第576話 タナカ(?)との再会で九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 暗黒大陸まで船で来た。

 迫りくるクライマックスの予感と大陸の姿に胸をざわつかせる桜たち。


 しかし――。


「はーい、それじゃ、暗黒大陸に上陸する前に、その手前にある中間大陸で一休みするとしましょうか」


「「「のじゃー!!」」」


 流石のとんちきフォックスとゆかいな仲間たち。この盛り上がりどころと言う所で、容赦もなく小ボケをかましてくれるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「はい、ではここ暗黒大陸観光センターでご昼食となります。ここで昼食休憩の後、物産コーナーを巡っていただいて、それから陸路で街の方へ移動したいと思います」


「……観光ツアーかよ」


「……のじゃぁ、まったく緊張感のない敵地潜入なのじゃ」


 中間大陸に上陸してからさらに五時間ほど。

 正確な時間は時計がないから分からないが、体感時間にするとそれくらいで、俺たちは暗黒大陸の港へと入った。


 入ったが――。


「まさかあんな繁華街みたいな港に入るとは思わんかったなァ。完全に観光地やんか。意外と金があるんやな、暗黒大陸」


 などとのたまうダイコン。

 ふざけたことを言う彼を、叩いて潰すのはもはやこの作品のお約束だが。

 今回ばかりは彼がふざけたことを言っていないから何も言えない。


 そう、暗黒大陸の入り口で俺たちを待っていたのは、拍子抜けするほど拍子抜けする、発展した港町であった。それこそ、出発した西の王国の港町よりもご立派なんじゃないだろうかと言う感じの、見事な商業港であった。


 しかも歓迎ツアー御一行様という看板まで持って出迎えられたとなれば、ちょっと気も抜けるというもの。

 安心安全のツアー旅行とはいえ、どういう危険が潜んでいるかもしれないと、身構えていたというのに。そんな心配は、まるでハンマーでたたかれた氷塊のように、ばらばらに砕けてしまったのだった。


 本当に、心配して損した。


「そしてなんだ、この観光センターって。また金かけて作ってそうな辺りが絶妙に腹の立つ場所だなおい」


「のじゃぁ。暗黒大陸名物とか書いてあるのじゃ」


「歩きダイコンの暗黒漬けやって。桜やん、ちょっと帰りに見て行こや。ワイの調理しばきレパートリーがまた増えるかもしれへんで」


「自分で言ってて悲しくならないのかダイコンの」


 嬉々としてそんなことを俺に言うダイコン。

 この超展開にすんなり順応するあたり、ほんと図太い精神してるよ。

 というか、調理しばきレパートリーって、完全に悪ノリしているよな、こいつ。


 どうなってもしらんぞと邪悪な笑顔を向けてやりたい所だったが、腹は減っては何とやら。ツアーである、食糧事情は旅行会社に任せっぱなし。ぐーぺこの腹は、ツアーの三度の飯でないと満たすことはできない。

 また後で気が向いたらなと捨て置いて、俺はさっさと観光センターの食堂へと向かったのだった。


 ずらりとテーブルの上に並んでいる暗黒大陸観光ツアー御一行様の文字。

 はぁ、こりゃまたたいそうなツアーに参加したもんだなと、今日で二日目ながら痛感させられる。

 いやはや、そりゃツアー費用がそこそこの値段になるのも納得だった。


 おまけに座る席まで指定されていると来たもんだ。

 暗黒大陸に行くためとはいえ、高い買い物してしまったな。

 思いがけず俺の貧乏性の気が疼く。


「のじゃ。前の昼食で一緒だった老夫婦さんは違う席なのじゃ」


「お、そうみたいだな。あっちで楽しそうに話し込んでら。まぁ、あの人たち、話し出すと止まらないからちょうどいいっちゃちょうどいいけれど」


 かれこれ、昨日の昼食から今日の昼食に至るまで、三名のツアー客と食事を共にした。みんな暗黒大陸なんて危ない場所に行きたがるのだ、どういう身の上だろうかと心配したものだが、意外にもまともな人が多かった。

 その中でもとりわけて多いのが老人たちだ。


 話を聞けば、彼らは暗黒大陸の戦火を逃れて、中央大陸やそれとの間にある中間大陸に逃れた者たちだという。そんな彼らは、死を間近にして生まれの故郷を思い出し、せめてその空気だけでもと暗黒大陸を訪れるのだそうな。


 暗黒大陸ツアーが豪華なこと、そして、こんなセンターが立つ理由が、なんとなく察せられるできごとだった。


 まぁ、だから、なんだという話なのだが――。


「のじゃ、今日は若い男の人みたいなのじゃ」


「加代ちゃんさんやめて、そういうちょっと嬉しそうな言い方されると、俺ちょっと不安になっちゃうから」


「せやで加代ちゃん。惚れた男の前でする男の話は気を付けやなあかん。そういうのが余計な嫉妬心を生むねんで」


「……面倒くさいこと言う奴らじゃのう。心配せんでも浮気なんて」


 せんわと言いかけて、加代が首を傾げる。

 なにごとかとその視線を追えば、なるほどなんとなくその理由が分かった。

 というのも、そこにあったのはこの旅の目的の一つ――魔神とは別に、追いかけている存在に違いなかったからだ。


 でかでかと席に置かれたネームプレート。

 書かれているのは、俺たちが追っているとある男の名前。


 だが――。


「おっ? いやいや、こいつはまたべっぴんさんが来たもんだ。やれ、このツアーに参加してからというもの爺さま婆さまの昔話の付き合いばかりで困ってたんだ」


「……魔法使い」


「……タナカ?」


 そこに座っていたのは、タナカとは思えない、いや、絶対に違う男だった。 

 魔法使いというにはいささか野暮ったく、タナカと呼ぶにはいささかあか抜けている。咥えたばこと無精ひげが似合う伊達男。

 そんな男前だった。

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