第396話 おつとめ品で九尾なのじゃ

 仕事上がりのいつものスーパー。

 今日は終日、ウチの会社のサーバルームで作業をしていた加代さんは、俺と一緒に仲良く退社。前野にからかわれながら帰路についていた。


 それでもってそのままの流れでスーパーでお夕飯の買い出しという訳である。

 今日も今日とて、我が家の主食は半額シールの張られたおいなりさんであるからして、これは仕方のないことであった。


 まぁ、それはそれとして。


「普通に野菜とかも足りてないんだよな。キャベツとか、玉ねぎとか」


「のじゃ。荷物重くなるけど、買って帰るのじゃ」


「そうだなぁ……って、うん?」


 スーパーの生鮮コーナー。

 その隅に移動式の棚が置かれているのに俺は気がついた。


 乱雑に、そしていろいろな種類の野菜が置かれたそれを目にして、俺はついつい近づいてしまう。


 なんのことはない、野菜類のおつとめ品である。

 肉や練り物なんかはそのまま、そこの売り場で半額シールを貼られて置いておかれるのが多いのだが、野菜類だけはなぜかそういうことがない。一か所にまとめられて、こうしておつとめ品コーナーが一時的につくられる。


 いや、野菜ばかりでもないな。

 菓子パンなんかも同じような扱いだ。


 どうして扱いに差が出るのか。

 専門的なことは分からないが、たぶん冷蔵の要不要とかだろう。


 なんにせよ、俺はそのおつとめ棚の一番上から、少し小ぶりな――おそらく外側の痛んだ葉をはいだのだろう――を手に取った。


「形が不ぞろいだったり、賞味期限が近かったり、少し痛んでいたり。なんにしても、こんなおつとめ品もあるものなのじゃのう」


「おー、ただ、やっぱりちょっと手を出すのには勇気がいるよな」


 パンや練り物ならいざ知らずだ。

 生鮮食品はなんというか――露骨に歪だったりする。


 そりゃ調理しちまえば分からないんだろうけれど、これを食べるのかと思うと、少し勇気がいるというのが正直な感想だ。


 本当、肉なり、豆腐なりは、まったく関係なく食べれちゃうのにね。

 そう思うのはいったいどうしてなんだろうか。


 などと思っていると、加代がくんくんと鼻を鳴らして棚に近づいた。

 それから、ひょいひょいと、いくつかおつとめ品を手に取ると、俺が握る籠の中にそれらを放り込んでいく。


「……えっと、加代さん?」


「今入れたのは、まだまだいけるお野菜なのじゃ。他のも食べれるけれど、痛みが酷いので数日はもたないのじゃ」


「ようわかるなそんなもん」


「まぁのう、野生の勘という奴じゃ」


 貧乏生活の知恵ではないのか。

 ちょっと悲しくなってしまった自分が居るが、まぁ、よしとしよう。なんにしても、加代さんが居てくれて助かった、安くなった。よかったよかったである。


「……とはいえ、いい加減この貧乏半額シール生活なんとかしたいなぁ」


「のじゃのじゃ。人間、腹に入れば一緒なのじゃ。それに、賞味期限なのじゃ。消費期限じゃないのじゃ。食べてお腹を壊さなければ何も問題ないのじゃ」


 ほんと、貧乏生活が長いと逞しいことで。

 まぁ俺も逞しいのでなんとも言えないのですけれど。


「あ、加代さん、トマトはオレ、ちょっと、半額でもいいかなって」


「好き嫌いはよくないのじゃ!! プチトマトなのじゃ!! リコピン大事なのじゃ!!」


「えぇ、もう、痛んでるんだし、栄養価減ってるよォ……」


 ダメなのじゃとこの栄養にうるさいお狐様は、問答無用で籠の中に、嫌いなトマトを放り込むのだった。


 とほほ。

 安いからって立ち寄るんじゃなかった。

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