第644話 お坊さんで九尾なのじゃ

 祖父の十回忌なんだ。

 そう言って、ダイコンタロウは黒いネクタイを引き締めた。


 いつもは笑っている顔が今日はマジだった。彼にとって、祖父の存在は大きく、そして大切なものなのだと、そんな仕草から俺は咄嗟に理解してしまった。


 静かに畳の上に正座をするダイコン。

 その隣に座る俺。ずらり並んだダイコンホールディングスの重役たち。一代で、大きなこの会社を立ち上げた男の十回忌には、まだ往時の熱を忘れられないのだろうか、多くの人が参列していた。


 うん――。


 おかしいだろフォックス。

 なんで俺がダイコンの隣に居るんだフォックス。

 俺は別につい最近この会社に入ったばかりのペーペーだぞフォックス。というか、もっとダイコンの隣に座るのに適切な人がいるんじゃないのかフォックス。


 フォックス、フォーックス。


 助けてフォックス。


 そう、この異常事態に加えて、なんともはやおそろしいことに、加代さんの奴が不在だった。


 どうして、なんで俺だけを送り出したのとばかりに加代さんは不在だった。


 いつもだったら何かしら理由を付けて、無理やりこういう場に割り込んでくるくせに。なんで今日に限って聞き分けがいいんだよアイツ。


 わらわはダイコンの部下じゃないのじゃ。

 勝手に行ってくるのじゃなんて。


 加代さん、そんな拗ねなくったっていいじゃないか。


 そして、背中からなんか突き刺すように飛んでくる視線が痛いじゃないか。

 何やワレ、社長のどういういあれなんじゃと、関西のノリが痛いじゃないか。


 これはあれですわ。

 思った以上に慕われていますわダイコンの奴。

 爺さんもすっ飛ばして慕われていますわ。親については特に何も聞かないけれど、たぶん会社の連中が今までこいつを支えてきたという奴ですわ。


 そこに突然の俺闖入。

 はい、そら気分も悪いってもんでしょうよ。ちくしょう、騙された。


「えー、それでは、故ダイコンカブロウの十回忌を始めたいと思いますのじゃ」


「わぁ、ダイコンなのか、カブなのか、よく分からない名前だぞ」


「ちなみに、親父はダイコンヤクシャ、おふくろはダイコンサラダやってん」


「お前らの家族のネーミングセンスどうなって――」


「喝ァアアアア!!!!」


 唐突に俺の背中に打ち込まれるなんか靴ベラみたいな木の棒。

 なにこれ、どういうこと。

 いったい何が起こっているの。


 俺たちは法事をしていたと思っていたのだが、いつのまにか座禅を組んでいた。何を言っているのかわからないと思うが、っていうことなのか。驚愕する俺の前で、見た顔の尼さんがにっと微笑んでいた。


 うぅん、加代さん。


 なるほど、そっちで現れたか。


「げぇーっ!! 加代やん!! なんでこんな所に!!」


「にょほほほ!! わらわだけ仲間外れとかそんなの許されるわけないのじゃ!! 拗ねたふりして手は打った――レンタル尼さんとしてこの法事に潜入したのじゃ!!」


「うわぁ、大人気ない」


「なんとでも言うのじゃ。とにかく。ここよりこの場は、笑ってはいけない法事の場と化したのじゃ!! なごやかな空気になどさせるものか!! ピリピリとした張り詰めた空気の中で、存分に故人との思い出に浸るがいいわ!!」


 びゅんびゅんと木の棒を振り回して得意げに言う加代さん。


 かくして――。


「くそっ!! なんて張り詰めた空気の法事なんだ!!」


「ふざけられる要素なんて微塵もない!!」


「故人との思い出だけが偲ばれる!!」


「あぁ……カブロウ会長!!」


 十回忌は滞りなく終わったのだった。

 お前、最近クビよりも酷い、この作品の根幹を揺るがすようなオチばっかりぶっこんで来るけど、大丈夫なのか。

 まだ、異世界からの転移酔いが戻ってない感じか。


 なんにしても、変なことにならなくてよかったよかった。

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