第147話 お洗濯して九尾なのじゃ
年頃の若い男女のことである、プライバシーというのは重要だ。
ワンルームマンションに暮らしていると言っても、基本、見ないものは見ないようにするというのが、俺達が一緒に生活する上で紳士協定として出来上がっていた。
たとえば、洗濯物を干すときには、お互い外に出るだとか。
ため込んだ洗濯物には蓋をして目に見えないようにするだとか。
パジャマはちゃんと風呂場で着る。
そういう書物やビデオなんかは――まぁ、お互い求めるものが違うので、特に隠す必要などはなかった。
とはいえ、大河ドラマを見る流れで、N○Kのドキュメンタリー番組『ダー○ィンが来た!』を流していると、なんでそんな破廉恥な番組をみておるのじゃ、と、怒られたのは衝撃だったが。
以来、もっぱらアイドルたちが島を開拓する番組ばかりみている。
とまぁ、そんな話はいいとして。
「水道代がちょっと高いのじゃ」
そんなことを加代の奴が言い出した。
高いってあーた。そんな言うほどだろうか。
「前に暮らしていたところでは、もうちょっとお安かったのじゃ」
「三千円だろ、別に、普通じゃないのか?」
「のじゃ!! 二千ちょっとくらいが適正なのじゃ!! 二人暮らしでも、ちとこれは使い過ぎの部類なのじゃ!!」
ふむ、そんなことを言われても、こっちとしては別に特別なことをした覚えはない。
「やはり洗濯物を別々で洗っていたり、お風呂の湯を張り替えてるのがダメなのじゃ。もっともっと、節約しなくちゃだめなのじゃ」
「あんまり考えすぎなんじゃないの。別に、ほら、無収入って訳でもないんだし」
「のじゃ!! だからって無駄遣いしていい理由にはならんのじゃ!!」
意外とこういうところはせせこましいというか、厳しいというか。
加代の口から飛び出した正論に、俺はすっかりと口を噤んでしまった。
はてさて、そうは言っても、こればっかりはなぁ。
「お前、俺と一緒に下着とか洗って大丈夫なのかよ」
「のじゃ。同棲していて、今更そんなの気にはせんのじゃ」
「あぁそう」
まぁこっちも色気なんぞ微塵もない、お前の下着にどうこう思ったことも一度もないが。加代が良いというのなら、洗濯を一緒にするのは別に俺としてもかまわない。
「お湯の張り替えも勿体ないのじゃ。二人とも、仕事の時間が合わないから、こうして別々に入っていたけれど、今はそんなことないのじゃ」
「んじゃ、極力続けて入るとするか」
「そうするのじゃ。しかし、こればっかりは、流石に
ノーとは言えない。
働き盛り、三十代男性のにじみ出る何かを、侮ってはいけない。
狐汁が染み出る風呂に入るのは、ちょっと抵抗がある気もしたが、相手はこれで女の子――いや、メスである。それくらいは我慢してやろう。
「のじゃ、それでは、節水作戦開始なのじゃ!! がんばるのじゃ!!」
◇ ◇ ◇ ◇
そして、翌日の夜。
「――おい、加代。俺の服なんだけれど」
「どうしたのじゃ?」
「なんかチリチリした、黄色い毛がついているんだけれど」
「のじゃ? はて、なんじゃろうのう」
いや、なんじゃろうのう、って。
どう考えてもお前の毛だろうが、この狐娘。
何をせんべいかじりながら、自分は関係ないみたいな顔してるんだ。
「お前また、全ケモした服、そのまま洗濯機に入れただろう」
「――ちょっとくらいなら、大丈夫かなって」
「大丈夫じゃねえよ!! お前、どうすんだよこれ!!」
コロコロで取ればいいのじゃ、それくらいで怒るななのじゃ、と、加代は逃げるようにして風呂場へと行ってしまった。
ちくしょう、節約のためとはいえ、これは予想外だぜ。
そうだよな、アイツなんだかんだでケモノなんだものな。
服にはそりゃいろんな毛がついてて当たり前だわな。
「くそっ、しかし、惨めだ」
ころころと、粘着テープの突いたローラーで、服にまとわりついた毛を取り払う三十歳無職。なんて絵になる惨めな光景だろうか。
と、そんな所に、良いお湯だったのじゃ、と、加代がパジャマ姿で風呂場から戻って来た。
「ほれ、はよお湯が冷めてしまわんうちに入ってしまうのじゃ」
「――誰のせいでこんなことしてると思ってんだよ。ったく」
俺はぶつくさと文句を言いながらも、パジャマを持って風呂場に向かう。
そうして、脱衣所で服を脱ぐと、湯気の立ち込める風呂場に足を踏み入れた。
うむ。なんだろう、このにおい立つケモノ臭さ。
そして、この、風呂に満ち満ちた、黄色いどこかで見たことある黄色いモノは。
間違いない、これは――ケモ毛湯!!
「加代ぉっ!!」
「のじゃぁっ!? なんなのじゃ!! こんな夜中に、そんな大声を出して!!」
「風呂の中でケモっただろお前!! どうすんだよこれ!! 入れないだろ、こんなんじゃ!!」
「わっわっ、ちょっと、桜、前を隠すのじゃぁ――」
結局、節水作戦は、一日にして終了することになった。
仕方ない、だって加代さんオキツネ様なのだもの。
「のじゃ、仕方ないのじゃ。こうなっては、お風呂を二日に一度にするしかないのじゃ」
「やめろよお前、接客業とかしてるんだろ」
「お風呂に入らなくても、公園とかで水浴びすれば大丈夫なのじゃ」
なに一つ大丈夫じゃねえよ。
あぁ、そう、全ケモになれば、それは気にならないかもしれないけど。
「前に一人暮らしてたときはよくやったのじゃ。けもけもが人間社会で生きていくための知恵なのじゃ」
「――あぁ、それで水道代安くついてたのな」
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