第222話 会長はどこだで九尾なのじゃ

【連絡】


 ノベゼロコンに合わせてきりよく今の部が終わりそうなので、加代ちゃん更新を週四に戻します。明日から週四更新ですのでよろしくお願いいたします。


【前回のあらすじ】


 副社長の懇意により、アケボノ会館の元店主の見舞いに行くことになった桜。

 しかし、その道中で彼は思いもしなかった人物の名を耳にすることになる。


 八尾。


 それは彼が知っている高級クラブのキャスト、楓が暮らしている部屋の前に掛けられていた、ネームプレートと同じものだった。


 そしてそこから更に話は膨れ上がっていく――。


 かつての桜の上司にして、副社長派の中でもそこそこの地位を占める宮野部長が、その八尾の直属の部下であったのだ。

 そして彼はどうやら、八尾の縁者であると思われる楓と接点を持っている。


 加代からの連絡で、宮野が社長をどこかへ連れ出そうとしているのを知った桜。

 すぐさま、彼は副社長に会社に引き返すことを提案するのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 会社へとUターンする車の中、俺たちはどうにかして会長に連絡が取れないかと、試行錯誤を繰り返していた。


 しかし――。


「ダメだ、まったく会長に電話が繋がらない。圏外だと」


「くそっ!! 宮野部長がジャマーを使っているのかもしれません!!」


「ジャマー?」


「携帯電話の電波を妨害する装置ですよ!!」


 そこまで使うかね、まったくという気分だ。


 いや、そこまで使うくらいに、今回、宮野も楓も本気なのだろう。

 厄介なことになってしまった、と、俺は改めて頭を抱えた。


 いや、逆に、この土壇場で良く気が付いたものだと思う。


 もしアケボノ会館のことについて調べていなかったならば。

 副社長とこうして縁を作っておかなければ。

 きっと、ここまで辿り着くことすらできなかっただろう。


 まずは、こうして、彼らの陰謀に気づくことができた自分を認めてやろう。


 その上で今やれることを考えるのだ。

 桜よ。


「会長の秘書に連絡を取ってみるのはどうですか?」


「分かったやってみる」


「こっちは、社長と白戸の方に連絡をしてみます」


「……ちょっと待て、今、なんて言った?」


 つい、口が滑っていた。

 副社長が信じられないという顔をして、こちらを見ている。


 そうだった。

 副社長は、俺がまだ社長派――三国社長とその相棒である白戸と繋がっているということを知らない。


 むしろ、切り捨てられたと憐れんで、俺を自分の派閥に拾ってくれたのだ。


 それが二人に連絡を取ってみる、と、いきなり言い出せば、驚いた顔もしよう。


 しかし、今はそれを言っている場合ではない。

 人命がかかっているのだ。


「後で、その辺りについてはしっかりと説明します。今は会長の無事を確認することを最優先にしましょう」


「……分かった!! お前さんを信じる」


 副社長は再び社内通話用のガラケーを取り出すと会長秘書に電話を掛けた。

 対して俺は、社長に電話をかけてみる。


 ただでさえ多忙な人である。

 出られるとは限らない――けれども、何かあった時にはと、プライベートの番号を俺は彼から教えてもらっていた。


 初めてかけるのだ、それは不安にもなる。


 頼む、出てくれ。

 祈るような気持ちで俺はスマホを握りしめた。


 二回ほどコール音が響き渡ったのちである、もしもし、と、それは繋がった。


 だが――。


 それは社長の声ではなかった。


 若い女性。

 それも、どこか甘ったるい男を誘惑するような声だ。


 かけ間違えたか、と、液晶画面を見る。

 だが、そこには、社長という登録名称が確かに表示されていた。


 というか、そもそも、番号をプッシュしてダイアルした訳でもないのに、かけ間違えるなんてことがあるだろうか。


 社長の奥さんか。

 いや、大企業の社長夫人が、こんな気だるげな声を出すだろうか――。


 答えはすぐに頭の中で導きだされた。


「もしかして、タマモクラブの沙織さんですか?」


「あらァ、すごい。一発で分かるなんて、流石、


「社長は今そちらにいらっしゃるんですか?」


「今まだ寝てるところ。今日は半休取って、ボクと朝まで遊んでたから――」


 それより、何かあったのかしら、と、急に沙織さんの声色が変わる。


 急に冷ややかになった。

