第278話 カレーの食べ方で九尾なのじゃ

 カレーを作った。

 もちろん、加代の奴が食べれるように、玉ねぎを抜いたカレーである。


 イヌ科の同居人を持つと、食生活にも気を遣わなくてはいけないから大変だ。

 本当、どうしてこんなことになってしまったのかと嘆きたくなるよ。まぁ、別に人化してたら食べても大丈夫で、ようは気分の問題なんだそうだが。


「しかし、玉ねぎ抜きのカレーってのはなんだな。毎度食うたびに思うけれども、いまいち味気がないというか、旨味にかけるというか」


「のじゃぁ、だったら自分だけ玉ねぎ炒めて入れるのじゃ?」


「いや、だからってそういう面倒臭いことまでしたくねえよ」


 とはいえ。

 ハヤシライスはこれから一生食べられないのか――そんなことを考えると、ちょっと寂しい気持ちにはなってしまう。


 まぁ、仕方ない。

 狐と同居しているのだから、こればっかりは。


 半分白飯、半分カレーというお皿を前にして、いただきますと、手を合わせる。

 そうして俺と加代はいつも通り、七時過ぎのディナータイムを開始した。


 訳だったのだが――。


「のじゃぁ? 桜よ、お主、なんじゃそれは?」


「なんじゃって、マヨネーズだが?」


「……いや、それは知っておるが。どうしてそんなものを?」


 どうしてって、そんなの決まっているだろう。

 マヨネーズは調味料だぞ。


 調味料を持ち出して来てかけない訳がないじゃないか。

 そんなことも分からないのかこのオキツネ様は。


 赤いキャップ。それをくるりくるりと回してあけると星型の穴が現れる。

 たんまりと、まだ、八分目まで中身の入ったマヨネーズは、先日開封したばかりのものだ。風味もよく、あの、よくある、縁に固まったマヨネーズカスの、絶妙に酸っぱい匂いもしてこない。

 あれはあれでいいものなのだが。


 とにかく。


 俺はそのままマヨネーズの注ぎ口をカレーに向けると、ぶにゅぅ、と、心地よい音をたてて、プラスチック製の容器を握りしめた。


 薄黄色をしたマヨネーズが飛び出して、ルーの上にとぐろをまく。

 ルーの量に対してだいたい三分の一くらいだろうか。


 よし。そう、呟いて、マヨネーズの容器に加えていた力を逃がしてやると、注ぎ口を上に向ける。充分に空気を充填させると、赤いキャップを回して封をした。


 本当は空気を入れずに密封しときたいんだが。

 いかんせん安いマヨネーズだからしかたない。

 贅沢は言えないよな。


 鼻歌混じりにルーの中にマヨネーズを練り込めば完成である。謹製、マヨカレー。カレーのコクに、さらにマヨネーズのコクが加わることで、コクとコクの二重奏が楽しめるという、俺が考える最強のカレーである。


 なお、異論は認める。


 ふと、正面から強い視線を感じて顔を起こす。

 見るとそこには紫色の顔をしたオキツネ様が居た。


 なんだ、九尾からぬらりひょんにジョブチェンジしたのか。

 ほんと職替えるのだけは早い奴だな、お前は。


「信じられんのじゃ、カレーにマヨネーズって」


「時々やりたくなるんだよ。他にも卵とウスターソースとか塩昆布とかツナとか」


「邪道邪道、邪道なのじゃ!! カレーになんかかけて食べるなんて、そんなのはカレーを作った人に対する冒涜以外のなにものでもないのじゃ!!」


「えぇ、いいじゃんかよ。ココ〇チだって、いろいろトッピングあるんだから」


「駄目なのじゃ!! カレーはそのまま食べる!! それに限るのじゃ!!」


 玉ねぎ抜いておいてそういうことを言うかね。

 もう既に、カレーの定義から遠のいた食べ物であるはずのそれを手に、加代さんは俺に力説してきた。


 まぁ、もう混ぜちゃったんだから仕方ないんだけれどね。


「けど、こういうちょっとアレンジで、いつものカレーが違った味になるんだぜ?」


「カレーにちょっと違う感じを求めるのがそもそも間違いなのじゃ。安定感を求めるものなのじゃ。このいつ食べても変わらない感じが大切なのじゃ」


「一理あるかもしれん」


 だが、考えてみろ、と、俺は加代に提案する。

 もちろん、この流れで提案することなど一つしかない。


 そう、彼女の好物をカレーにトッピングしてみてはどうだろうか――という、そんなしょーもない話だ。


「このカレーの上に油揚げがのっているとするじゃろう」


「……のじゃ!? カレーに、あぶりゃーげ、じゃと!?」


「油揚げの甘ったるい汁がカレーに沁み込み、カレーのスパイシーな成分が油揚げに沁み込んで、エキゾチックな感じになるとするじゃろう?」


「……ごくり」


 あ、こいつ、本気で考えてやがるな。

 生唾を飲み込んだ姿に、手ごたえを感じる俺。


 すぐに、立ち上がって冷蔵庫に向かおうとした加代に、俺は後ろから声をかけた。


「おや加代さん、カレーは安定感が大事なんじゃなかったんですか?」


「……た、たまには、冒険したい年頃というのもあるのじゃ!!」


 うん。

 三千年生きておいて今頃かよ。

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