第171話 自給自足で九尾なのじゃ

 ハロー、エブリワーン、アイアム○ーチューバー、アーハーン。


 どこぞのアナーキー漫画じゃないが、そんなセリフでのっけから悪ふざけをかましてみたのには訳があります。

 というのも、今俺は、この人っ子一人としていない無人島で、自給自足の生活を強いられているからであります。


 話は数週間前にさかのぼる。

 例の東南アジア旅行について、お世話になったディレクターさんに、「そういや今度、素人さん向けの企画番組やるんだけど、桜くん挑戦してみる」なんて、誘われたのが話のはじまりだ。


 当然、最初から、俺をハメる気だったのだ、あいつら。

 小銭に困っていた俺は、見事にその企画にのっかかり、この無人島七日間生活――はたして現代人は無人島に漂着して生き延びられるのか――という、実にドキュメンタラスな番組に出る羽目になったのだ。


 うん、なんだ、ドキュメンタラスって。流石に脳が沸いてるとしか思えん。


「こういうのはアレだ、加代がやる仕事だろうが」


 事務所を通さずやる仕事というのはうまみが大きい。

 というか、このディレクターさんは、仕事の内容はともかくとして、金払いだけは信頼できる。

 なんだかんだで、まともな仕事どころかバイトにすらありつけていないということもあって受けてしまったが、はや、二日目にしてもう帰りたい気分が満載である。


「本土に帰りたい。テレビが見たい。アイス食べたい」


 口を吐くのは、そんな泣き言ばっかりである。

 失ってみて初めてわかるなんたらの大切さ。


 幸い、水源のある無人島だったため、脱水症状こそ起こさなくてすんだが、食べるものはなかなか見つからず、胃の中は空っぽである。

 分かりやすい木の実でもなっていてくれればいいのだが、森を行けども行けども、出てくるのは食べていいのかわからない、微妙な木の実ばかり。


「無理だこれ。明日でリタイアしよう」


 水平線に日が沈んでいく。

 あぁ、加代と港で別れて来た日のことが――二日前――まるで走馬灯のように頭の中を過る。


 絶対に生きて帰ってきますなんて、ふざけて言って出て来たけれど、これ無理やろ。

 無理ゲーですわ。あかん、できません、はい、こんな番組にむきになっちゃってどうすんの。


「とりあえず、寝よう」


 孤島の夜は暗い。

 ライトも支給されずに無人島にガチで放り出された俺は、ヤシの葉と流木で作ったさくらハウスに入ると、少し早いが眠りについたのであった。


 大丈夫、不規則な生活にはお仕事とここ最近の休暇のおかげで慣れているのだ。


◇ ◇ ◇ ◇


 翌朝。日光で目を覚ました俺は、目の前に置かれているそれに気が付いて、おかしな声を上げた。


「――なっ!! 木の実と魚だと!!」


 どうしたことだろう。

 それは明らかに食べれそうな木の実と魚。それが目の前に、ご丁寧に葉っぱのお皿の上に置かれているではないか。


 はていったいこれはいかに。

 さては、俺のあまりのふがいない体たらくに、プロデューサーが気を利かして差し入れをしてくれたのだろうか。


「なんにせよ、これだけ食べれば、まだ一日は頑張れる」


 もうすっかりと、帰る気満々だった俺はそれでしっかりやる気を取り戻した。

 これで勝つる。そんなガッツポーズと共に、火を起こして魚を焼き、その間に木の実にかぶりつくと、俺はもうちょっと頑張ろうという、そういう気になったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 はたして、次の日も、そのまた次の日も、その魚と木の実の差し入れは続いた。


 どうして、朝食だけとは言っても、これだけ食っていれば飢えもしのげる。

 すっかりとコンディションを取り戻した俺は、ついに最終日の夜を迎えた。


 今日も、この差し入れの主は来るのだろうか。

 だとしてそれをしてくれるのはいったい何者なのだろうか。


 無人島生活をやりきる自信などより、もはやそっちの方が気になっていた。

 おかしいだろう、どう考えたって、こんなのが毎日続くだなんて。


「正体を確かめよう。流石に、それをせずにこの番組を終えるのは、なんだかダメな気がする」


 そんな妙な義務感で、狸寝入りを決め込むこと六時間。

 がさりがさりと突然に、背中にしている林の方から音が聞こえてきた。


 それは、俺が苦労して建てたさくらハウスを迂回して移動すると、俺の目の前でごそごそとなにやら作業をはじめた。あきらかにはっぱを引きずったり、その上に何かを載せたりしている音がする。


 ただ、どうも、人間の息遣いではない。

 というか息の聞こえてくる位置がやけに低い――。


 なんだ、いったい何が俺の目の前に居るのだ。

 まさか妖怪だとでもいうのか。

 そんな、非現実的なことがある訳がない。


 と、思ったあたりではたと気づいた。


「加代!?」


「のじゃぁっ!? なな、びっくりしたのじゃ!! 起きておったのか桜よ!!」


 そこに居たのは全ケモ――というか完全に狐の状態になった加代が居た。

 うむ、無駄に尻尾も九本ある。加代だよ、やっぱりあんた、俺の同居人の加代だよ。


 というか、どうしてこんなところに。


「のじゃぁ。あの後、ちと心配になってのう。わらわも、この姿になって、こっそり船に乗ってつけてきたのじゃ」


「つけてきたのじゃってお前。一応、無人島サバイバル生活なのに、それじゃぁ」


「のじゃぁ。大丈夫なのじゃ、この島には、人はお主ひとりであろう、桜よ」


 そう言って、コンコン、と、鳴くオキツネさま。

 なるほど確かに言う通りだ。ここにいるのは一人と一匹に違いない。


 しかし――いいのかね、これ。


「まったく。お主は普段は仕事もできんくせにとうるさいくせに、いざ、こうして厳しい大自然の中に放り出されると、なんもできんのじゃのう」


「いや面目ない」


「のじゃのじゃ。もし、妾が助けなんだからどうするつもりだったのじゃ。視聴者さんも、たった二日でリタイアでは、きっと納得せんであろうに――ってこりゃ、桜よ、何をわらわを引っ張り込んでおるのじゃ!!」


「えっ、いや、実のところ、ちょっと寒かったんだよね。毛布が欲しかったというか」


 こりゃちょうどよい塩梅の抱き枕である。

 いや助かった助かったと加代を胸元へと引き寄せる。普段はうっとうしくて仕方のない九本の尻尾も、これだけあると頼もしい。


「のじゃぁ――こんなところで、恥ずかしいのじゃ」


「なに言ってんだ、この島には人は一人、九尾は一匹しかいないじゃねえか」


 誰も見てやしねえよと、俺は加代のもふもふとした毛の中に顔を埋めたのだった。

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