第297話 合狐開いてで九尾なのじゃ
「お前の嫁さんの知り合いで、フリーの女の子とか居ないの」
「……まず、大前提からお話ししよう。俺に、嫁は、居ない」
なかなかエグい言葉のジョブである。
クロスカウンター気味に応酬しつつ、俺は前の会社からの同僚の方を向いた。
やれやれ。
お昼休みにソシャゲもやらずにやって来たと思ったらぶしつけになんだ。
前に彼女と別れたとか言っていたが、それからまだお相手が見つかってないのか。
可哀想な奴め。
仕事もできない、彼女もできない、いったいなんのために生きているんだか。
まぁ、俺も似たようなもんだから、正直笑えないんだけれどね。
嫁の代わりに狐は居るけど。
隣の席の後輩くんが、外に食いに出かけているのをいいことに、同僚はその席に腰かける。真面目な話なんだ、人生かかってるんだと、彼は仕事でも見せないような、真剣な顔つきで俺に迫って来た。
愛妻ならぬ、愛狐が持って来た仕出し弁当をほくほくとほおばりながら、俺はそれにながらで応えた。
うん、真剣なのは分かるけど、話しの方向性は見えた。
真面目な話じゃないことは分かる。
というか、ろくでもない話だ。
「いやね、合コン開こうと思ってるんだよ。後輩にしつこく頼まれちゃってさ」
「いやお前が彼女欲しいだけだろ。なんでそんな予防線張るんだよ」
「いいよな、同居人がいる奴はさ!! 家に帰ったらさ、甘える相手がいてさ!!」
「いや、甘えるって」
「バブってるんだろ!? オギャってるんだろ!? 俺だってな、家に帰ったら優しく迎えてくれる恋人が欲しいんだよ!! 包容力のある、癒し系の彼女が!!」
だいぶ誤解がある気がする。
まず、加代はそれほど包容力がある方ではない。
というか、前に見てるから分かるだろう。あいつにあるのは割とごわごわな獣毛くらいだ。そういう女性的なものは期待できない。まだ抱き枕の方が抱き心地がいい。
だいたい鎖骨が当たって痛いのだ。もっと肉食えと言っているのだが――。
まぁ、それはそれとしてだ。
次に、俺がバブってる、オギャってるという点についてだが。
これは風評被害も甚だしい。そんなこと、誰がするというのだろう。
俺はもう三十歳だよ。
そんな女性に抱き着いてまんまんまという歳じゃないっての。
そういう性癖がいる人を否定はしない。
だが、俺は違うと断じてここに宣言しよう。
いや、というか、お前も同い年だよね。
なに言ってんの。そんなオギャりたいの。バブリたいの。というか、そんなだから彼女さんに逃げられたんじゃないの。
オーマイ。
これには少し頭が痛くなった。
「とにかくそんな訳だから、そろそろ俺も人肌が恋しいのよ。で、誰か良い人居ないかなと思っているんだけれど――チャッチャラチャラララ、チャラララ、チャラララって、感じなのよ!!」
「おう、お金が〇いのイントロな。懐かしい。同年代にしか分からんネタやぞ」
「出会いがないんだよ!! という訳で、唯一女性と繋がりのある桜くん、君だけが頼りなんだ!! お願い助けて!! ヘルプミー、桜くん!!」
さんざ仕事でヘルプしてやってんのに、この上さらにプライベートまで世話しろってか。本当にずうずうしい奴だなこいつは。
そんなだから今の会社でも、口八丁手八丁で生きてるよね、とか、陰で言われてるんだよ。
まぁ、その口と手で救われた口なのでなんも言えんが。
お願いしますと、席から立ち上がったかと思えば、タイルの敷き詰められた床に土下座する同僚。こいつは敵わんねと、お手上げ状態になった俺は、やめてくれよと、とりあえず同僚に声をかけたのだった。
「セッティングしてくれるんだな」
「……え、あぁ、うん。まぁ、話しだけなら」
そしてこうついつい安請け合いしちまう。
これがあれかね。こいつの人徳なのかね。よく分からんが。
なんにしても、いい性格してるよ。
これでもうちょっと仕事の方もばっちりこなしてくれりゃ言う事ないんだけどな。
◇ ◇ ◇ ◇
「という訳で、合コンしたいって俺のツレが言ってるんだが。加代さん、なんかいい知り合い居ないの?」
ごとりと、手に持っていた湯飲みを落として、加代の奴が目をしばたたかせた。
突然出て来た俺の言葉がどうにも信じられないらしい。
のじゃと、呆けたおばあさんみたいな返答をしたのでもう一度言う。
「合コンしたいんだけ、女の子の知り合い居ないかって聞いてんだよ」
「ご、ごご、合コン!?
