の用心で九尾なのじゃ

「火の用心!! マッチ一本火事の元ぉ!!」


 カンカン。


 とまぁ、子供たちのハミングと共に木を打ち鳴らす音がする。


 あれ、なんだろうね。

 昔から使っているけれど、具体的な楽器名が出てこない辺りが不思議。

 昔は知っていたのかもしれないけれど、社会に出たらあんなもん使わないから分からなくなるのも仕方ないわな。


「のじゃぁ、拍子木の音がよく響く季節になってきたのじゃ」


「流石加代さん、なんでも知ってるなぁ」


 大人なのに社会に出ていないだけはある。

 いや、社会に出まくっているはずなのに、なぜかすぐに巣に引っ込むことになっているだけはある。

 三千年生きた狐の甲という奴ですね。

 わかります。


 二人揃って買い出しの帰り。

 火の用心をするグループに遭遇した俺たちは、そんな会話を交わす。

 軽い会釈をしたのは、隣近所に住んでいる知り合いの爺さん。

 俺と歳の近い息子さんが居るのだが、彼に変わって孫たちが所属する地域子供会の世話役をやっているのだとか。


 シルバー人材センターも真っ青な地域事情である。

 まぁ、爺さん元気そうだし、楽しそうだからいいけどさ。


 わらわらと続く子供たちの群れを見送ってから、ふと、こんなことを思う。


「いやけど、今どきマッチって言われても、子供たちも親たちもピンと来ねえよな」


「……またそんなひねくれたことを言うのじゃ」


 だって時代が時代だからな。

 時代に合わせて、こういうのは変えていくべきだと、俺は思う訳ですよ。


 マッチもストーブも、ガスの元栓も今は昔。

 最近はなんでも電気でできちゃう時代じゃないですか。

 全部電気にするとお得とか言って、ガスが肩身の狭い時代じゃないですか。


 そんな時代にマッチだガスだのなんて。


「もうちょっとさ、火事の原因としてありがちな感じのにするべきなんだよ」


「のじゃのじゃ、例えば?」


「……コンセント周りに埃が溜まっていませんか?」


「絶妙に言いづらい感じの台詞なのじゃ!!」


 いやだって、失火で一番多いのって最近これでしょ。

 寝たばことかもあるかもしれないけれど、一番怖いのはなんてったってこれじゃないですか。やはり、そういう一番理解しやすいシチュエーションを、言っていくべきなんですよ。


 ダメかな。


 ダメかのう。


「のじゃぁ、まぁ、言いづらいのはともかく、納得はできる文言なのじゃ」


「せやろ」


「けどまぁ、もうちょっと配慮をしてあげた方が」


「あとはそうね、断線・漏電火事の元とか」


「電気会社から訴えられちゃうからやめるのじゃ!!」


 いや、だから、実際。


 そら、ガスにとって代わったんだから、それに代わって火事の原因になるのは仕方ないでしょうフォックス。


 別に、夏場冬場の電気料金、もうちょっとどうにかならないかなとかそういうことを願って言っている訳じゃない。


 これは純然たる事実だ。


 政治的意図はまったくございません。(演説感)


 かんべんしてくりゃれという感じにため息を吐き、セーターの袖口を引っ張る加代さん。どうやら、彼女の肝を冷やしてしまったらしい。


 やれやれ、ブラックジョークもほどほどにしないといかんな。


「あとはそうだな、もっとこう子供・大人になじみ深い現象じゃないと」


「のじゃぁ。馴染みの深い火災なんてあるのかなのじゃ」


「小麦粉舞ったぞすぐに逃げろ――とか?」


「粉塵爆発!! ごく一部の皆さんにしか馴染みのない現象なのじゃ!!」


 皆さんも粉塵爆発は注意しましょうね。

 これから寒い季節ですから。

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