第322話 禁煙しましょで九尾なのじゃ

 ちょっとタバコ吸って来るわ。そう言って、家を出ようとしたところを、俺は加代にズボンを掴まれて引き留められた。

 なんかコンビニで買ってきてくれと頼まれるかと思ったら、どうやらそういう様子ではない。のじゃぁといういつもの台詞と共に咳払いした彼女は、ちょっとそこに正座するのじゃと俺に難しい顔を向けて来た。


「桜よ、最近ちょっと多くないかえ?」


「多い? 何が?」


「回数がその……。いや、量と言ったらいいのか……。適度な息抜きは大切じゃが、度が過ぎるというかのう」


「回数? 量?」


「それでなくてもお主のは濃いじゃろう。正直、わらわは苦くてのう、あまり好きではない」


 ――あぁ。


 はいはいはい。

 そういうことね。

 完全に理解した。


 いやまぁ、うん。だってそりゃ仕方ないじゃん。

 若い男と女がだよ――お前は三千歳かもしれんけどさ――ひとつ屋根の下で暮らしていればさ、そりゃそういう回数も多くなるよ。

 あまつさえ外に出て遊ぶ金もないんだからそういう方向に走るのは仕方ない。


 そこに加えて最近は仕事のストレスも多くなって来たし。

 受け止めて貰ってばかりなのは悪いなとは思っているけれども、こればっかりは人間とかどうこうの前に、動物的などうしようもない部分だと俺は思うんだ。


 うん。仕方ない。

 というか、実際片方は動物な訳だし。

 生存本能には逆らえないよ。


 けどそこに愛があれば何も問題ないと思うの。


 内容についてはお互いが納得できるよう善処するとしよう。

 けど、そこに気持ちが通じ合っていれば、回数が多くても問題ない。

 むしろ健全なくらいだと思う訳ですよ。


 なので不肖この桜。

 ここはしっかりと加代の要望に応えようと思う。

 相手が不満に思っているなら、そこは改めるのができた男ってもんでしょう。


 お互い譲り譲られあってこそ、同棲なんてのは成立するんですよ。

 まぁ、同棲なんてこいつとはじめてした訳なんですけどね、僕ァ。


「分かった、俺も男だ。加代がそこまで言うなら、ちょっとは考えよう」


 神妙な顔を造って加代の求めに応える。

 今できる精一杯の男っぷりでもって、俺は彼女にそうはっきりと告げた。


 いつの間にか申し訳なさそうにしょぼくれていた彼女の顔が、明るく華やいだものに変わる。どうやら俺の申し出を喜んで受け入れてくれたらしい。


「のじゃ、分かってくれたかえ桜よ」


「あぁ」


「嬉しいのじゃ。助かるのじゃ。すまんのう、無理を言って」


「というか、嫌なら嫌と言ってくれればいいのに。そんなに吸うのが嫌か」


「のじゃぁ……。溜まっているのが分かっていたからのう、なんというか、嫌じゃと面と向かって言うのが申し訳なくて……」


 知らないうちに気を遣わせちまってたんだな。

 加代だって、きっと仕事でいろいろと抱え込んでるだろうに。それなのに、俺って奴は自分のことばっかりで。


 やれやれ。男としてまだまだ俺も修業が足りないな。


「とはいえ、俺も我慢するのは辛い。となると――吸う以外の方法でそれを発散する方法を考えなくちゃいけない訳だが」


「のじゃ、そうじゃのう……。やはり、で我慢するしかないのでは?」


「……そうか、で我慢か」


 まぁ、そうなりますわな。

 最近は薄くて装着感のない奴とかで、そんなに違和感なくどうのこうのらしい。

 最近のしか使ってないから正直分からんけれど。


 うぅむ。ただ、コンビニで買うと高くなっちゃうんだよな、それは。

 お徳用を買おうにも、ちょっと煙草のついでで行くのにドラッグストアは遠い。


 だが、やはり――俺と加代の健康のためだ。


「分かった、コンビニは止めよう。ドラッグストアに行く」


「のじゃ!? なっ、なにもいきなり、そこまでしなくても!!」


「いや、ただでさえうちはお金がないんだ。お徳用を買った方がいい。こういう所で節約しないと」


「お徳用……。なんじゃ、わらわはてっきり、医療用のを買うのかと」


 医療用?

 そんなものがゴムにあるのか。

 いやまぁ、あっても不思議ではない気もしないでもないけれど。


 流石にそこまで特別に金をかける気にはなれんよ。


 なんにしてもそれで加代は納得してくれたらしい。

 ほっと胸を撫でおろすと、彼女はようやく一心地ついたという感じの、穏やかな笑顔を俺に向けた。


「のじゃ、桜の覚悟、しかと受け取ったのじゃ」


「……うん? おう!!」


「ならばわらわからお主に言う事はもう何もない!! 存分に、買って来るがよいぞ!! を!」


「あぁ、そうさせて貰うぜ、を!!」


 スピードワゴ〇のようにクールに決めて、俺は加代に背中を向けた。

 そして、アパートの部屋から出た。


 目指すは駅前――黄色い看板のドラッグストアだ。


 確か駅前にも喫煙所があったはず。

 そこで煙草は吸えばいいだろう。


 まぁ、それはそれとして。


「……ふっ、加代さん、今夜は寝かさないぜ」


「……のじゃ? おう!!」


 お徳用なんて買っちまったら、いよいよ歯止めが利かなくなっちまいそうだ。

 けどしかたないよね。なぜなら僕たちは若いから。


 ――加代さんは三千歳だけど!!


◇ ◇ ◇ ◇


「の、の、のじゃぁあぁあぁあああ!!! 昼間っから、何を買って来ておるのじゃ桜!! このスケベ!! 変態!! 色情魔!!」


「オウフ!! 何故だホワイ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る