「だから話を聞け駄女狐。彼女が欲しいのは俺のツレだって言ってんだろ。俺は正直、どうでもいいよそんなの」
なんじゃそうなのかと、ほっと胸を撫でおろす加代。
まったく、心臓に悪いことを言うでないと、ぷんすこと頬を膨らませて言う彼女の頭には、動揺からか狐耳がひょっこりと出ていた。
もう一押しすれば尻尾も出ただろう。
むぅ、だから聞きたくなかったんだよ。
安請け合いしたなと、今更後悔する。
しかしまぁ、世話になった恩人の頼みだ、無下にする訳にもいかない。
運よく中身が入っていなかった湯飲みを立て直して、加代が続ける。のじゃぁ、と、言って、天井に視線を彷徨わせるあたりアテはあるのだろうか。
「うーん、そうじゃのう。何人か、女やもめの知り合いが居らんでもないが」
「お、マジか」
「好みの問題があるからのう。狐と狸、どっちがええかのう」
「うぅん、まず、化かさない系の彼女にしていただけると助かるかな」
狐彼女も、狸彼女も、ニッチな層にしか需要ないから。
それか、俺みたいになし崩しに一緒に住んでる奴くらいしか居ないから。
のじゃぁと、加代が心外だとばかりに声を上げる。湯呑を持って、じろりとこちらを見てくる目は険しいが――流石に、人外の女性を友人には勧められない。
ここはきっぱりと、狸狐はお断りと言っておいた。
「好みの煩い奴よのう。化かさない系となると、
「減っても居るならそれでいいよ。ていうか、いるんかい、普通の知り合い」
「まぁ、
そう言って、むむむと腕を組む。
「そうじゃのう。色白でおしとやか、男に尽くすタイプの娘が一人おるのう」
「お、いい感じ」
「ただ、その娘は正体を知ると、魂を抜いて雪山へ帰っちゃう系女子でもあるから」
「雪ガールじゃねえか。だからそういうんじゃなくて」
「あとはそうじゃのう。ボンキュッボンで、エロエロな体つき、同性が見てもハッとするような黒髪美人の知り合いも居るのう」
「おほっ、なにそれ。俺も合コン参加したいんだけど」
「ただ、肉食系でのう、手と足が合わせて八本ある」
「うん、スパ〇ダーウーマンも足りてるんだ。だから、もっと普通の知り合いは居ないのかよフォックス」
九尾の
あ、これはダメだわ。まだ、学生時代の同級生に声をかけた方が可能性あるわ。
そう思った時だ――。
「普通。普通のう。となると、かろうじて二人、心当たりが」
「うっそマジで。居るんかい、はよ言えや」
「ただ、二人ともなかなか癖のある娘でのう?」
今まで出された娘たちの方がよっぽど癖がある気がする。
それより人型。命取らない系かつ化かさない系の女子の方が大切だっての。
で、どんな娘なのと俺は加代に前のめり気味に尋ねた。
のじゃぁといつもの困り声をあげて、眉を顰める加代さん。
「一人はのう、まぁ、なんというか、見るからに幸薄そうな感じで、ちょっとスレンダーなのじゃ。あと、基本着る服に困ってる系女子なのじゃ」
「いいね。そういう保護欲そそられるの、男性的にはポイント高かったりするよ」
「……そう、だからとっかえひっかえ保護してくれる男性は現れるんじゃが。どうしてかのう、一緒に居ると何故か相手が首を」
うん、やめよう。
クビになるのはいいけれど、首を括るのはまた別のお話だよ。
そして、それも人を化かす系のアレだね。貧乏なあれだね。
危ない危ない。
もう少しで、恩人にえらい事故物件掴ませる所だった。幸薄いにしても、貧乏神は駄目だよ、いやほんとマジで。
気を取り直して、もう一人の方に行ってみよう。
と、言いたいが。
なんだかもうオチが透けて見えた気がした。
あれだろ、どうせ死神とかそういうオチなんだろう。
それか井戸で皿数えてる系女子。
ほんとそんなんしかいないのかお前の友達。もうちょっと交友関係広げようよ。妖怪以外にもさぁ。
「のじゃぁ、もう一人はそうさのう、まぁ、美人系というより可愛い系じゃのう。童顔で、背もちっこいから、正直人を選ぶところはあると思うのじゃ」
「あれ意外。普通に優良物件っぽいぞ」
たしかアイツそういうのは行ける口だった。
綺麗系より可愛い系のが好みとか、前に言ってた気がする。
というか、バブみが、オギャみがなんだと言ってる時点で、そういう属性は確実にある。
これは行けるのではないか。
その娘の情報を詳しくと、俺は少し食い下がってみた。
「のじゃ。極度の引きこもりでのう。基本、家からは出ないのじゃ」
「まぁ、それは別に。今のご時世、家に居ながらでも仕事はできるし」
「遊び好きでのう、暇があればゲームをしておる」
「あいつもゲーム好きだし、趣味は合うかもしれない。うん、いいぞいいぞ加代ちゃん。それ、その子で当たりかもしれん」
「ただのう。一つだけ問題があってのう」
「なんだよ、またあれかよ、妖怪オチかよ。いやけど、人死にが出ない範囲なら、もうこの際なんでも……」
「童貞にしか見えないのじゃよ」
「……童貞にしか見えない」
童貞にしか見えない。
うむ。
なるほど。
それでなんとなく正体がわかったし、無理っぽいことが分かった。
そして、お付き合いするのも限りなく難しいことも、察しがついた。
「ええ娘なんじゃけどなぁ。いかんせん童貞にしか見えないのでなぁ。出会いがないと嘆いておった。そろそろ行き遅れの歳なのじゃが、世の中とはうまくいかんものよのう」
「……そうだなぁ」
やっぱり妖怪に合コンをセッティングして貰うのは難しい。
俺は観念すると、スマホを取りだし友人にメールを送ったのだった。
すぐに返って来た、彼のメールにはこう書かれていた。
どどどど童貞ちゃうわ。
あら意外。
ワンちゃん、あるかもしれない。
プラトニックラブ貫かなくちゃならないことになるけどNE。
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