第199話 おかえり遅いですご主人様で九尾なのじゃ

しゃくらよ。いま、何時だとおもっておるのじゃ」


「――夜中の二時前だと思うんだけれど」


「そうじゃ」


「うん」


「そんな時間まで、連絡もなしに、どこをほっつき歩いていたかと思えば、酒精の匂いをぷんぷんとさせおって――お主、覚悟はできておるのか!!」


「いや、その前に、ちょっと確認させて――その衣装はなに?」


 家の扉をくぐると、そこはメイド喫茶だった。

 いやメイド喫茶ではない、お屋敷といったほうがいいだろうか。


 安っぽいド○キホーテで買ってきた、チープなコスプレアイテムではない。なんかこうあきらかに上等な、森○の漫画で女の子が着て出てきそうなメイド服だ。

 超正統派、そして、超ファンタジー。

 不要なのは九つの尻尾だけだろう。というか、どうやって出てるんだあれ。


 その服装を指摘するや、加代の顔が赤くなる。どうやら聞いてはいけない、何かだったらしい。


「のじゃぁっ!! これはその、今日は早く帰ってくるかなと思って!!」


「思って?」


「最近ちょっとお疲れ気味だったから、メイドさんして膝枕とか、肩もみとか、とにかく桜のことを癒してやろうと思ったのじゃぁ!! 深い意味なぞないのじゃ!!」


 いや、どう見ても深い意味あるだろそれ、お前。

 力いっぱい顔を真っ赤にして否定されても、なんの説得力もない。


 メイド服着て、俺を油断させて、よもや暗殺――。

 最近確かに夜遊びが過ぎるとは思っていたけれど、まさかそこまでおもいつめていたとは。


 しかし、今日は別にキャバクラや高級クラブに行ってた訳ではない。

 こじんまりとした居酒屋である。


「どうせまたやらしい店でお酒飲んでたのじゃ!! 不潔なのじゃぁ!!」


「酒は飲んだけど、そういう店じゃねえよ。つうか、そういう所に行くなら、事前に連絡するって、前に同居人会議で決定しただろう」


 同居するにあたって、お互い、約束するべきルールがある。それを決めるのが同居人会議である。その場で、加代は俺に、今後付き合いでそういうお店に行くときは、ちゃんと連絡をすることを条件に出してきた。

 ついでに、もうちょっと、オネーちゃんへのボディタッチとかまで言ってきたけれども、それはそれである、見てないのだからいいだろう。


 とにかく、今日は居酒屋に飲みに行ったのだ。 

 加代にとがめられる筋合いなど、毛頭ないのだ。


「ほんとうかえ。本当の本当に、エッチなお店に行っていたのではなかったのかえ?」


「本当だよ。お前、俺を何歳だと思ってんだ。三十歳だぞ」


「やりたい盛りなのじゃ!! やっぱりちょめちょめしてきたのじゃ!!」


「たとえが悪かった。仕事で疲れててそんな気分になんざならねえっての」


「疲れなんちゃらという言葉を聞いたことがあるのじゃ!!」


 えぇいこの耳年増め。

 どうしても、俺がそういうことをしたという体で譲らぬつもりらしい。


「貞操帯をつけるのじゃ!! ブリーフに一年三組さくらくんって書くのじゃ!!」


「ダイヤモンド☆ユ○イのネタじゃねえか!!」


「とにかく不倫は許さないのじゃ!!」


「俺とお前は同居人、別に同居人が何しようが勝手だろうが!!」


「のじゃぁっ!!」


 その場に膝を追って泣き崩れる加代。よよよ、よよよ、と、古風な泣き方をするが、メイド服姿にはちっとも似合っていない。

 もっとこう、忍び泣くような感じでしてくれないとなぁ。


 まぁいい、それはいい、今はいい。


さくりゃは、わりゃわよりも、ほかの女子おにゃごがよいのじゃぁ。浮気なのじゃぁ、裏切られたのじゃぁ」


「だからそんなんじゃないって」


「――ぐすん。だったら、この格好を見て、何か言うことがあるはずなのじゃ」


 その格好を見て?

 メイド服姿の、狐の同居人を見て、いうべき言葉が、俺にある――はて。

 なんだろうか。


「次は家政婦の加代さんでも始めたのか」


「承知いたしました――じゃ、ないのじゃぁっ!!」


「ドン○の安っぽいメイド服じゃなくて気合入ってるところがあれだよな。職業意識を感じさせるよな。なんかそういうイベントのアルバイトとか」


「のじゃぁっ!! 桜のために着てきたのじゃぁっ!!」


「俺のために? なんで?」


「――――もうっ、知らないのじゃぁあっ!!」


 そういうや、加代はぷんすこ頬を膨らませて、さっさと布団のほうへと行ってしまったのだった。

 やれやれ、疲れているのに、疲れる狐の世話というのはなぁ。

 勘弁してほしいよ、まったく。


「何が足らんのじゃ、胸か、胸が足りないのか。そうなのじゃなぁ」


「どうしたいんだよ、お前、いったいよぉ――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る