第663話 YOGASTYLEで九尾なのじゃ

 加代さんの職歴の多さとそれに伴う博識さには毎度驚かされる俺だが、流石にそれは家の外だけのこと。家に帰ってまでクビなのじゃぁー、と、そういうのは勘弁してほしいなというのが同居人心というものである。

 まぁ、そう言いつつ、そんなネタに話が及ぶこともあるけれど、それはそれ。


 極力、我が家の中では平穏平常。

 家に帰った時くらい仕事のことは忘れてゆっくりとしましょ。

 そんなのが俺と加代との同居生活で形成された、ちょっとした不文律であった。


 しかし。

 そこに俺の親父とお袋が加わることでどのような化学反応が起こるのか。


「ババァ!! いい歳してなんて格好しているんだ!!」


「見れば分かるでしょう――YOGASTYLE!!」


「わかんねーよ!! やめろやめろ!! お腹なんか出して!! あんた、ストーブ点けてるからってそんな格好して風邪ひくぞ!! もう歳なんだから!!」


「大丈夫よ!! 設定温度26度にしてあるから!!」


「大丈夫じゃねえ!! 灯油代洒落にならんから!!」


 YOGASTYLE。


 そいつがどういうものかよくわからない。

 知りたくもない。


 けれども一つ言えることは、五十を過ぎたおばちゃんの水着とも下着とも言えないきわどい姿は、身内ということを踏まえても正視に耐えぬものである。

 そういうことだった。


 やめてくれ、お袋、頼むから。

 ただでさえ仕事で疲れた脳にこれ以上深刻なダメージを与えるのは。


 俺は頭を抱えてその場に蹲った。

 実の母のあられもない――こともなくもないがやっぱり贔屓目に言って恥ずかしいとしか言えない格好に、もはやもんどりをうつことしかできなかった。


「のじゃぁ、すまん桜よ。母上殿が、わらわが前にスポーツジムでヨガのインストラクターをしていたと言うたら、なんかそういう流れになってしまってのう」


 そう言いながら出てきた加代ちゃんもまた――。


「……YOGASTYLE!!」


「のじゃぁ。まぁ、何をするにもやっぱり格好から入るのが一番なのじゃ。そういう格好をすることで、よしやるぞというスイッチを入れる。そういうのって大切なことなのじゃ」


 母親よりもいい歳をした――三千歳――の九尾の狐。

 酸いも甘いも嗅ぎ分けた、そんな彼女が腹やら太ももやらうなじやらなにやらなにやらもろにもろもろだしにだしだししている。


 ちくしょう。

 これはこれでアリだ。

 YOGASTYLEのお袋はキツいけれど、加代さんはアリだ。

 年齢はあれだけれど、外見は間違いなく絶世の美女の加代さんはアリだ。

 のじゃロリじゃないけれど断崖絶壁嘆きのクライミングの加代さんだがアリだ。


 くっ、俺はさらにその場に屈みこんだ。

 主に下半身を隠すように屈みこんだ。


 いやいや、エッチすぎでしょう、いけませんよYOGASTYLE。

 こんなのいい歳した九尾の狐がする格好がありませんよ、加代さん。


「そして父さんも一緒にチャレンジしてみることにしたんだ」


「YOGAFIRE!!」


 父さんもまたYOGASTYLEであった。

 いきなり、襖を開いて出てきた不肖の父であった。

 痩せた体に寂しい背中。いつの間にか、こんなにくたびれてしまって。これからは俺が親父の代わりにこの家を支えていくからな。


 そんな気持ちを吹き飛ばすような圧倒的なYOGASTYLEであった。

 もう、なんていうか、インド代表のストリートファイターじゃないかという感じの、そんなことを思ってしまうYOGASTYLEであった。


 なにやってんだアンタ。ほんと。


「ほら、やっぱり、アタシらもいい歳じゃないのよ」


「そろそろ自分たちの身体のことをメンテナンスしていかなくちゃなと、そういうことを思った訳だよ」


「のじゃ、二人ともいい心がけなのじゃ。けど、そういうのはちゃんとしたジムに通って」


「「ジムに通う金など我が家にはない!!」」


「だからって居間でYOGASTYLEになる必要あります!?」


 もっとジョギングとか、ウォーキングとか、ストレッチとかほかにもいろいろあるでしょうよ。なんでYOGAなのさ。そして、金がないといいつつ、ばっちり衣装は揃えているのさ。


 あぁもう、なにより。


「加代さん!! 悪かった、うちの親が思いのほかアホで本当にすまなかった!! もう放っておいてやってくれ!! こいつらに付き合って、金も出ないのにインストラクターの真似事なんてする必要なんてないんだ!!」


 同居人にこんなどうしようもないことをさせてしまった罪悪感が胸を襲った。

 同じくらいに股間をいろんな感情が襲っていたけれど、それよりもまずは謝罪せねばと心から思った。


 そう、こんなしょーもない両親の戯れに、なんの報酬もなく加代さんをつきあわせるなんて――。


「いや、わらわは別に、母上殿と父上殿のお役に立てればそれでというか。まぁ、お金だけがすべてではないというか」


「加代ちゃんはばっちりいなりずしで買収済みだよ!!」


「どん〇ダース買いで買収したさぁ!!」


「ABURYAGESTYLE!!」


 ぶれねえな加代さん。

 油揚げを差し出されれば二秒で即落ち。

 流石の加代ちゃん、九尾さんであった。


 うぅん。


「安定の九尾ネタだけれど、実家まで持ち込むのやめてホント!!」


 我が家は今日も平和です。

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