第250話 おやつの時間で九尾なのじゃ

「最近スーツの腹回りがきつい」


「……のじゃ、デブったのかえ。ちょっとこっち来てみるのじゃ」


 加代に言われるまま、俺は彼女の隣へと移動する。

 胡坐をかいている俺の脚の上に、よいしょと上半身を載せて来た駄女狐さまは、つんつんもみもみと俺の腹を揉みしだく。


 やだ、そんなに激しくされたら、感じちゃう。

 とかそういう冗談はさておいて。


「のじゃぁ、これは十両、下手すると前頭レベルなのじゃ」


「うっそマジかよ、お相撲さんにジョブチェンジ可能か」


「このままいくと横綱まったなしなのじゃ。桜よ、お主、昼飯に弁当以外に何か食うておらんだろうのう」


 昼飯は食べていないよ。

 うん、昼飯はきっちりと仕出し弁当だけしか食べてない。


 ただまぁ、昼休みにおやつを食べたりはしている。

 会社の休憩室にお菓子ボックスがあって、そこで柿の種やらポテトチップスの小さい奴やらを、ちょいちょいと。


 と、馬鹿正直に言うと、加代の奴がすごい剣幕で怒って来るに違いない。


「……食べてないのじゃ」


 俺は加代から視線を逸らすと、息を吐くようにしてさらりと嘘を吐いた。

 が、視線を逸らしたら台無しもいいところである。


 脂汗が額を滑り落ちる。

 我ながら、嘘を吐くのがど下手糞だなとは思った。


 のじゃ、と、ジト目のオキツネ娘がこちらに視線を向けて来る。

 すぐに彼女は俺が普段、会社に持って行っている鞄を手に取った。


 持ち物チェックである。


「あ、ちょっと、加代さん、それはダメ……」


「のじゃ、桜よ、なんなのじゃ、このお菓子の袋は」


 中から出て来たのは、お菓子ボックスから俺が購入したお菓子の残骸たち。

 一緒に、菓子袋を捨てるゴミ箱も設置しておいてくれればいいのに。持ち帰りなんだよな。そういうのないんだから、うちの会社ってばちょっと不便よね。


 定時退社のホワイト企業だけれど。


 言い逃れのできない証拠を掴まれてしまって、何も言い返せない。

 俺の前でにっこりと残酷に笑った加代は、お菓子の袋をずらりと座卓の上に並べて、これはどういうことなのじゃ、と、首を傾げるのだった。


 目は動かさず、こちらを凝視したまま。


◇ ◇ ◇ ◇


 翌日。


「お、桜、何を食ってんだよお前」


「……スルメ」


 俺のおやつは加代によって指導が入り、たんぱく質が多く炭水化物の少ないスルメになりましたとさ。


 これなら幾ら食べても太らないし、不足しがちなたんぱく源を摂取できる。

 ということで、加代さんから許可が降りたのである。


 うん、まぁ、ねぇ。

 幾ら体にいいからってさ。スルメって。


「会社で食べるおやつとしてどうなのさ」


「まったくだよ」


 まぁ、健康を気遣われては言い返せない。

 それに、これはこれで、匂いと周りの視線さえ気にしなければ、悪いものでもない――かもしれない。


 そう思わないとちょっと、やってられそうになかった。


「……ところで桜。お前、酒飲んでたりしないよな?」


「……それやったら、せっかくスルメ食ってる意味がないっての」


 飲みたいけど。

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