第425話 子供料金で九尾なのじゃ

 ヨーデルなんたら食べ放題。

 俺と加代と前野の三人で、今日は焼き肉屋にやって来ていた。

 文字通り、食べ放題にやって来ていた。


 理由は単純。


「俺たちはおっさん!! 既に、胃が油を受け付けないお年頃!!」


「しかし、焼き肉を食いたいという思いは、いくつになっても変わらない!!」


「定期的に焼き肉を摂取しなければ!!」


「人間は死ぬのだ!! 死んでしまうのだ!!」


「そう!!」


「「焼肉とは人生に必要な儀式!!」」


「……おおげさなのじゃぁ」


 という次第であった。

 まぁあれだよね。あるよね、こう、定期的に肉食いたいってなる時。松屋の焼肉W定食だけじゃ満たされない、肉欲にこう襲われてしまう時って。


 今がその時だったということだ。


「という訳で、今日は食べ放題じゃ、加代さん!!」


「ファミリー焼き肉屋だ、遠慮することはねえ、じゃんじゃか頼めよ加代さん!!」


「ワシ、カルビ!! このなんかツボに入った、いかにも食欲そそる奴!!」


「バカ!! いきなりカルビ頼む奴があるかよ!! お前、最初はタン塩だろ!!」


 やんややんや。

 かくして焼肉パーティの幕が開けるのであった。


 男二人、三十代、働き盛り、焼き肉屋。これで、何も起きない訳がない。

 そう――俺たちは。


「……うぇっぷ」


「いかん、まだ、胃の許容量はあるはずなのに、口が肉を受け付けない。いや、違う、これは、そう――」


「あ、脂!! 濃厚な脂が!! 胃にもたれる!!」


「どうして飲んでおかなかった、キャベ〇ン!!」


 そう。俺たち二人は、焼き肉食べ放題開始数分でリタイア。

 胃もたれを起こして蒼い顔をしていた。


 侮るな、歳と、脂と、胃のキャパシティ。甘いものは別腹というが、脂物のまた別腹なのだ。

 歳を重ねるにつれて、胃の中に納まる量が減ってしまうのは仕方ない。


 グロッキーに顔をしかめるそんな俺たちの前で、ひょいぱくりと、網から肉をトングで挟んで引っ張る手が見える。


 小ぶりなその手は次々に網の上の肉を集めていく。

 そう、その手の持ち主こそは――。


「だらしないのう」


「「加代ちゃん!!」」


 小食になったロリ加代。彼女が網の上の肉をすべてかっさらうようにして、皿の上へと次々と載せていくではないか。これはいったいどういうことかと頭を捻る。

 小さくなって、胃袋も小さくなったんじゃなかったのか。

 そんなに食べなくてよくなったんじゃなかったのか。

 やっぱり無理してたんじゃないのか。


 いろいろと憶測が頭の上で飛び交う中彼女は、かちんかちんとトングを鳴らして、俺の視線に応えたのだった。


「のじゃ!! 子供は食べ放題は大好き!! 胃の許容量いっぱいまで、食べるのがマナーという奴なのじゃ!!」


「な、なるほど!!」


「そして、脂の分解能力も高い!!」


「実感があるだけに分かる!! というか、そのつもりで俺たち食ってたし!!」


「という訳で――今日は遠慮なく食うのじゃ!! 店員さん!! ホルモン盛り合わせお替りでお願いしますのじゃ!!」


 なんとたくましいことだろうか。

 この上、ホルモン――ハツだのミノだのハチノスだのレバーだのあんなくどくどしいもの――を食べるだなんて。流石子供、流石は胃袋底知らず。


 俺は加代のことを素直に尊敬した。

 尊敬して――。


「けど、加代さん、俺たちほんとうにもう無理だから」


「焼くところも、できるだけ遠ざけてくれ」


「もうお主ら、先にお会計清ませて、回転ずしにでも行けばいいのじゃ!!」


 うぇっぷという、脂ギッシュなげっぷを吐いた。

 ほんと、分解能力落ちるよね、いい歳してくるとさ。

 ビールと同じで、焼き肉も最初の一口が旨いっていうかさ。ホント。


「うへぇ……あかん、もう、座ってもいられない」


「加代、悪い、膝貸して」


「のじゃぁ!! みっともない真似するななのじゃ!! というか、もうちょと絵面を考えるのじゃ!! このアホ桜!!」


 だって気持ち悪いんだもの。

 ちょっと小さいけれど、膝くらい借りたっていいじゃないか。

 大丈夫、こんなんで興奮するほどこじらせてねえっての。

 でなきゃとっくに夜の仲良し再開して――。


 おほん。

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