第六章 第二話


(困ったわね……)


 ミーナはゆううつだった。

 物資の供給が、予想以上にとどこおっていた。

 元来、補給はけいぞく性が欠かせないのに、ロマーニャの上層部はだいいちじんを送っただけで義務は果たしたと言わんばかりの態度である。

 だんやく類は先日のジェットそうどうの時のカールスラントからの便で、何とか足りてはいる。

 問題は食料。

 二式大艇で往復する土方のふんとうもあって、扶桑からの供給は定期的にあるが、それも半月に一度。

 大規模な補給はリベリオンと扶桑からの船便を待つことになるが、これも予定は不明。

 芳佳の料理のうでがいいこともあって、食料が減る勢いはだいに増してきている現状だ。


「お昼は残り物でいいですか?」


「……コーヒーだけでいいわ」


 はんざつな書類仕事と各部署へのれんらくを終えて食堂に入ると、キッチンのリーネに告げる。


(私ひとりが一食いたぐらいじゃ、節約にならないことは分かっているんだけど)


「ミーナ」


 なけなしのジャガイモをほおりながら、バルクホルンはとなりに座ろうとするミーナを見る。


「確かに太ったのを気にしているのは分かる。だがな、無理なダイエットは」


「私は! 太ってません!」


 思わず声をあららげるミーナ。


「あっれ〜、複雑なおとごころってやつ?」


 ミーナのなやみを知らぬハルトマンも、チョコがけのコーンフレークをパクパクと食べている。


「……リーネさん。コーヒー、キャンセル」


 ミーナは手を挙げてそう告げた後、小さくつぶやく。


「……胃が痛いわ」


「ええっ!」


「何!」


「おい!」


「た、大変ですわ!」


 たちまち、ウィッチたちはミーナを取り囲んだ。


「な、何でもないの!」


 ミーナはがおを作るが、もうおそい。


「済まない、ミーナ。病気だったんだな」


 と、づかうバルクホルン。


「お前らが心配かけるからだぞ!」


 うでみしながら一同をわたしたのは坂本である。


「……」


(あなたがそれを言う?)


 ミーナはこめかみを押さえた。


「宮藤を呼びもどせ! きんきゆう事態だ! ほうを!」


「そ、そこまでするほどのことじゃ……」


 やんわりと止めようとするミーナだが、動き出したウィッチたちは止まらない。

 止まる訳がない。


しきから持ってきたハーブが、まだ残っていたはずですわ!」


「土方! 土方はどこだ!? って、あいつは空の上か! では大至急、扶桑に連絡だ! 漢方薬を!」


「ええっと、胃にやさしいお食事は……」


「た〜い変なことになっちゃったね〜」


 意外とするどいハルトマンが、ミーナにニッと笑いかける。


「……ええ」


「ま、いいじゃん。ちょっと休めば?」


「そうね。……休めたらだけど」


 うなずくミーナだが、この先の騒動を予見して、表情は暗い。


「本格的に胃が痛くなりそう」



  * * *



「おい」


 ハルトマンの助言に従い、少しねむろうと思った矢先。

 部屋に坂本が入ってきた。


「胃腸が弱っている時には、こいつがいいらしいぞ」


 坂本がドンとテーブルに置いたのは、梅酒のびん


「土方にけさせた。何でもやつばあさんの秘伝だそうだ」


「……秘伝ね」


 疑いの目を、茶色く変色した液体に向けるミーナ。


「で、こいつは私からの差し入れ。梅干入りだ」


「……ええと?」


 どうやら、当初はおにぎりを作るつもりだったようだが、皿にっている物体は、ただ、てんこ盛りのご飯の上に、海苔のりきたなりつけただけに見えた。


(貴重なお米を……)


 ありがためいわくとはまさにこのこと。


えんりよせずに、飲め、食え!」


 りよじんもんにこれを出せば、一発でくわね。

 スコポラミンよりも強力そうなアイテムを、ミーナは仕方なく口に運ぶ。


「……ぷっ!」


 梅酒は深みのあるいい味だが、お握りはそれをそこなって余りあるかい力。

 しょっぱく、水っぽく、しょっぱく……ひたすらしょっぱい。


「足りなければ、もっと作ってくるぞ?」


「……あなたは……お仕事に戻って……」


 ミーナはそれだけ言うのがやっとだった。



「いる?」


 次に入ってきたのは、エイラとサーニャ。

 二人が手にしているのはサモワール。

 オラーシャ式のティーをれる道具だ。


うらなったらさ、ストレスが原因だって」


 タロットを手にしたエイラは言った。


(あら、当たり?)


 めったに当たらない占いが的中し、ミーナはおどろく。


「で、サーニャが用意したのが、このらしいお茶だ」


 エイラ、サーニャがお茶をカップに注ぐのを見て、何故なぜほこらしげだ。


「これにジャムを……」


 エイラはえてあったジャムを、たっぷりとカップに落とした。


「これは……いつしよにいただく物で、入れちゃ……」


 サーニャはとがめる。


「いいじゃん。めんどうだし」


 エイラはさらにドバドバッと。


「駄目」


 ジャムを取り上げようとめているうちに、ジャムの容器がそのままカップの上に落っこちた。


「あ」


「……あ」


 カップからあふれるジャム。


「どうぞ」


 サーニャは、ものすごく重くなったカップをミーナに差し出した。



「失礼いたしますわ」


 サーニャたちがそそくさと出てゆくと、入れわりにペリーヌがやってきた。


「我が家に代々伝わる、秘伝の薬湯ですの」


 ペリーヌは高価そうなカップを差し出した。


(ま、また秘伝)


「各種ハーブに、ベニテングダケとうみへびの粉末、さらに東洋の神秘、冬虫夏草を少々……」


 それ以上くわしく聞きたくないレシピである。


ほかの方々が持っていらっしゃった訳の分からないものの数倍、いえ、数億倍は効きますわよ」


「そ、そう?」


「ちゃんとお飲みになってくださいね」


 じっと見つめるペリーヌ。

 ミーナはかくを決めて、薬湯をグイッと胃に流し込む。


「きっと、明日にはよくなりますわ」


 ミーナがカップを空にして微笑ほほえみを作ると、ペリーヌは出て行こうとする。

 だが。


「……あの」


 とびらのところでペリーヌは立ち止まり、り返った。


「はい?」


「あの……わたくしのせいでしょうか?」


 ペリーヌはたずねた。


「え?」


「エイラから聞きました。原因はストレスだと。わたくしがわがままで、迷惑ばかりおかけしているから……」


「……ペリーヌさん」


 ミーナは心細そうにしているペリーヌを呼び寄せた。


「そんなことはないわ」


「わ、わたくし、いつもみなさんの善意を素直に取れなくて……意地悪ばかり……」


「それもふくめて、ペリーヌさんなんでしょう? みんな分かってくれているから、こうしてここにいるの」


ちゆう……」


「さあ、もう行きなさい」


「はい!」




「こ、こんにちは」


 ペリーヌの後はリーネだった。


「あの、お茶を……」


「あ、ありがとう。でもね、リーネさん」


 やんわりと断ろうとするミーナは、リーネが心配のあまりなみだになっていることに気がつく。


「……い、いただくわ」


 すでに胃はガボガボだったが、ミーナは運命を受け入れた。

 そして。



「おい、ライ麦パンがあったから持ってきたぞ! まあ、多少カビが生えていたが……」


 バルクホルンが、カゴいっぱいのパンを持って扉を開くのを見たしゆんかん


(もう駄目〜)


 ミーナはそつとうした。


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