第437話 異世界の夜で九尾なのじゃ

「のじゃぁ。なんとか、普通の道具屋で持ち物を売って寝床は確保できたのじゃ」


「いやまさか、お前の抜け毛があんなに高価で売れるとは思わなかったな」


 例のエルフ専門店からいそいそと距離を取ること一時間後。

 とっぷりと日が暮れる中、何とか普通の道具屋を見つけた俺たちは、そこで持っている物を売って宿屋に泊まる金を得た。


 といっても、持っているものなんて、布の服と、財布――未知の硬貨――と、スマホくらいだったが。


 もちろん、未知の硬貨の為替レートなんてあるはずもなく、スマホも売れない。

 服は売ったらなんというか、装備できる服があるか分からない。

 そんな状況で、加代がやけっぱちに、自分の抜け毛を出したところ、これがたいそう高値で売れた。


 いやまぁ、以前向こうの世界でもフリーマーケットで売れたけれども、よく分からないモノに需要があるものである。

 とはいえ。


「のじゃぁ、宿屋に一泊する程度のお金しか手に入らなかったのじゃ」


「明日からさっそく仕事を見つけないとこの異世界生活詰んじまうな」


「いきなり〇金伝説でも、もうちょっとこう手心が加えてあったのじゃ」


 せめて一万ゴールドで一ヶ月生活みたいな感じにして欲しかった。

 そんなことを思いながら、俺と加代はベッドも何もない筵をひいただけの部屋で、ごろりと横になるのだった。


 はぁ、これからの冒険もとい生活が不安。

 不安過ぎてせっかく大人に戻ったのに仲良くする気にもなれない。


 とほほこりゃ参ったねと天井を見上げると、加代の奴がぎゅっと俺の手をいきなり握りしめてきた。そういうムードの奴ではない。


「のじゃ。桜よ、こういうことになったが、一緒に頑張って生きていくのじゃ」


「……あたりきよ。加代、お前が一緒なら、俺はいくらだって頑張れる」


 そういうムードの奴ではない。

 だが、俺と加代はお互い見つめあって軽くキスをした。

 襲い来る不安に打ち勝つために、唇をそっと重ねた。


 重ねる肌に震えはない。

 大丈夫、今までだって二人でなんとかやってこれたんだ。

 きっと今度もなんとかなるだろう。


「のじゃ!! 二人でこのイベントを生き抜き、元居た世界に帰るのじゃ!!」


「おう!!」


 その為にも、あえて、今日は、寝る。

 俺たちは手を離すと睡眠に集中することにしたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「寝過ごした!!」


「のじゃぁ!! あんまり静かな朝過ぎて!! 気が付いたら昼まで寝てたのじゃ!!」


 部屋から飛び出して確認すると既に太陽は空の上。

 スマホを確認するとなんということでしょう、バッテリー切れを起こして既に機能しなくなっておりました。


 これだから最近のバッテリーが長持ちしないスマホは。

 ほんと、スマホは。


「……のじゃぁ、これ、延滞料金とか取られない感じの奴かのう」


「分からん、分からんけど、二日目もえらいこっちゃな異世界転生だ」


 異世界に転移して冒険しないのもさることながら、せめて、もうちょっと緊張感のある展開にしてくれ。二日目にして寝過ごすとか本当に、もう――。


「というか、それだけ疲れてたってことだよな」


「のじゃ、バカンスと考えれば、そう悪いモノでも」


 いや、やめよう。

 言い訳はやめよう。虚しくなるだけだ。

 とにかく、俺と加代は急いで支度をすると、宿屋のフロントに降りた。

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