第358話 オールラウンダー狐で……ギブギブ九尾なのじゃ
最近、加代の奴が肉体を造っている。
いや妖術的なものではなくて、実際に体を鍛えているのだ。
毎朝のマラソン。
二日おきの筋トレ。
たんぱく質を重視した食事。
規則正しい生活。
そして――水分の徹底的な排除。
そんな生活を二週間ほど続けたかと思うと、グロッキーな顔をした加代が、いつもより少し遅めに家に帰って来たのだった。
「……お、終わったのじゃぁ。やっと、おいなりさんが食べれるのじゃぁ」
「……お、おう」
言われて、ここ一週間ほど、加代の奴がおいなりさんを食べていなかったことに気がついた俺は少し言葉を失った。
この九尾、いったい今度は何をしようとしているのだ。
ダイエットにしてはここ二週間の行動はストイックすぎる。
それこそまるでボクシング選手の減量のような――。
と、そこまで考えて、俺はその答えに思い当たった。
「お前またプロレスにでも出るのか!?」
そう、加代さんは以前プロレスに出ていたことがあるのだ。
詳しくは「第26話 ビューティビューティ。ビューティ狐で九尾なのじゃ」を参照して欲しい。というか、忘れていたわそんな設定。
前回のあれは番組の企画か何かで出されたのだろう。
一応これでもオキツネアイドルだからな。いや、オキツネタレントか。
体を張った企画をやらされるのは仕方ないことだといえる。
しかし――危ないのは正直勘弁して欲しい。
そう思うくらいには、俺は第26話から、加代との関係を深めていた。
そんな心配が顔に出ていたのだろうか。
加代は俺の顔を見るなり、のじゃぁといつもののんびりした笑顔を向ける。とても格闘者とは思えない笑顔だったが――それは俺の心にかかった不安という名の靄を払うことはなかった。
本当に問題ない人間はこんな表情はしない。
「安心するのじゃ、プロレスじゃないのじゃ」
「……けど、なんかそういうのだろ、絶対」
「……地下格闘技場で流派無用のトーナメントがあるのじゃ。それに参加するために、ちとばかし体を造っておったわ」
バカか……。
いや、バキか……
お前、地下格闘技場って。余計に危ない奴じゃないか。
しかも流派無用ってあれじゃんか。一番盛り上がる感じの奴じゃんか。
なんでそんなのほいほいと受けるんだよ。
俺は料理をする手を止めて、コンロの火を消すと、加代へと駆け寄った。そして彼女の手を握り締めると、やめてくれと声を大にして叫んだ。
「お前が傷つくのを俺はもうへらへらと笑ってみてられないんだ!! 頼むから、そんな危ない仕事をするのはやめてくれ!!」
「さ、桜……」
「別に無理に体を張る必要はないんだ!! 俺は確かに稼ぎは少ないが、工夫すればお前ひとり養っていけるだけの金はある!! だから、だから……」
どうか危ないことをしてまで金を稼ぐようなまねはよしてくれ。
それは、貧乏であることよりも俺にとって辛い。
心で思っていても、それは言葉になって出て来なかった。
恥ずかしいのではない、照れているのでもない、情けなくって出なかったのだ。なんて甲斐性のない男なのだろう。そう自分が情けなくて言い出せなかった。
そんな俺に、温かい表情を向けて加代はそっと手を握りしめてきた。
「心配してくれてありがとうなのじゃ、桜よ」
「……加代」
「けど、
「……だったらなんで!!」
その時、狐娘の目に本能的な獣の光が宿った。
野生の――狩る側のモノが持つ、本質的な闘争本能が、彼女の瞳に揺れていた。
そうだ彼女は女である前に狐である。
狐であり九尾である。
「
「加代……」
だから、笑って見送って欲しいのじゃ。
そう言って加代は俺の顔をまっすぐに見た。
消えることのない、獣の本能が宿った燃えるような瞳で――。
◇ ◇ ◇ ◇
「第三十二回!! 関西ワンワン
「いやー、今回の室内犬の部はどうでしょうかね」
「やはり飼い主不詳、謎の金狼KAYOCHANが優勝候補でしょうか。闘犬界に現れた謎の金星――今回の大会で大注目の大型新人です!!」
「いやぁ、楽しみですねぇ」
「なお、室内犬の部は、噛みつき・ひっかきなし、猫パンチのみという、温めルールです!! だって室内犬!! 飼い主さんワンちゃん大好きだから!!」
「闘犬はルールを守って穏便にね!!」
……うーん、この。
俺はデパートの地下フロアで行われるペット愛好家たちの大会を眺めながら、乾いた息を吐きだした。
あぁ、心配して損した。
そういうオチかいフォックス。
というか、狐が闘犬出ていいのか、フォックス。
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