第384話 塩をふりかけ九尾なのじゃ

 肉料理、そう、肉料理。

 やっぱり若い人間にはたんぱく質が大切だ。

 大豆でイソフラボンもいいけれど、なんと言っても肉食いねえだよ。


 豚肉、鶏肉、羊肉、肉にもいろいろあるけど。

 やっぱりお肉で一番いいのは牛肉だよね。


 たまには奮発して、牛ステーキ肉とか買ってきて、焼いて食うのもやぶさかではない。


「……サラァ!! フォックスベイ!!」


「やると思った!!」


 加代がお洒落な感じにステーキに塩を振りまぶす。

 それな、お前、それな。ちょっと前にツイッターとかで流行った奴な。


 サングラスまでかけて、お前ちょっと気合い入れてなにやってんのよ。

 自宅のキッチンで、誰にも見せる訳でもないのに、なにやってんのよ。


 本当もう加代ちゃん勘弁して頂戴よもー。


「わははは」


「のじゃわはは」


 俺と加代は顔を合わせて笑いあった。

 肉を前にして笑いあった。


 1枚3000円する高級ステーキ肉を前にして笑いあった。


 ダン。

 今度は加代がキッチンを叩いた。

 いいね、その叩く感じもなんかそれっぽいね。

 スタイリッシュ肉調理動画みたいだね。


 けど、めっちゃなにもない所叩いたけどね。

 やってられるかって感じで叩いたけどね。


 うん。


「なんでこんなもの買ってしまったのじゃぁっ!!」


「なんでってお前、仕方ないじゃないか!! なんか買わないといけない、そんな空気になっちゃったんだから!!」


「なんでそんな空気になっちゃったのじゃ!!」


「お前がうきうき尻尾出してるからじゃねえか!!」


 ことのあらましを説明しよう。

 俺と同居人の加代さんは、今日も今日とてハングリー。お腹を空かせて、会社帰りに自宅近くのスーパーへと寄った。


 いつものように、半額シールの張られたおいなりさんを買おうとスーパーを進んでいた俺たちだったが――仕事の疲れから肉を運ぶ台車に激突してしまった。スーパーのアルバイト店員から申しだされた示談の条件とは。


「いや、そりゃ、普通に買わなくちゃ申し訳ないじゃろ」


「のじゃぁ、不注意じゃったのじゃ。アルバイトの子も気にしないでくださいって謝ってて申し訳なかったのじゃ」


 そんな状況で買わない訳にはいかない。

 いくら個包装してあるといっても、床に落ちた肉を売る訳にはいかんだろう。

 という訳で、俺と加代は一枚三千円もする肉を買うことになったのだった。


 節約がなんだったのかという出来事である。

 そして、割と一枚三千円ってガチで高いお肉である。


 国産かな。

 なんにしても、絶対に普段なら買わない奴だ。


 よりもよって、なんでそんなものに激突してしまったか。

 俺と加代は溜息を牛ステーキに振りかけた。

 きっと逃げた幸せを吸い込んで、おいしくなってくれるだろう。


 とほほ。


「まぁいいじゃねえのよ、たまにはこういう贅沢をするのもさ。俺ら、普段節約に節約を重ねているわけなんだし」


「その節約が、たった一度の不注意で、ぱぁになったと思うと」


「言うな」


「仕事をクビになるのも、無駄遣いしてしまうのも、注意が足りぬということかのう」


 分かっているなら、気をつけろ。

 指差し確認と俺は加代に号令をかけた。


 肉よし。

 フライパンよし。

 コンロよし。

 お腹の空き具合よし。


「よっしゃ!! もう、今日は肉食うぞ加代さん!!」


「のじゃ!! 久しぶりに狐の本能全開でかぶりつくのじゃ!!」


「その意気だ!! 獣の本能で肉を楽しむ!!」


「のじゃ!! 獣、獣、わらわはオキツネなのじゃ!!」


 妙なテンションで肉を焼き始める俺と加代。


 流石高級お肉。

 素人調理にもかかわらず、また、塩コショウだけのシンプルな味付けにもかかわらず、それはしっかりおいしかったのだった。


 うぅん、まぁ。


「たまには贅沢もよし!!」


「のじゃ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る