第549話 必要なのはで九尾なのじゃ
【前回のあらすじ】
世界は一定の負荷がかかることでガス抜きに異世界への穴を開ける。
その穴を通ることができれば、元の世界に戻ることができると考えた桜。
しかしながら、世界間に穴を繋げる大災害を起こすことは容易ではない。
そこでタナカは考えた――。
疑似生命体の力を借りて仮想的な災害を起こす。
それにより、世界を欺瞞して異世界の穴をこじ開ける。
そのためにはなのちゃんの作る生きているような編みぐるみが必要。
はたしてタナカの目論見は上手く行くのか。
そしてその仮定は本当に正しいのか。
いろいろな問題はあるが、それもひっくるめて桜はタナカの策に乗った。
◇ ◇ ◇ ◇
タナカの目論見については話した。
果たして加代はその場でむっと眉根を吊り上げると、口をつぐんで黙り込んだ。
なぜ黙ったのか。今一つ彼女の真意が分からない。
しばらくして――。
「……のじゃぁ。なのちゃんに編みぐるみの用途について説明するのは酷ではないかのう。桜よ、やむを得ない事情があるとはいえ、なかなか悪辣な試みぞえ」
言われてはっとした。
加代の深刻な表情の意味がすぐにも理解できた。
どうして気が付かなかったのだろう。
いくら命がないからと言って、自分の作ったぬいぐるみをむざむざと燃やされてしまう・壊されてしまう子供の気持ちにもなってみろ。
とてもじゃないけれど、そんな残酷な仕打ちできやしない。
自分が子供だとして、されたとしたらたまったものではない。
それでなくても、なのちゃんとドラコのやりとりは見ている。
まるで仲のいい姉弟のように、草鞋童子と草編みドラゴンの二人は仲良しだ。そんな二人を見ておいて、どうしてそんな残酷なことが口を吐くのだろう。
あまりに浅はか――。
今更、自分の考えの足りなさに戦慄して血の気が引く。
すまん、これは間違っている、そう言おうとした所に、加代が待つのじゃと声をかけた。
彼女はまっすぐに俺を見ていた。
「のじゃ。まぁ、切羽詰まっておれば考えの巡らないこともある。桜よ、あまり気に病むようなことではないのじゃ」
「……けど、俺は」
「それに、元の世界に戻るのに、その手しかないというのは本当なのじゃ。手段を選んでおるような場合ではないのは確かなのじゃ」
「加代」
じゃから、やむなしと同居狐は頷いて俺にウィンクをしてみせた。
「酷かもしれんが話をしてみないとはじまらないのじゃ。桜よ、なのちゃんに話をしてみるのじゃ。タナカに協力するかしないかは、それ次第なのじゃ」
なのちゃんが、自分の編んだ人形をそのように扱われて文句がないのであれば、それで良しとしよう。
実際、俺たちも今の状況に困っているのは間違いないのだ。
縋れるものなら藁にでもすがりたい。その思いに変わりはない。
確かにこの申し出はなのちゃんにとって残酷なものかもしれない。
けれど――。
「なのちゃんは子供だけれど、大人の事情も分かってくれる優しい子なのじゃ。きっと、ちゃんとそうしなければいけない理由を説明することができれば、協力してくれるに違いないのじゃ」
「……そうだな」
「のじゃ!! 元の世界に戻る好機!! 逃す手はないのじゃ!! 聞くだけならばタダなのじゃ!! 桜よ、頑張って聞いてみるのじゃ!!」
加代の励ましに思わず目頭が熱くなった。
こんな時にもなんて健気な奴なのだろう。
流石に苦労を重ねてきた駄女狐。その言葉は思いやりに満ちていた。
「のじゃ、けれども言葉はちゃんと選ぶのじゃ。なのちゃんに変なショックを与えちゃダメなのじゃ」
「分かってるよ」
「残酷なことには違いないのじゃ。そこの所ちゃんと弁えるのじゃ」
そして、しっかりと周りのことも見ている。
相変わらず敵わないできた嫁だ。
いや、いや、誰が嫁やっちゅーねん。まだ籍入れとらんわい。
などと思いつつ、俺はなのちゃんの方を向いた。
「ドラコー。今日のお給料でお嫁さんを作ってあげるなの。楽しみにしてるなの」
「くるくるきゅーん。きゅおーん」
そうだな。
これからする話は残酷な話だ。
俺たちが居なくなるのも含めて、彼女にとってはショッキングな話だろう。
けれどもしなくては。
俺たちはこの世界に永住するために、異世界転移してきた訳ではないのだ。
いつかきっと、元の世界に戻らなくてはならないのだから。
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