第268話 生足……無理無理で九尾なのじゃ
加代が早上がりのため、仕事終わりの時間がちょうど一緒になった。
そんな訳で、また、会社の帰りに待ち合わせ。
一緒に家に帰ることにしたのだが――。
「のじゃぁ。すまんのじゃ桜よ。ちょっと、お店が混み始めてしまって、ヘルプで三十分ほど残業することになったのじゃ」
「あぁ、いいよ、全然。気にすんな。近くのファストフード店で、コーヒーでも飲んで待ってるから」
「のじゃ。すまんのじゃ。すぐに終わらせて合流するのじゃぁ」
とまぁ、こんな感じである。
向こうが困った時には頼られるのに、こっちが困った時には一方的に切られる。
そんな不安定フリーターだというのに、一生懸命働く俺の同居狐は、なんともはやいじらしいことか。
そんな彼女を三十分、待ってやることくらい、別にいいではないか。
いや、単にコーヒーでも飲んで、ぼけぇとしたかっただけなのだが。
そんな訳で。
俺は職場近くのファストフード店に入る。
手早くコーヒーを頼むと、俺は二人掛けのテーブル席へと座り、加代の仕事が終わるのを優雅に待つことにした。
100円のコーヒーを片手に、スマホでニュースサイト巡り。
実にサラリーマンらしい時間の潰し方だ。
すっかりとおっさんだなぁ俺も。
なんてことを思っていると、きゃぴぴきゃぴぴと女子高生たちが隣の席に座る。
各自ハンバーガーを一つずつ。
そこにパーティー用ポテトとナゲット。
なかなか食い意地のはった女の子たちだ。
若いなぁ。
つい、スマホ見るふりをしてその姿を覗いてしまうあたり、やはりおっさんだ。
いかんいかん。キモイおっさんと思われる前に視線を誤魔化さねば――。
などと思ったのだが。
ふと、気が付いてしまった。
「こ……こいつら、このクソ寒いのに、生足、だと!?」
もちろん。そんなこと口に出して言えるわけがない。
心の中で呟いた訳なのだが――。
時は二月、旧正月もあけようかという頃。
北風がまだまだ強く吹き付け、人の体を芯から凍えさせる季節である。
だというのに、彼女たちはミニスカートに生足という、生き物としてとんでもなく恐ろしい格好をして、俺の隣の席に座っていたのだ。
それ、絶対寒いだろう。
いや耐えられないだろう。
冬でも半袖半ズボンの健康優良児的暴挙。
圧倒的な若さに、俺はなんだか打ちのめされた気分になった。
これが、若さか。
某大尉みたいに呟きたくなる。
誤魔化すように俺は口をコーヒーで湿らせた。
「最近、股引着るようになった俺には目の毒だわこれ」
というか、彼女たちは何故、こんな寒いのに、生足を晒しているのだろうか。
そうしないといけない何かルールみたいなものでもあるのだろうか。
俺、男だからその辺の女子ルールよく分からないよ。
掟や不文律・同調圧力みたいなものも知れない。
けれど、あんまりだと思うよこれは。
タイツ、あるいは、せめてサイハイソックスくらい穿いても、罰はあたらないんじゃないだろうか。
というか穿いてくれ頼むから。
見てるこっちが寒いのだ。
これが夏場だったら、またこう、違った感慨を抱いたものだろうが。
こればっかりは仕方ない。
だって、凍えそうな季節だから。
そんなことを思ってコーヒーを啜った矢先だ。
からりからりと、入り口の扉が揺れる音がした。
いらっしゃいませーと、元気な挨拶が聞こえて来る。
視線を向けるとそこには――。
「のじゃぁ、寒いのじゃぁ。日本の冬は年々寒くなってる気がするのじゃぁ」
首に尻尾を巻き付けて、胴にも尻尾を巻き付ける。
当然尻にも尻尾を巻き付け、足にもそれぞれ二本ずつ、尻尾を巻き付ける。
九尾フル活用。
フルアーマー九尾。
そんなありえない暖を取っている、もっこもっこガールが立っていた。
いや、もっこもっこガールなんて他人行儀な呼び方はよそう。
加代であった。
お前、それは。
寒いからっていいのか。そんなおおっぴらに尻尾出して。
というか、マフラー替わりやら何やらで、もう、九尾以外の何かになってるぞ。
それでいいのかオキツネ様。
「のじゃ、桜よ、どうしたそんな複雑そうな顔をして」
「……いや、女子コーデと狐コーデの複雑さに、ちょっと困惑していてな」
女子の衣服についても分からない。
だが、オキツネ様の衣服も同じくらいに分からない。
そんなことを思いながら、おれは半分くらい残っていたコーヒーを、一気に飲み干したのだった。
とりあえず、この毛むくじゃら生命体が通報されて保健所に連れて行かれる前に、さっさと帰ることにしよう。
ついでに、帰りにストッキングくらい買わせよう。
うん、そうしよう。
それくらいは衣食住の最低限に含まれるよ。
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