第161話 特殊なお人形で九尾なのじゃ
人間、一度マニアックな仕事というのに手を染めてしまうと、コロコロと転がり落ちるようにその手の道に転がり落ちていく――ものなのかもしれない。
はたしてジャンクショップにそうそうに見切りをつけ、妙に執着して来る店主から逃げるようにして辞めた俺は、次のアルバイト先に――少し特殊な小売店を選んだ。
ドールショップ。
いわゆる大人のためのお人形屋さんだ。
おっと勘違いしないでいただきたい、オリエンタルよりではなくてスーパーのほうだ。大人といっても、女性から男性まで幅広く楽しめるホビーの方である。
理由はマニアックだから、人が来なくて暇そうだということ。
また、個人営業の店ということで競合する相手がいなさそうなこと。
最後に、面接をするまでは物は試しにくらいのつもりだったが、その場で顔を会わせることになったドールショップの店主が、爆乳バインバインのいい感じのオネーちゃんだったからだ。
うん、いいよね、爆乳、最高だ。
惜しむらくはちょっと陰気で気難しいところがある――くらいだろう。
「こんな所に働きに来てくれるなんて、変な人ね」
「まぁ、変人奇人は見慣れているもんでね。君みたいな人までカウントしてたら、キリがないよ」
「そう。アルバイトだから、あんまり多く払えないし。役立たずなら、すぐに辞めてもらうから」
「オーケーオーケー」
あれだなぁ。なんというか、クールでミステリアスな感じのする女店主だ。
黒髪で片目を隠しているのがなんとも素敵。
これで俺とそう変わらない年齢――三十とちょっとくらいというのだからちとびっくりである。
いい歳してそんな厨二ルックというのは、女性的にも人間的にもどうなのよと、人は言うかもしれない。
しかし、俺的には全然ありです。
厨二病がどうした。アブラムシ平気で食うオキツネよりはなんぼかマシじゃい。
「しかしまぁ、興味本位で飛び込んでみたけれど、凄い世界だな。なんていうか、二次元と三次元の狭間というか、幻想的な感じがこう」
「無理に言葉にする必要はないわよ」
商品の一つ、人形を組み上げる手を休まずに、彼女は俺に言う。
ドールショップとはいうものの、この店にある品は全て彼女が手ずから作った特製品なのだという。
聞けば、結構名の知れた人形作家さんで、国外にもファンが居るのだとか。
彼女と彼女の知人が作った人形を、展示しているのがこの店だ。
利益はネット通販でほぼ出しており、ここは法規上の店舗住所及び道楽でやっているのだとか。
「私一人でも切り盛りできるけど、どうしても用事のある時は、仕方ないから」
そりゃ女性なのだから、身体の調子が悪い時や、いろいろと用事はあるだろう。
便利に使われているがそれがバイトだ。むしろこんな爆乳ボインボインの女店主の役に立てるというのなら、本望というものだろう。
男子冥利に尽きる。
「そして、流石にこんな素敵空間に、あのアホ九尾は紛れてこれまい」
「九尾?」
「いや、なんでもない、こっちの話だよ」
危ない危ない。
せっかく同居人の加代のことを隠していたというのに、思わぬ誤算である。彼女がいるなんて、この女店主に知られたらたいへんなことになる。
せっかくのロマンスがぶち壊しだ。
それに、決まってそろそろ、彼女が俺のバイトを潰しにやって来る頃。
そうはさせんぞ。今日こそ絶対に止めて見せる。
とまあ、そんな意気込みを持って、加代の襲来を待っていたのだが――。
「来ない!!」
まったくもってやって来ない。現れる気配すらない。
いつもだったら、妙なシチュエーションこさえて現れて、俺のしごとを無茶苦茶にしていくあのポンコツ女狐が、どうして今日は姿を現せない。
まさか、店主の中二病にやられてしまったのか。