 というよりも、仕事の声色になったという感じだ。


 流石は、社長が眼をかけているだけあって、接客業以外にも長じているのだろう。


 どこまで話すのか。

 どうしたらいいのか。


 悩んだ挙句、俺は叫ぶようにしていった。


「とにかく、社長と今すぐ話がしたいんです!! 起こしてしてくれますか!?」


「やぁん、酷い部下。可哀想なテンちゃん」


「そんなことを言っている余裕もないんです!! お願いします!!」


「はいはい、分かりました。、ちょっと待っててね……」


 なんだか妙なことを言われた気がする。

 いや、言葉のあやか何かだろう。

 気にしても仕方がない。


 ゆさりゆさりと電話越しに、ベッドの揺れる音がした。

 おそらく一緒に寝ていたのだろう。

 社長の間延びした欠伸の声が聞こえて来た。


 それから暫くして。


「やぁ、桜くん。人のプライベートに土足で入り込んでくるなんて、最近の若い社員は教育がなってないねぇ。まぁ、僕のところの社員なんだけれど」


「ふざけたこと言ってる場合じゃねえ!! 分かったんだ、会長襲撃の犯人が!!」


 なんだって、と、一気に目が覚めたような声を出した社長。


 それよりもまず、今はやらなくてはならないことがある。


 俺はかいつまんで事情を説明すると、現在、会長と連絡が取れない状況にあることを三国社長に告げた。

 そして、どうにか会長と連絡を取る手段がないか、息子である彼に尋ねてみた。


 しかし、返って来た答えは沈黙であった。


「……無理だ。父さんの携帯電話の番号は知っているが、それは、陸奥さんが知っているのと同じだ。それが繋がらないのなら手の打ちようがない」


 そもそもジャマーを出されている時点で、連絡の取りようがないのだ。

 万事休すか、そう思われた時であった。


「ねぇ、テンちゃん、ちょっといいかなぁ?」


「うん? どうしたんだ沙織?」


「テンちゃんのお父さんって、三国九之助さんだよねぇ? それだったらボクのママが居場所を突き止められるかもしれない」


「本当か?」


「うん。ていうか、テンちゃん忘れたの? ボクたち、その縁で今もこうして仲良くしているんじゃない――あ、ごめんねお兄ちゃん、イチャイチャ見せつけちゃって」


 本当だよ。


 この糞忙しい時に、いったいこの女は、どういう神経をしているのだろうか。

 一度その顔を拝んでやりたいものだ。


 三国社長が入れ込むくらいだ。

 きっと別嬪さんなんだろうが――そんなこたぁ関係ない。


 ちょうどうちのタマモがイキっていたところだ。

 けしかけて目にモノ見せてやる。


「そういう訳だから、ちょっと電話切るね。すぐに連絡は寄越すから」


「あっ、ちょっ!!」


 ぶつり、と、通話が切れて、ツーツーと悲しい音が耳元に流れ出す。


 すぐに連絡するとは言ったが。

 本当にこれで大丈夫なのだろうか。


 そう思っていた時だ。

 丁度、車がナガト建設の前に到着した。


「副社長、秘書とは連絡は!?」


「ダメだ――外出したのは把握しているが、どこに行ったかまでは分からない、と」


「くそっ、万事休すか」


 これは社長の愛人――沙織の言葉を信じて、しばらく出方を待つしかない。

 しかし、携帯電波のジャマーがある状態で連絡を取る手段にあてがある、とは。

 いったいどういうことだろうか。


 そんなことに思いを巡らそうとしたその時。

 どんどん、と、リムジンのドアをおもむろに叩く手に俺は気が付いた。


 立っていたのは――頼りになるようで微妙にならない、ポンコツお狐さま。


 清掃員姿だというのに勇気のある。

 彼女は全く無遠慮に、そして、まったく自分が被る損害など考えていない感じに、リムジンのドアを力いっぱいに叩いていた。


 まぁ、人の命がかかっている状況で、そんなの考えてもしかたないか。


 しかしそれにしたって、こいつ、どうしてこんな所に。


「のじゃ!! はよドアを開けるのじゃ!! 桜よ!!」


「開けるのじゃって……いや、そんな焦らなくっても」


「会長さんの居場所が分かったのじゃ!! はよ、わらわをのせてたも!!」


 なに、本当か。


 しかしどうして。


 その疑問に答えるように、彼女は窓越しに一本の筒を取り出した。


 それは遥か昔。


 彼女と最初に出会った時に渡して貰ったお狐専用の連絡手段――管狐であった。

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