第298話 ゆる実家で九尾なのじゃ

 最近なんかこう出張が多い気がする。気のせいだろうか。

 まぁ、言って定時で帰れるので問題もないのだけれど――いよいよホワイト企業と見せかけて、ブラックな本性を出して来たかという気がしないでもない。

 なんかいいように使われるようなら、転職するのも一つの手だな――。


 なんて思いながら俺は家の扉を引いた。


「お帰り桜」


「おー、ただいまー」


「なんだ随分早いな。真面目に働いてるのか」


「はっはっは、早期リタイア組の親父にそれは言われたくない」


「仕方ないだろう、父さんの会社は倒産しちゃったんだから……なんてな!!」


「笑えんわ!! 再就職しろよこのボケ親父!!」


「ひどい!! 母さん、息子が虐めるよぉ!! こんなに大きくなるまで育ててやった恩を忘れて、ひどいこと言って来るよぉ!!」


「こら桜、お父さんいじめちゃダメでしょ。メンタル玉子豆腐なんだから」


「いや、お袋のが言ってることキツくない?」


 そう。

 いつもなら、帰って二秒で即おいなり――じゃなかったオキツネ。

 加代の奴が待っているのだが今日は違う。


 帰った先はいつものアパートではなく実家だ。先に言った出張により、思いがけず実家の近くまでやって来た俺は、アパートではなく実家に泊まることにしたのだ。

 まぁ、次の日も出張で、近い方が気が楽ということもあっての選択だ。


 あと交通費がちょっと浮く。

 うん、昼飯一食分くらいだけど。


 そういうせせこましい節約が、結果として家計に響いてくるのだ。

 同居狐の加代公認。これは桜家の財政事情を鑑みての、ゆる実家であった。


「お、なんかいい匂い」


「今日はコロッケだよ。アンタたちが来るっていうから、母さん張り切って揚げたわよ。さぁ、熱いうちにおあがり」


「そんな気を遣わなくってもいいのに――うん?」


 なんか台詞が妙だった気がするのだが。

 アンタたち、だって?


 玄関を閉めてネクタイを緩めながら廊下を進む。突き当りのキッチンに出れば、新聞を読んでいる親父と、コロッケを揚げているお袋。

 そして――。


「のじゃぁ、桜の母上のコロッケは最高なのじゃぁ!!」


「なんでいるフォックス!!」


 そうそこにはお袋の揚げたコロッケをもっしゃもっしゃする、ほっこり顔の加代さんの姿が。まるでここに居るのが当然とばかり、いっぱい食べるなんとやら的な感じで、居たのであった。


 というか、コロッケ美味しそうに食いやがって。

 おいなり好き好き大好きキャラはどこ行ったんだよ。

 アイデンティティは大切にしろよフォックス。


「……なんでお前がここにいるの加代さん」


「なんでって?」


「いや、普通居るでしょみたいな調子で返されても困る。ここ俺の実家ですけど」


「のじゃぁ。へとへとに疲れて、一人の部屋に帰るわらわの気持ちも考えて欲しいのじゃ。そんなだから桜は、ラブコメ小説の主人公力がひくひほほほほ――」


「この口か、この口か、生意気なことを言うのはこの口か、ええこら」


 いはいいはいいはいのじゃと、口を左右に引っ張られて叫ぶ加代。

 どういう魂胆でやって来たのかは知らないが、実家までおしかけるなよな。


 お前は俺の嫁か。


 いや、嫁でも旦那の実家にそう軽々しく遊びに来たりしないだろう。

 まったく図々しいったらありゃしない。


 そんな怒り心頭の俺のつむじに、ごんと固くて重くて熱いものが当たる。たっぷりとコロッケが載った皿が、見上げると頭の上にあった。

 叩いたのはもちろんお袋である。


「あたしが呼んだんだよ。一人じゃ寂しかろうってね。どうせ連休なんだし、しばらく泊まっていきなよ」


「お袋ォ――また余計なことを」


「のじゃぁ。桜のお母さんは、桜と違ってほんに優しくて気が回るのじゃ。尊敬なのじゃぁ」


「こんなごくつぶし共、三十年も相手にしてりゃ、器も大きくなるわよ。おほほ」


 いま、こんなごくつぶし共って言わなかったか。

 父さんもさりげなく含めなかったか。


 なんだか青い顔して父さん顔伏せてるぞ。

 おいお袋。


 まぁ、実際、父さんよりお袋の方が稼いでた時期があったからな。昔、まぁいろいろあったからなぁ。それでも父さんよく頑張ったほうだと思うよ、父さんなりに。


 閑話休題。


「まぁ、お袋が呼んだならいいけどさ、どうすんだよ、どこで寝るんだよ」


「そんなもんアンタの部屋でしょうが」


「のじゃぁ。一緒のアパートで暮らしておいて、何をいまさらなのじゃ」


「……布団は?」


 俺は一人っ子。

 別に親戚とかも滅多に来ないし、泊っていくこともないので布団に余裕もない。

 つまりだ――。


 俺に山盛りのコロッケの皿を渡すと、再びコンロの前に戻ったお袋。

 彼女は安心しなと言い捨てて振り返らずにサムズアップした。


「枕はYESとNOとを用意しといたぜ!!」


「O・H・U・K・U・R・O!!」


 次の瞬間、親指は中指と薬指の間に挟まっていた。

 アホか。やっぱりそういう魂胆かこの狸婆め。


 のじゃと呟いて箸を落とす加代。顔を真っ赤にしてどうしていいか分からないという感じの彼女に代わって、俺は足を踏み慣らしながらキッチンを後にした。

 向かうは玄関だ。


「ちょっと、桜、どこ行くつもりだい?」


「ホームセンターだよ!!」


 まだ、今の時間なら、ギリギリ開いてるだろ。まったく、弁当代浮かそうと思ったのに、思わぬ出費だよ。勘弁してくれよなまったく。

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