いやそんな馬鹿な。
「あいつは来る。絶対に、俺の仕事をクビにするために」
「ねぇ、あなた、九尾って、言った?」
「えっ、いや、クビって言っただけで」
「私の友達の作家も、その造形に凝っていて。なんこか狐娘のドールを造ってるのよ。ほら、そこにあるのだだけれど」
言われて俺の視界が入口の脇、一番目を引く場所にあるドールに向う。
そこに飾られていたのは――どこかで見たことのある色合いをした、髪と尻尾をした九尾のお人形さん。
可愛らしい外見とは裏腹に、訴えかけてくるその視線は間違いなく奴の気配だ――。
俺は陰気な店主の友達の一人に、あの真反対に陽気な同居人が含まれていることを察して、ふっとなんともいえない気分になった。
まさか、既に手を回し済みだっただと。
おのれオキツネ小癪なマネをしてくれるではないか。
いやしかし、相手は人形。
何もしてくるはずが。
「――ウワキ、ウワキナノジャ?」
「はい、もうね、今回もなんというか、ホラー落ちじゃないのかなと、そういう気配は感じておりましたよ。えぇもう」
ちゃきりちゃきりと裁断鋏の音が鳴る。
気がつくと、加代の髪やら尻尾やらを使われたのだろう、狐少女人形たちが、トイ○トーリーよろしく俺を取り囲んでいた。
突然動き出したドールたちに、きゃぁ、と、黄色い視線を上げたのは店主さん。
相当の好き者のようである。
「ウワキユルサンノジャ」
「オッパイオオキイカラッテ、イロメツカウナンテ」
「ワラワトイウモノガアリナガラ、オトコノカザカミニモオケンヤツナノジャ」
「いや、待て、ちび加代ども。俺は別に浮気なんて」
問答無用。
B級ホラー映画みたいな叫び声をあげて、俺はちび狐ドールたちに襲われた。
◇ ◇ ◇ ◇
「のじゃのじゃ。新しい髪型、ように合っておるのじゃ、桜よ」
「うるせえ、こんな、人の頭を容赦なく切りやがって。丸坊主だぞ、お前、こんなんで人前に出れると思うのか。三十越えたおっさんがだよ」
「大丈夫なのじゃ。誰もお主のことなど気にしておらんのじゃ」
「そういう悲しいこと、言うのやめてくださいます」
ちび加代どもに襲われて、取っ払うために暴れて家を損壊。まぁ、その辺りについては、不問ということで話はついたが、ちび加代に俺は髪の毛を、ばっさりと斬られてしまった。
これではお仕事にならない、という訳で、無事に俺は解雇。
とほほ、まこと辛いことになってしまったという次第である。
「今度こそ、お仕事が上手くいくと思ったのになぁ」
「お人形の知識など皆無の癖に、務まる訳なかろう。
「手厳しいなおい」
「ふん、店主にデレデレと鼻の下を伸ばしてからに。人形のことを理解していない、仕事に誠意を感じない、酷い奴なのじゃ。よいか、お人形というのはな、まるで実の息子・娘をお迎えする、そんな気持ちで愛でるモノなのじゃ――それなのに!!」
実の娘、実の息子ねぇ。
なるほど、加代の造ったドールに対して感じた、そこしれない抵抗感、その正体はそれか。
狐が作った市松人形。
そりゃホラーオチにもなるというもの。
こりゃ、聞いておるのか、と、娘たちのために起こる加代ちゃんママ。
どうせ迎えるなら、人形でなくてちゃんとしたのがいい――いやいや、そんなの別にまだ早いだろう。
「のじゃ、桜よ、お主にはドールに対する愛がない!! そんなのでは立派な父親になれぬぞ!!」
「お前だってなれるかどうか怪しいじゃねえかよ――」
こんなすぐにお仕事クビになる、だらしのないお母さんで、果たして子供はすくすく育つのか。いやはや、まだまだ色々とそういうのは気の早い話だろうな。
「こりゃ、聞いておるのか、桜ゃ!!」
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