第316話 清純派で九尾なのじゃ
清純派アイドルとは。
今どきは欅坂4〇とかがそういうのになるんだろうか。
バーチャルだとアイドル〇スターとかそんなの。
あまりその方面については詳しくはないけれど、奇抜なキャラクター設定や事務所の力なしに、本人の魅力だけで駆け上がっていく――そういうイメージがある。
アイドルとタレントの境界線が曖昧となり、バラエティ番組でも、画面栄えよりもトークの面白さが求められるようになってはや数年。
俳優よりも芸人の方が重宝される昨今だ。
時代は正統派や清純派といったような、綺麗で洗練されたものではなく、俗っぽくて親しみやすいものの方を求めている。
まぁ、そういう意味では――。
「加代は親しみやすいアイドルの代表格みたいな感じがあるんだけれど、今一つパッとしないのはどうしてなんだろうなぁ」
「どうしてと面と向かって言われても困るのじゃ」
「清純派って感じでもないし」
「桜よ。無自覚に相当失礼なことを言っておるということ、分かっておるかえ」
時刻は日付変更前。
テレビの深夜番組を眺めて、俺と加代はそんなたわいない会話をしていた。
その視線の先。
番組の中で、ひな壇に座り、軽快なトークを繰り広げるのは隣の同居狐だ。
ライオンディレクターのやっている番組で、今回、急遽穴が空いたので、加代の奴が出て来たという訳である。
ここで人気が出ればワンチャン、もう一回お呼びがかかる――そういう触れ込みだったのだけれども。本人の気合が入ったトークとは裏腹、先んじて放送した関東圏では、視聴率はあまりよろしくなかったそうだ。
申し訳ない、と、ライオンディレクターが頭を下げたのを今でも覚えている。
彼も本当に律義な人だ。ちゃらんぽらんな風に見えて、加代のことをよく考えてくれている。
逆に、どうしてここまで加代に入れて込んでくれるのか。
こっちが不思議なくらいだ。
まぁ、芸事の世界は仕方ないのじゃと、笑って済ませた加代。
この狐娘、流石にTV業界を問わず、地べたを這いずり回って生きて来ただけあって、懐は深い。実際、ライオンディレクターの責任だけと言う事もできないし、誰が悪いということはないのだが――。
「のじゃぁ。時代のニーズと、
「……まぁ、一周回ってお前の時代が来ることもあるかもしれんさ」
「一周回ってということは、そういうブームが過去に来たことがあるのかえ?」
過去にというか、現在進行形で来ている。
twitterなぞ見れば、右も左も最近は狐娘で溢れている。
有名な漫画もある。
有名なユーチューバーも居る。
世はまさに狐・ザ・オキツネ。こんなにも狐娘にフォーカスが当たった時代があっただろうかというくらいに、狐で溢れている。
はず、なんだがなぁ。
「のじゃぁ、何がいかんのかのう。親しみやすさが足りてないのかのう」
「いや、だからそれは充分足りてるって。むしろ、親しみやすすぎてお前は駄目なのかもしれない」
「……というと?」
「清純派アイドルみたいな近寄りがたいアイドルオーラ。そういうのがやっぱり重要なんじゃないかな」
のじゃぁ、と、加代がまた残念ブレスを吐き出す。
まずそんな風に人前で年寄り臭いため息をつく時点で清純ではない。
あははと笑ってやり過ごすなり、怒りを露わにして睨みつけるなり。
なんというか、そういう真剣さが欲しいところである。
もちろん、加代の奴が真剣ではないというそういうことではないのだけれど。
「ちょっとのじゃのじゃ言うのやめて、ツンツンしてみたらどうなのじゃ?」
「のじゃぁ。のじゃのじゃ言うなと言われてものう。こればっかりは方言と同じで、なかなか直すのが難しいのじゃ」
「方言かぁ。そうだなぁ、方言なら、仕方ないよなぁ」
のじゃぁ、と、また狐娘特有の溜息が漏れる。
狐耳引っ込めて、尻尾を取っ払い、おほほ、うふふと、知的に対応する加代。
うぅん――絶世の美女には違いない加代である。
女優路線ならギリギリ通用する気がしないでもない。
やっぱりのじゃのじゃ言うのを直した方が――。
「けど、それやると、狐娘としてのアイディンティティクライシスな気も」
「そうでしょ。のじゃのじゃ言ってこその
「……うん、この僅かなやり取りだけで、疑問符が頭に大量に湧く違和感。やっぱり加代さんはのじゃのじゃ言ってるのがあってるよ」
そう思うのじゃぁ。
口調を戻して言う狐娘。
そんな彼女の肩を俺は優しく揉んでやるのだった。
大丈夫。ただでさえ九尾の人生は長いのだ。
たぶん世界が一巡する前に、ブームが一巡してくれるさ。
そう信じよう。
うん。
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