第286話 本を処分するならで九尾なのじゃ
本が溜まって来た。
いや、別に溜めようと思って溜めた訳ではない。気が付いたら、部屋の隅にこんもりと週刊少年誌の山が出来上がっていたのだ。
どうしてこうなってしまったのか。
理由は簡単。
前にコンビニで嘆いた通り、最近は少年誌の立ち読みができないのだ。
で、参るよねという話を、前の会社の同僚に話をしたら――。
「だったら、俺、通勤の時に購読してるから、それ読む?」
という予想外の切り返しをされたのだ。
俺と同い年。三十路のおっさん。
それが、通勤の電車の中で週刊少年誌を読んでいる。
その光景を思い浮かべ、この日本の将来について、一抹の不安を抱いた俺だった。
というかせめて電子書籍アプリにするとかしたらどうなんだよ。
まぁ、それはそれ。
もらえる物ならもらっておこう。
俺は軽い気持ちで、会社帰りに彼から漫画雑誌を受け取ることになった。
それからはや二ヶ月ほどが経とうとしている――。
「のじゃぁ、流石にこれだけうず高く溜まって来ると邪魔じゃのう」
「そうだな」
同居狐の、誰に向かって言っていると思っているんだ、という追及の視線。
そいつに気がついていないふりをして、俺はこたつの盆の上に視線を落とすと、もぎもぎとみかんの皮を剥き始めた。
いやぁ、温かくなってきたとはいっても、やっぱりこたつは扱いに迷うよね。
しまっちまうには、また寒さがぶり返して来た時が心配で勇気がいるんだよね。それでなくても、なんだかんだで作業するのに快適なもんだから、ついつい、毎年しまうのが遅れてしまう。
いや、片付けられない人間の
わはは。
「なに呑気にみかんの皮なんぞ剥いておるのじゃ!! たわけ!!」
「あっ、俺のみかん!!」
剥ききったみかんを加代が強奪する。
彼女は俺が取り返す間もなく、それを自分の口の中へと放り込むと、眉間に皺を寄せながら、もっしゃもっしゃと食べ切ってしまった。
甘い温州みかんだというのに、それを食べる加代さんの顔は少しも甘くない。
はよ、部屋の隅の雑誌の山をなんとかしろ。そんな怒りが顔いっぱい、口から零れ出そうなくらいに満ち溢れていた。
ちくしょう。せっかく渋皮まで丁寧に剥いたというのに。
なんてことをしやがる、流石は九尾だ。
汚い、やることが汚いよ、まったく。
とはいえ、そこは加代さん。何も意地悪だけでこんなことを言っている訳でもない。そして、なんの考えもなく俺を諫めている訳でもない。
彼女は溜息と共に、ひょいとこたつの影から一枚のチラシを取り出すと、俺の前に置いた。黄色いわら半紙に刷られたそのチラシには、拠点回収の文字がでかでかと印字されている。
「のじゃ。地域の廃品回収に持って行くのじゃ。これ日程なのじゃ」
「お、調べておいてくれたのか」
「どっかの誰かさんが、どれだけ言っても調べないから仕方なしなのじゃ。しっかり紐で縛って持って行くのじゃぞ」
ちらしに印刷されている廃品の回収場所はそう遠くない。
やれやれ、これなら自転車の荷台に雑誌をしばりつけて、三十分もかからず往復することができるだろう。
いやはや、雑誌の処理って、実際、地味に困るんだよね。
駅で買ったら、そのまま降りる駅で捨てるのが鉄則。うっかり持ち帰ると、何処に捨てていいのか分からなくなっちゃうとか、よくある話だ。
コンビニに雑誌持って入って捨てるなんて、そういう恥知らずなことができるほど、俺は心臓は皮が分厚くないし。
まぁ、なんにしても、捨てる方法が見つかってよかったよかった。
「この調子で、いらんオキツネも回収してくれる場所とかないかなぁ」
「……
「冗談です加代さん、尻尾しまってください、いや、ほんと、いつも感謝してます」
昔は定番オチだったのに、時が経てば変わるものである。
まぁ、実際問題、こんだけ彼女に依存しといて、その発言はないわな。
反省、と、俺は加代に平身低頭して謝るのであった。
過去の暴君とそう変わりなく、すっかり、俺も狐の尻に敷かれてしまったものだ。
不思議と悪い気はしないけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます