第263話 クッキングで九尾なのじゃ
「はい、という訳でね、同居狐がチョッコレートォをくれないので、仕方ないから、自分で作ることにしました」
「のじゃぁ。エプロンつけてキッチンに立って、本気なのじゃ」
「でて九クッキング!! はーじまーるよー!!」
「誰に向かって叫んでおるのじゃ!? 桜、ちょっと怖いのじゃ!! いったん落ち着くのじゃ!!」
これが落ち着いていられるかこんこんちくしょう。
バレンタインデーにチョコレートを貰えなかった男の寂しさが、女のお前に――いや、狐のお前に分かるだろうか。
苦節三十と余年。
これまで彼女らしい彼女もなく、チョコをくれる同僚らしい同僚もいなかった。
上司も男、部下も男。
取引先もだいたい男。
男、男、あぁ、ここは男塾――そんなSE界隈で生きてきたのだ。
それでだよお前。
ようやく、曲がりなりにも女――いや、雌の狐と同居したんだよ。
今年こそ初チョコレートかと、期待した俺の気持ちを返していただきたい。
利子をつけて返していただきたい。
チョコに変えて返していただきたかったんだよ、俺は、本当に。
じろり、加代を睨み返す俺。
ここに至ってもまだ加代さん、チョコを造ろうとしないあたり、筋金入りである。
なにがそこまで彼女を頑なにさせるのか。
既製品でも良いから買ってくればいいのに。
半額シールがついててもいいから、買ってくればいいのに。
まったく。
嫌になるよまったく。
ついと、加代はバツが悪そうに俺から視線を逸らすと、口笛を吹いて明後日の方向に顔を背けた。
そんな反応につっかかることもできた。
だが、俺は、あえて溜息でそれをやり過ごしたのだった。
畜生相手にムキになってしかたない。
ビークールだ、俺。
それにだ。
チョコが貰えないなら自分で造れば良いじゃない。
そう結論に至ったところではないか。
いいじゃないかそんなバレンタインも。
自分のために、自分が思い描いた最高のチョコを造る。
そういう人生も悪くはない――。
そう思わないとやっていけない。
「はい、という訳でね、まずはチョコを湯煎して溶かしていこうと思いまーす」
人肌よりちょっと熱いくらいのお湯の中に銀色のボウルを浮かべる。
そこに、買って来た板チョコを放り込みながら、俺はこれみよがし、加代に聞こえるよな声でそんなことを言った。
のじゃぁ、と、なんだか申し訳なさそうに加代が鳴く。
そんな声を今更あげてもしかたないだろう。
時すでに遅しだ。
まぁ、お寿司は持って来たけどな。
「のじゃ、イヌ科の動物に、チョコレートは毒なのじゃ」
「けどお前、人間モードになったら別にそんなの関係ないだろう」
「……それでもその、やっぱり抵抗があってのう」
なんか昔にあったのだろうな。
言い訳にしては妙にその声色に真に迫るものがあった。
ふむ。
まぁ、そういうことなら仕方ないか……。
「とでも言って許すと思ったら大間違いだからな!!」
「のじゃぁ!!」
「チョコの恨みは三代までだ!! 同居しておきながら、みすみすとチョコを用意しなかった駄女狐め!! 別に自分が食う訳でもないんだから、どくだろうがなんだろうが、そんなん気にしなくってもいいだろう!!」
「けど、こういうのはなんだかんだで、一緒に食べた方が美味しいのじゃ……」
だからおいなりさんの方がいいってか。
甘い、甘い。
この湯煎している、ホワイトチョコレートのように甘いぜ、加代ちゃんよぉ。
まったく。ほんと、気の回らない奴なんだから。
「ホワイトチョコなら、お前、食べれるだろう」
「……のじゃ?」
「それと、きなこもいけるな。ホワイトきなこトリュフチョコだ、お前、腹いっぱい食わせてやるから覚悟しておけよ」
ちょっと頭を使えばいいのだ。
幾らだって、バレンタインデーを狐と楽しむ方法なんてある。
湯煎する俺の横に、いつの間にか立っていた加代。
台所に展開されているバレンタインチョコの材料――ホワイトチョコときなこの袋――を眺めながら彼女は、きらきらとその瞳を輝かせた。
そりゃお前、確かに言う通りだろう。
一人で食べるより、二人で食べた方が、こんなのは美味しいに決まってるよ。
お菓子メーカーの策略にまんまとはまっている感はある。
だが、まぁ、楽しいのだからよしとしようじゃないか。
「のじゃぁ、桜よ」
「俺は湯煎してるから、きなこに砂糖混ぜるのやっといてくれ」
「のじゃ!! 任せるのじゃ!!」
んでもって、二人で造った方がさらに楽しいだろう。
にんまりと笑う加代に向かって、俺もまた笑顔を返す。
さて、あらためてもう一度。
「でて九クッキング!! はじまるよー!!」
「なのじゃ!!」
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