第643話 ダイコンアイスで九尾なのじゃ

 関西は商業地区の中央心斎橋。

 ビジネスマンでごった返すその道の途上に、そいつの姿はあった。

 夏でもないのにビーチパラソル。足元に置いたのはクーラーボックス。首に巻いた手ぬぐいには――ダイコンホールディングスの文字。


 何度見ても、まったくもってしまらないてぬぐいである。なんでこんなの作ったのか。やり手企業にあるまじき謎アメニティ。まぁ、そんなん言っても仕方ない。


 よもや彼がダイコンホールディングスの社長とは誰も気づくまい。いわんや、不審者あるいは大阪のなんかロケ的な奴である。


 道行くサラリーマンも避けて通る中、ダイコン太郎はその無駄に整った顔をしかめると、クーラーボックスの中からそれを取り出した。


 クーラーボックスの中に入れるものと言ったら、これ、一つしかない。


「おい、そこのお前さん、アイスキャンディ食べてかないかい!!」


「……のじゃぁ、汚れ芸人みたいなことを言いだしたのじゃ」


「汚れ芸人じゃないだろ。芸能人であって」


 また懐かしいネタだなァおい。

 しかも帰り際のOLを捕まえてそれって、普通に警察沙汰だぞ。

 謎のおっさん、大阪のオフィス街でOLにアイスを食べるのを強要。割とセンセーショナルなニュースになること間違いなしだ。


 やれやれ。


「なーにをやっとんだお前は」


「あでし!!」


「のじゃ、ダイコンよ、流石にそのセクハラは見過ごすことができないのじゃ。道行くOLさんに、白いアイスキャンディを食べろとは何事か。恥を知るのじゃ」


「……そんなこと言ったって仕方ないだろう!!」


 何が仕方ないって言うんだ。

 どこにも言い訳できるような余地なんてなかったように思うぞ。

 というか、アイスキャンディ屋という発想の時点から既にどうかしている。路上販売はいい。けど、販売の仕方がどうかしている。


 なんでそんな怪しさ満点の露店売りなんだ。

 せめてこう、販売専用のワゴン車なりなんなりでやってくれば別だろうに。


 まぁ、あの調子で声掛けしてたら職質まっしぐらだけれど。


「いやね、アイスキャンディ販売はね、やっぱりこういうスタイルがいいかなと。ババヘラアイスなんかの売り方を見ていて思いまして」


「ほいでまたマニアックな。ババヘラアイスね、東北名物の」


「おばあちゃんがヘラでアイスを盛ってくれる、路上販売のアイスなのじゃ。けど、それをわざわざ大阪でやる意味もないし、そもそもヘラアイスじゃないのじゃ」


 ダイコンが手にしているのは間違いなくアイスキャンディ。

 それも、白濁した色味の、いかにもなんか女性が咥えると問題になりそうな絵面の、そんなキャンディである。


 はたして、それを東北の名物と同列に語っていいのか。

 失礼ではないのか。

 おばあちゃんたちは誇りを持って仕事をしているのだ。

 なのに、このダイコンときたら、ただのセクハラ、いやらしさ百パーセントでこんなことやっているのだ。


 許せない。


 別に、暑くもない、むしろ寒いくらいなのに、そんなものを売りやがって。

 ここはひとつ、ガツンと注意してやるべきだろうか。


 そんな気配を察してか、ダイコンが機先を制するように話し出す。


「いやまぁ、俺もこんな白濁アイスキャンディ売るなんて、流石にセクハラやんとか思ったりしたで。そら、もちろん、ワイかてそういうコンプライアンスにはうるさい人間や。異世界ならともかく、現実世界ではちょっとくらいは考える」


「だったら、おめー、余計にどうしてこんなことしたんだよ」


「……その謎を知りたいならば」


 ほれと差し出されたアイスキャンディ。

 白濁したそれは、冷気を発してくゆっている。

 食べろということだろう。


 男の俺が食べたところでいやらしい案件にはならないだろう。しかし、食ったところで何かが分かるとも思えない。まったくどういうつもりだと、とりあえず受け取ってみる。


 見た目はまさしくミルキーな感じの白い棒。

 はたして――。


「……んっ!! こっ、これは!!」


「どや、分かってくれたか」


「しゃりっとした食感!! ピリリと舌先にくる絡み!! そして、ほのかに香る柚子のフレーバーと唐辛子の風味!! まちがいないこれは――!!」


 ダイコンの漬物。

 それを冷やしたもの。


 はたしてアイスキャンディの主成分に厳密な定義があるのかどうかはしらないけれど――ダイコンはほぼ水分。アイスキャンディと呼んで差し支えなかった。


「って!! んな訳あるかフォックス!!」


「へべっ!!」

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