第412話 平成狐合戦で九尾なのじゃ

 うちの職場に新しい派遣が来た。いかにも商魂逞しいという顔つきの細目に細身の男で、緑色のストライプが入った珍しいスーツを着ていた。

 名前を美濃という。


 で、なんでそういう話を俺がするかというと、そいつが配属されたのが、俺のプロジェクトだったからだ。いや、正確には、例によって課長から――桜くん、今度来る常駐さんのプログラムスキルを鑑定してあげてくれる、と――頼まれたからである。


 ほんと、体よくつかわれる忠犬桜公とは俺のことだよ。

 プログラミングスキルを査定したら、さっさと違うプロジェクトに回されるっていうのに、何をあっさり引き受けているんだか。

 しかも、問題になるといけないから、業務は絶対にやらせないでねと来たもんだ。


 やったところで自分のプロジェクトが楽になるわけでもないのに、俺はいったい何をやっているんだろうね。あぁ、社会人とは地獄なり。


 なーんてことを思いながら、今日も定時の鐘が鳴るのだった。


「いやー、この会社はホワイトで素晴らしいですね。残業がほぼほぼなしで帰れるなんて。この業界で働いて長いですけど、初めてですよ」


「まぁ、仕事できてなきゃ問答無用で帰さないけどね」


「いやけど、僕は帰りますけどね」


「ははは、こやつ」


 そんな会話をするのは当の美濃である。

 今日も今日とて、社内で使う検証ツールの作成という名目で、意味のないモジュールを彼には作らせていた。納品されたそれをこれから俺が二時間ほど、残業してチェックという、不毛極まりないお仕事をしなくてはいけない。


 まぁ、社内のコーディング規約には沿った実装をしてくれてるし、無茶なコーディングもしていない。可読性もそこそこいいし。特に問題は感じない。

 ソースコードをチェックインした時刻から見ても、余裕を持って作業しているみたいだし、問題はなさそうだ。むしろ、このまま俺のチームで働いていただきたいくらいだ。


「それじゃ、私はこれで」


「あいあいおつかれさーん。気をつけて帰ってくださいねー」


 そう言って美濃を送り出す。お先に失礼しますと元気に挨拶をして退社していった彼は、まさしくなんというか、できるビジネスマンであった。


 うぅん。

 逆にそういう所が胡散臭いんだよなぁ。


「やっぱ外出て修羅場をくぐってきた人間は一味違いますかね桜さんや」


「俺らも一味違う人種じゃないですか、前野さんや。ただ、お前より、よっぽどまともなコード書くぞ、アイツ」


「まじで!? え、じゃぁ、もしかして、俺とトレードされる可能性が微レ存!?」


「お前みたいな迷惑社員、派遣会社に解き放ったら大変なことになるから、それはないだろう。ウチの会社がお前の再雇用先に訴えられるよ」


「どんなだよ!! 俺、そんなにスキル低いの!?」


 うん。まぁ、安心して仕事任せられないくらいには低い。

 だからお前、俺と一緒でいい歳して平社員なんじゃないか。

 いい加減、気づこうよ。


 冗談はともかく。

 美濃はなんだか使えそうな派遣さんではあった。

 しかしながら――プログラマーにしてはいささか胡散臭いというか、妙に毒気がないというか、商魂たくましいのがどうも引っかかった。


「もうちょっとさ、プログラマーって、毒があるもんじゃない?」


「お前クラスの猛毒持ってるやつ、そうそういないと思うけど」


「どういう意味だよ」


「自分の胸に聞いてみろよ」


「まぁ、俺にしてもお前にしても、こう、人格破綻者というか、ワーカーホリックというか、なんていうかこう、あるじゃん、社会人としてダメダメみたいな所がさ。そういう所を感じないのが、なんか逆に不安なんだよね」


「……俺、そんな歪んだ発想する桜くんの方が不安だわ。大丈夫? 社会人としてまともって、普通に素敵なことだと思うよ?」


 そうかもしれないけど。

 そうかもしれませんけれども。

 なんか直感的にもやっとしたものを感じるから、こうして言葉にしているんじゃないか。

 同期なんだからその辺り察してくれよ。同期甲斐のない奴だな、本当にお前は。


 などとしていると、のじゃのじゃとサーバールームから、加代の奴が顔を出した。本日はこちらでサーバーの管理業務ということらしい。

 しかしどうしたことか、彼女の顔はいつになく、真っ青に染まっていた――。

 どうしたんだ、そんな慌てて。

 しかも、なんで俺の方に向かって駆けてくるんだ。


「……桜よ、すまんがちょっとパソコンを貸してもらって構わんかのう」


「構わんですけど。ていうか、お前のパソコンあるんじゃないの?」


「のじゃ、そうじゃないのじゃ。お主のパソコンじゃなくて、そっちの方なのじゃ」


 そう言って加代が指を向けたのは――美濃が使っているパソコンだった。

 まさかとは思うが。


 いや、確かに、余裕を持って作業をしているなとは思っていたが。


「企業秘でアクセス権限が割り当てられない共有フォルダに無理やりアクセスしようとした形跡があったのじゃ。しかもご丁寧に、桜、お主のアクティブディレクトリアカウントを使ってじゃ」


「……マジかよ」


 いつの間にパスワード抜かれたんだ。

 というか、何やってんだ、あのうさん臭い細目野郎。


 頭を抱えた。

 そうか、妙に律儀に感じた訳じゃなかったんだ。

 不自然にビジネスマンぽく感じたんじゃなかったんだ。


 実際不自然だったのだ。そういう風に、装っていたのだ。

 完全に狐につままれた。


「お主がそういうのに興味ないことは知っておるから、おかしいと思って調べたのじゃ。そうしたら、利用しているPCが派遣さんのじゃと分かってな」


「……すぐに総務に連絡を取って。あいつの派遣元にも連絡」


「のじゃ、幸いデータを取られた形跡はないが。既に経歴についてはわらわの方で洗った。存在しない住所に、存在しない人物だったのじゃ」


「じゃぁアイツはいったい誰だったんだよ!!」


 思わず怒鳴った俺に落ち着くのじゃと加代が言う。

 ふぅ、と息を吐きだして、こちらを見た彼女は、まるでこんなことよくあること――とでも言う感じに、穏やかな口ぶりで俺に言った。


「化け狐が、ライバル会社にアルバイトや派遣社員を装って侵入したりすることがあるのじゃ。おそらく、貴奴もそういう産業スパイに違いなかろうて」


「……くっそ!!」


「プログラマーでは分からんわ。というか、それが分かっていたから、課長さんもわざわざ桜に、あやつの見極めを頼んだのかもしれん」


 んだよそれ。

 結局、プライベートから仕事まで、狐の掌の上で踊らされてるってことか。

 おいおい、勘弁してくれよ、本当にもう。


 だぁと上を向いて息を吐きだすと、俺は先ほどまで美濃が座っていた椅子に腰かける。

 どうもちくちくとして気になって尻を触ってみると、黒色をした毛がそこには散らばっていたのだった。


 ――あぁ、もう。これでクロ確定じゃないか。


「……最近狐に振り回されすぎじゃない、俺」


「大丈夫。心配しなくても、もう、振り回しに帰ってくることはないはずじゃよ」


 でしょうね。

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