第376話 油が胃に染みて九尾なのじゃ
油が、油が最近きつい。
いや油揚げは食べられるんだよ、それは大丈夫。
皿の上のコロッケ。
近所のスーパーで一個30円で売っていた特価品。
牛肉が申し訳程度に入ったものだ。
べっとりとウスターソースがしみ込んだそれを、箸でつついて皿の上で転がしながら、俺はどうしたもんかなとため息を吐き出した。
「どうしたのじゃ、食べぬのか?」
「……いや、うん、半分までは行けたんだけどね」
「行けたんだけど?」
それ以上言わせんなよ恥ずかしい。
恥ずかしいけど、言わないとなんで食べないのじゃという咎めるような視線を解除してくれない。とほほとごちって、俺は顔を上げて加代さんに視線を向けた。
うん、まぁ、ねぇ。
「油ものがちょっとこう、胃に収まらない歳になりまして」
「……まじかなのじゃ」
「……まじなのじゃ」
そういう加代もまた、コロッケは半分だけしか食べていない。
三千歳生きた狐である彼女は既に、自分の胃袋の限界を熟知していた。
それに対して俺はどうだろう。
無謀にも一個コロッケを食おうとしてこのザマだ。自分の胃袋のコンディションも把握できないなんて、情けないったらない。
「まさかコロッケに負ける日が来ることになるとはな」
「……のじゃ、人間誰しも老いるものなのじゃ」
「けれどもお前、コロッケって、脂モノで言ったらスライムみたいなものじゃないの。主人公の村の周りでたむろしているクラスの、ありふれたものでしょう?」
「コロッケを舐めてはいけないのじゃ。コロッケは、脂モノの中でも、どちらかと言えば中盤のボスに相当する強敵なのじゃ」
「まじか」
「まじなのじゃ」
知らなかったコロッケ。
俺は今の今まで、お前のことをコロッケだとずっと思っていたよ。
あまりに身近過ぎて、お前に負ける日が来るなんて、思いもしなかったよ。
コロッケ――お前、こんなに強かったんだな。
「まだコロッケより、てんぷらの方が食べられるのじゃ」
「あ、なんかそれ分かる」
「そもそもソースが油っけに輪をかけて作用するのじゃ」
「じゃぁお前、何かけてコロッケ食えって言うんだよ」
すっと、加代さんが俺に調味料の容器を差し出す。
それはウスターソースの容器とは違うキャップ式のボトル。
黒々とした液体が入っているのは同じだが――根本的に西洋料理とは程遠い、そして、大豆の力を感じさせるものであった。
うん、そうだね。
「……醤油!! なるほど!!」
「のり弁でもソースの代わりに醤油がついてるから食べれるところあるのじゃ」
たしかにソースより醤油をかけたほうが、くどさが抑えられて食べやすくなる。
のり弁で食べてるから、それほどかけることに抵抗感もない。
なるほど妙案。
さすが加代おばあちゃんの知恵袋。
亀の甲より年の功。九尾より知恵袋である。
頼りになるフォックス。
「……けど、もうソースどばっどばにかけちゃってからは、手遅れだよな」
「……のじゃ、どうしようもないのじゃ」
どばっどばにソースのかけられたコロッケ。
茶色く染まり、冷めてしまったそれを眺めながら、どうしようかなと、俺はまた考え込むのだった。
「……マヨネーズをかけて、味を変えれば、ワンちゃん!!」
「……やめるのじゃ!! マヨネーズはほぼ油!! 油マシマシで大変なことになるのじゃ!!」
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