第420話 テレビのお仕事で九尾なのじゃ

「やっほー加代ちゃん、本物ののじゃロリ狐になったんだって? うわ、本当だ?」


「あらー、加代さん、やっちゃいましたねー」


「のじゃぁ!! やっちゃってないのじゃ!! 失礼なのじゃ!!」


「わはは、その反応!! 言ってることはいつもの加代ちゃんなのに、なんか違うキャラクターみたい!! これ数字取れるんじゃない?」


「いけそうですね。今、狐娘ってブームですし」


「何がブームなのじゃ!! 人の不幸を視聴率にするでない!! えぇい、このハイエナどもめ!!」


 ライオンディレクターが家に来た。

 いつものようにアシスタントディレクターちゃんを連れて家に来た。


 というのも、加代の奴がロリ化したということを、どこからともなく聞きつけたからだ。

 情報源はどこなのか。加代から連絡したということは、この反応を見る限りなさそうだ。とすると、どこからか情報源を得て聞きつけたのだろう。


 流石は情報業界の中枢、テレビ業界で働いている人間たちだ。

 目ざとい。いや、耳ざとい。


 今回ばかりはどうしてやって来たんだとちょっと驚きましたよ。


 そんな二人を部屋の中に招き入れつつお茶を出す。

 いやぁ、ちっこいちっこいと加代の頭を撫でまわすライオンディレクター。そんな彼にぴっとりとくっつき、ちっこいですねとほほえましい顔をするアシスタントディレクター。


 そんな二人におもちゃにされる加代は、なんというかほほえましかった。


「のじゃぁ!! 酷いのじゃライオンディレクター!! 人がこんなに困っておるというのに、からかうことはないであろう!!」


「あっはっは、すまんすまん!!」


「小さくなれるとは聞いていましたが、実際に目にするとなかなかショッキングですね。あ、けど、ツインテール似合ってますね。お持ち帰りしたいくらい」


 わきわきとアシスタントディレクターさんの手が動く。

 たまらず、俺はさっと加代を彼女から庇うように隠した。


 いやだな冗談じゃないですかと笑うアシスタントディレクターさん。だが、その瞳は、笑顔に変わって綴じられるまで、割とガチぎみっぽい光を発していた。

 彼女、そっちの気でもあるのだろうか。

 いや、かわいいは正義だからな。多分きっと、そういうことだ。


 そういうことにしておくとしよう。


「もう!! 人をからかいに来たのなら帰ってくれなのじゃ!! こっちはお仕事の幅は減るわ、限られた仕事も大変だわで、あっぷあっぷなのじゃ!!」


「溺れた犬は叩けって言うしね」


「酷いのじゃ!!」


「冗談ですよ、加代さん。そんな貴方の惨状を見かねて、私とライオンディレクターはわざわざやって来たんじゃないですか」


 そうなのじゃ、と、首をかしげる加代。

 こりゃまた意外。なんとまぁ、助け船を出してくれたというのかこの二人。


 ちゃぶ台の前に座ったライオンディレクター。出された茶を一息に飲み干すと、彼はさっそく傍らに置いていた鞄から、クリアフォルダーを取り出した。

 中に入っているのはそう――A4の企画書。


 そこには週刊オキツネニュース(仮)という文字が、赤字で描かれていた。


「今度、ちょっとしたエンタメ系のニュース番組をやることになってさ。そのメインパーソナリティを探してたところなんだよね」


「オタク向けの情報発信番組なので、それこそバーチャルキャラクターを使ってということも考えていたのですが、どうにも最近はあれも飽食気味で。それで、それならいっそ本物を使ってみるのはどうかという話になったんですよ」


 のじゃと面食らう加代さん。

 つまるところ、そのメインパーソナリティをやるのはどうだと、誘われている訳だ。


 訳なのだが――。


「……のじゃぁ」


 加代の表情はあきらかに不満げ。

 というより、乗り気ではなかった。


◇ ◇ ◇ ◇


「……よかったのか。せっかく来た、結構大きめな仕事だったじゃないか。なのに、あんなつれなく断っちゃってさ」


「……のじゃぁ、ちぃともったいないことをしたかのう、とは、思ったのじゃ」


「それだけ?」


「のじゃ。本当はやりたかったのじゃ。飛びつきたい話だったのじゃ」


 けれど、加代はライオンディレクターのオファーを蹴った。

 蹴って、はっきりと――本来の自分で勝負したいと、彼に向かって言った。


 せっかく話を振ってやったのに――なんて怒るようなライオンディレクターではない。彼はただ静かに、そうかとだけ呟いて、企画書をすんなりとひっこめた。

 そして――やっぱり加代ちゃんならそう言うよね――と、断ったことを許したのだった。


 相変わらず、度量の高い御仁である。

 敵わないなと思いつつ、俺はもう加代と彼の間の話にそれ以上首を突っ込むことはしなかった。


 加代が言った通りだ。

 彼女は自分の本来の姿で勝負がしたい。


 流行しているのじゃロリ狐だなんだと言っても、それは仮の姿なのである。本来の彼女は、大人の――それもしっかりとした――のじゃ狐なのである。

 だからこの話は受けられない。

 そうきっぱりと言った彼女を、やっぱり俺は不器用な奴だなと思った。


「……のじゃ。まぁ、いつまた元に戻るやもしれん。そういう不安定な状態で、お仕事を受けるのも不誠実だしのう」


「そうだな」


「……せっかくのお仕事。断るのは忍びないがのう」


「ライオンディレクターも、それならそれで大丈夫って言ってたじゃねえか」


 それに、自分の意地を貫いている方がお前らしいよ。

 そう言ってやると、隣に座っていた加代は、こてんと首を俺の肩にもたれかからせて、それからくしくしと肩で顔を洗うのだった。


 少しばかり、肩に温かいものが当たった気がした。


「……のじゃ。ちんけなプライドというものかのう。こんなものを持っておるから、わらわはすぐクビになってしまうのかのう」


「……んなこたぁないさ」


 そりゃ、ただお前がおまぬけ狐だけさ。

 なんて言っておどけてやりたい所だったが、今日は、いつになく小さくなっているその体に、これ以上辛い思いをさせてやりたくない。


 ぽんぽんとその背中を叩いてやると、俺は、同居狐を励ますのだった。


 いつか、きっといつか、分かってもらえる日が来るさ。

 これだけ頑張っているんだもの。


 少なくとも、俺だけは、お前のことを知ってるつもりだよ。

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