第234話 外食行くぞで九尾なのじゃ
給料が出た。
いや、ナガト建設に勤めていた頃にも、給料はちゃんと貰っていた。
貰っていた訳だが。
なんだかんだであの会社に居るときは、会長のことやら、社長の相手やらで忙しく、初給料も貰っても使う暇もなく終わってしまった。
もっと言えば、普段の給料にしたって使った覚えがない。
我ながら、酷い会社に勤めていたものだと思う。今更だけれど。
それにしたって、三十歳。
初任給一つで喜ぶような歳かよという奴ではあるが。
まぁ、なんだかんだで、加代の奴には世話になっている。
「おぉー、給料出たし、せっかくだから外に食いに行こうか?」
「のじゃぁっ!?」
給料日。
もはや板についてきた定時帰りで家に戻った俺は、おかえりなさいとこたつに入ってこちらに向かって言った加代に、そう声をかけた。
俺が失職してこっち、普段は節約・節約でろくなもん食べてないからな。
たまにはいいもんでも食わしてやろう。
そう思ったのだが……。
「外食なんて勿体ないのじゃ!! 贅沢、ダメ、ゼッタイ!! なのじゃ!!」
「……うぇ、ちょっと、なにその反応?」
「桜よ、よく考えてみるのじゃ。その外食の金で、いったいどれだけスーパーの半額おいなりさんが食べられるかを」
「……なんでもスーパーのおいなりさん換算するのいい加減やめてくれよ」
就職も決めて、すっかりと生活の方も安定してきた。
だというのにどうしてこのお狐様は、貧乏性が抜けきっていない。
いや、単においなりさんが好きなだけか。
「だったらお前すし屋に行こうぜ。回らないおいなりさんを食べさせてやるよ」
「回っていようがいまいが、おいなりさんはおいなりさんなのじゃ!! それ以上でもそれ以下でもない!! だったら、半額シールの方が価値があるのじゃ!!」
「筋金入りの貧乏性だなぁおい」
そういえば、加代は俺が就職してこっち、仕事の方が順調じゃなかったっけか。
テレビの仕事についても、話を聞く限りじゃ来てないみたいだし。
自分の収入状況を考えると、外食しに行くつもりにはなれないのだろう。
まったく、なんの心配をしているんだか。
「だぁもう、俺の給料が出た祝いなんだ。心配しなくても奢ってやるよ」
「のじゃぁ!! 親しき仲にもなんとやらなのじゃ!! 結婚もしとらんのに、奢る奢らないなんてのはよくないのじゃ!!」
「同棲しといて今更なに言ってんだよ」
「……とにかく、外食反対なのじゃ!! それなら、スーパーで半額おいなりさん大量に買って、おいなりさんパーティなのじゃ!!」
「嫌だよ!! 俺の再就職祝いなんだから、好きなもん食わせろや!!」
やんややんや。
こんなやり取りが、かれこれ、数十分ほど続いて、ようやく加代の奴が折れた。
「のじゃぁ、そこまで言うなら、仕方ないのじゃ。今日はちょっと贅沢するのじゃ」
「そうこなくては」
◇ ◇ ◇ ◇
さてさてそれにしても、回らない寿司を食いに行くなぞ久しぶりだな。
せっかく、社長や副社長なんて方々と、親しくなったというのにだ、結局そんなものを食うチャンスが回って来なかったのだから滑稽な話だ。
まぁ、過ぎたことを言っても仕方ない。
俺と加代は、アパートを出ると、飲み屋のある駅前に向かって歩き出した。
と、その途中。
「そういや、財布の中身が素寒貧だわ」
「のじゃ、給料日なのに、何やってるのじゃ」
「忘れてたんだよ。悪い、ちょっとコンビニで降ろしてくるわ」
手数料。
と、みみっちい言葉をぼそり呟く加代。
忘れていたのだから仕方ないだろう。
100円ちょっとくらい許してくれと言いたいが、半額おいなりさん換算だと、そこそこの量になる。まぁ、彼女が口に出すのも仕方ないだろう。
今日は板前が握った、新鮮なおいなりさん食わしてやるから、目をつぶってくれ。
そんなことを思いながら、俺は加代の痛々しい視線を背中にコンビニへ入った。
そして、ATMで残高を確認して――。
「あれ?」
意外。
振り込まれた給料が少ないことに気がついて、ふっと手が止まった。
いや、いやいや。
今までの給料が高すぎたのだ。
前職は役職持ちだったから当然。
前々職は残業が多かったから、その分があった。
しかし、定時帰りだと――。
「えっ、俺の給料、安すすぎ?」
なんだか昔、何処かで見たことのあるようなフレーズが口を吐いてしまった。
あかん。
これはあかん。
いや、スロット行けないとか、遊べないとかは覚悟してたよ。
それはもちろんしていたんだけれど。
外食するのもちょっと厳しい、そんな金額だ。
「……うん」
その預金残高を前に、俺は即座に決断した。
◇ ◇ ◇ ◇
「のじゃ、遅かったのじゃ。桜よ、なに油を売って……」
「回転寿司にしよう」
「のじゃ?」
「今日は腹いっぱい、100円のおいなりさんを食べてくれ加代さん!! 俺はお茶で我慢するから!!」
「さ、桜よ? いったいどうしたのじゃ?」
外食しに行くぞと言った手前、ひっこみがつかないのは仕方ない。
俺は妥協案として、回転ずしを加代に提示したのだった。
いや、本当は、これだって行きたくないのだ。
できればスーパーのおいなりさん。
しかも半額シール付きで済ましたいのだ。
けれども……。
「心まで、貧乏になりとうない!!」
「……のじゃ、血涙!? 何がお主をそこまで!?」
目の前の貧乏お狐さまと同じレベルに落ちたくない。
その一心で、俺は虚勢を張ったのだった。
「桜? 何か事情があるなら、相談してくれれば、
「いいや、奢る!! 男に二言はない!!」
「そう言いながら、さっきから血涙が止まらないのじゃ!! ちょっと桜よ、まずは落ち着くのじゃ!!」
だまらっしゃい。
男には、譲れない矜持というのがあるのだ。
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