第315話 お習いごとで九尾なのじゃ

 加代の奴がインターネットで調べものをしている。

 何を調べておるんじゃと、ちょいと後ろから覗いてみると、隣の県のカルチャーセンターのホームページであった。


 なになに――。


「なれる化け狐講座。今日から貴方も狐娘。今流行の狐コーデで、気になる彼のハートを化かしちゃおう……なんじゃこりゃ?」


「のじゃぁ。そりゃこっちが聞きたいのじゃ」


 そう言って眉を寄せる加代さん。

 どうやら彼女が絡んでいるお話ではないらしい。


 胡散臭い商売に手を染めなくてよかった。

 そう思う反面、どうしてこんなものに興味を持ったのか気にならないでもない。


 とにかく、何があったのか。

 俺は加代にことの経緯を問いただした。


「のじゃぁ。ハクの奴から相談を受けてのう。最近、狐娘コスがそういうお仕事界隈でブームなのじゃそうな」


「あぁ、なんかもっパブとかもあったしな」


 じとりと責めるような視線がこっちに飛んだ。

 そんな加代さんレーザーを、キア〇・リーブスばりのアクロバティックな振り返りで俺は避けてみせた。


「まぁ、それはそれとして。それがなんの問題が?」


 のじゃと憂いを帯びた溜息を吐き出す加代さん。

 どうやら今回は真面目にお悩みモードらしい。


「でまぁ、そういう界隈で働く本物の獣娘たちが、色々と難儀しておってのう」


「いろいろと難儀している――はぁん、なるほど、客を奪われてる訳ね」


「どこがいったい供給元か――と調べてみれば、こういう講座にたどり着いてしまった。とまぁ、そういう次第なのじゃ」


 まったくけしからん。

 そう呟いて、加代はカルチャーセンターの該当ページをスクロールした。


 やれ、良妻賢母な狐の振る舞い方。

 古風を感じさせる言葉遣い。

 本物っぽく見せる狐耳の手入れ方法。

 エトセトラエトセトラ。


 狐娘やるのも楽じゃないな。

 そういう感じの講義内容にちょっと俺もドン引きした。


 ここまでするかね狐娘。

 いや、なんちゃって狐娘なんだけれど。


 のじゃぁと、苛立たしそうにマウスクリックする加代。顔は平静を装っているけれど、尻尾も耳も天を衝くように尖がっている。


 本物的にはやはり許せない部分が多いのだろう。

 本物プロ意識という奴だろうか。


 その根性は素直に認めよう。

 しかし、そんなものは、少なくとも仕事をクビにならなくなってから出していただきたいものである。

 そう思った矢先――。


「何が古風で雅で良妻賢母な狐なのじゃ。そんな完璧狐パーフェクト・フォックスなんて、簡単になれるものではないのじゃ。軽々しく言ってくれるのじゃぁ」


「……まぁ、うん、狐娘と良妻かどうかは関係ないからなァ」


「誇大広告という奴なのじゃ!! というか、普通に嫁入り修行でもしていろなのじゃ!! 狐は関係ないのじゃ!!」


 荒ぶる加代さんをどうどうとなだめる。

 まぁ、商売だから多少大きく言うところはあるだろうさ。


 けどまぁ、少なくとも――。


「俺はお前くらいの方が、嫁にするなら頼もしいよ」


「……のじゃぁ」


 真顔で固まる加代さん。


 静かにはなってくれたが――こっぱずかしいもんだね。

 やれやれ、と、俺は彼女の視線からまたアクロバティックに逃げると、壁に向かって視線を注ぎ頭を掻いたのだった。

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