第180話 屋上に行こうぜで九尾なのじゃ

【前回のあらすじ】


 ひょんなことからナガト建設の第二営業部の特別係長になった桜。

 はたして、ギャグ小説らしからぬ、この展開に読者はついていけてるのか。

 そして加代ちゃんまったく出てこなかったが、前回の話のPVはだいじょうぶなのかとひそかに心配する作者なのであった。


 あ、言い忘れましたが、東南アジア編に続いての長編となります。


◇ ◇ ◇ ◇


 どこもかしこも昨今は、禁煙禁煙とうるさいご時世である。

 会社の喫煙所と言えば俺のこれまでの経験から言わせていただくと、屋上と相場が決まっていたのだが、どうして、ここでは五の倍数の階ごとに喫煙所が設置されており、直上のそこへと向かうように社員は指導されていた。


 といっても、俺はそんなものを無視して最上階、経営者や一部の重役が利用している喫煙所へとエレベーターで向かっていた。

 もちろん、この時間にエレベーターを使うこと自体がそうないものだ。

 運ぶ社員は俺一人、いやはや、贅沢な喫煙タイムである。


 十五階を過ぎたあたりでエレベーターが止まった。

 秘書課の女の子だろうか。ミスコンでも優勝してそうな、黒髪ロング、ちょっと憂いを帯びた感じの女子が、乗り込もうとして足を止めた。

 見たことのない、そして、上層階に縁のなさそうな男が乗っていたので戸惑ったのだろう。


 はぁい、と、手を振ってやると彼女はなんだかおぞましいものでも見るような表情をこちらに向けて、隣のエレベーターへと移ってしまった。

 なんだいかわいげのない奴だ。あんなんで社長や重役の相手などできるのだろうか。


 まぁ、それは、俺についても言えることなのだけれど――。


 最上階にたどり着いた俺は、社長室・会長室を横切ると、そこから更に階段を使って屋上へと出る。

 貯水タンクが立ち並び、いざとなったらヘリコプターが降りられるように、マークが床に印字されているそこに立つと、胸ポケットからブルーのパッケージのタバコを取り出した。


 安物の煙草にぴったり。

 スロットの景品で手に入れた海○語のライターを取り出すと、一本抜いたそれに火をつけようとする。


「ちゃんと喫煙スペースに行ってから吸うのじゃ、この馬鹿たれ」


 それをひょいとゴム手袋の手がひったくった。

 と、同時に、じとりとこちらを睨む二つの眼が見える。


 せっかく買ってやったスーツをタバコ臭くするとは何事か。そんな気持ちがありありと、体中からあふれているその少女は、清掃員姿に身をやつした俺の同居人――加代であった。


「のじゃのじゃ。サラリーマンと清掃員さんの禁断の関係。織田○二のドラマみたいでちとかっこいいのじゃ」


「古いの持ち出してきたなおい」


「もうちょっとで本当にお金がない状況になりそうだったのじゃ。就職決まってよかったのじゃ。しかも二人そろって」


 そう、俺は営業部の係長。

 加代は、このビルの清掃員として、現在雇われている。

 どちらも正社員だ、これまでの極貧状況からは考えられない、驚くほどの好待遇に、正直めまいを覚えるくらいである。


 それもこれも、なにもかも、あの日、あの時、あの場所で、出会った――いや命を救ったおっさんが原因である。


「おぉ、もう集まってくれていたかい。いや、すまない、会議が長引いてね」


 そう言って後ろから声がする。

 俺が先ほど入って来た屋上の入口から、グレーのスーツに身を包んで現れたのは白髪の大男。ライフジャケットよりもすらりとそれを着こなしたその老人は、あの日、俺たちが助けた男にして――俺たちの個人的な雇い主。


 このナガト建設の創業者にして、現会長三国九之助さんごくきゅうのすけだった。


 この自社ビルを筆頭に、この地方一帯にいくつかの事業拠点・傘下企業を持っているこのナガト建設。一代にしてこの会社を創建した彼は、成り上がりにしては人格品位ともに素晴らしく、この地方の名士として知られている――のだそうな。

 実際、親父に名前を出したら、どうやって知り合ったんだと、晩酌代わりに呑んでいたノンアルコールビールを噴出していた。


 まぁ、そんな大物会長なのだが――なにせ出会いが出会いである、敬意も何も沸いてくるものではない。そして何より、雇われた内容のこともあって、彼を会長と心の底からあがめることが、どうしてもできなかった。


 そう、わざわざ、俺と加代が、この会社に就職してまで請け負った仕事。

 それは何もこの会社の本業にまつわることではないのだ。


「会議でもさっそく話題になってたよ。桜くん、君ねぇ、元気があるのは構わんが、もうちょっと手心というのを持ちたまえよ」


「あぁ、すんませんねぇ。なにぶん、どこいらの馬鹿どもがこさえてくれた、就職氷河期という奴のもろな煽りを受けまして。ここに来るまで、ろくな仕事に就けなかった人間ですのでね」


「うぐ、そういわれると、心苦しいというかなんというか」


「のじゃのじゃ。桜よ、自分の実力を、人のせいにしてはいけないのじゃ」


 一部上場企業。しかもその本社に就職したとなれば、ふつうはごますりごますり、社長や会長、部長なんぞのご機嫌をうかがうのだろう。


 まったくもって、糞くらえだそんなもんは。


 この世に人格と技術以外に払う敬意なんてもんはねえんだよ。


「まぁ、そういう君だから、仕事を頼みやすかったというか」


「仕事なんすかね、これって」


「のじゃ、会長さんのうっかりではないのじゃ?」


 うっかりでシャコ貝に手を挟まれて、海で溺れ死にかけたりはしないだろう。

 加代よ、流石にそれは気を抜きすぎているというか、楽観視し過ぎだ。


 そして、流石にそれならいいんだが、と、加代の言葉を一考する、この会長も会長である。


「なんにせよ、そのために君たちを雇ったんだ。頼む、が誰なのか、つきとめてくれないか」


 一部上場の有名企業、その会長が、自社ビルの屋上でごろつきどもに頭を下げる。

 やれやれどうしてごろつきでも、義侠心ばかりは捨てられない。しかも、殺されるかもしれないという、穏やかではない言葉を聞かされてはなおのことだった。


 そう、俺と、加代が引き受けた特命ミッションはこれ。

 この老人の命を狙っているかもしれない人物――そしておそらく、それは社内にいる――についての調査であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る