第六章 ロマー二ャの休日 ──または、ミーナの憂鬱

第六章 第一話


 非常事態はとつぜんおとずれる。


「あれ、お米がない?」


 キッチンで朝ご飯を作ろうとしていた芳佳は、米ぶくろが空であることに気がついた。


「え〜、まだどこからも補給来てないよ」


 と、リーネも困った顔。

 そう。

 補給のおくれで、食料がきたのだ。

 あれほどあったジャガイモも、バルクホルンとシャーリーによって、ほぼ食い尽くされていた。


「坂本さ〜ん! ご飯なくなっちゃいました〜!」


 芳佳たちは、ちょうど外のろうを歩いていた坂本にうつたえる。


「一挙に全員集まるとは思わなかったからなあ……。それは困った」


 土方を乗せた二式大ていが、扶桑からの補給とともにもどってくるのは一週間ほど先。

 大量に運ばれてくるはずの船便の荷も、とうちやくはまだまだだ。


「どうしよう?」


 芳佳とリーネは顔を見合わせた。

 そこに、ヒョイとミーナが顔を出す。


「ちょうどいろいろ備品が必要だから、買い物に行ってくれるかしら?」


 幸い、ロマーニャの首都ローマでは物資がまだじゆんたくに流通している。

 ミーナは予備の予算を使って食料を買い足す決断をし、お使いを芳佳たちにたのむことにした。


「買い物?」


 ショッピング。

 これほど婦女子をりようする言葉がほかにあるだろうか?

 芳佳とリーネの表情がかがやいた。


りようかい〜っ!」



  * * *



「……ということで、臨時補給作戦をじつすることになりました」


 ミーナはウィッチをレクリエーションルームに集めた。

 ブリタニア時代と比べると広いが、ピアノもラジオもなく、新基地のレクリエーションルームは実に殺風景。

 予算不足はこんなところにもかげを落としているのだ。


「大型トラックが運転できるのはシャーリーさん、土地かんがあるのはルッキーニさんなので、お二人にお願いします」


 ルッキーニを連れてゆくことにいちまつの不安がないこともないが、シャーリーがついていればだいじようだろうと、ミーナは判断する。


(この位でいいかしら?)


 予備費も、決して有り余っている訳ではない。

 それでも、シャーリーがいることだしと自分に言い聞かせ、ちょっと余計に持たせることにする。


「了解〜」


 シャーリーは張り切って資金を受け取った。


「よっしゃ〜! 久しりの運転だぜ!」


「……」


 一方、シャーリーの運転と聞いて、さっきまでワクワク顔だったリーネの表情が一気にくもった。


「敵のしゆうらいがいつあるか分からないので、人数が出せなくて済まんな」


 と、坂本。


「わ〜い、ドライブ、ドライブ〜!」


「たまには基地の外にも出たかったからな。こんな任務はだいかんげいさ!」


「他に、宮藤さんとリネットさんも同行します」


 ミーナは続けた。


「……あ、あの〜」


 リーネがそっと手を挙げた。


「やっぱり、私は待機で」


「え〜っ! どうして!?」


 残念がる宮藤。


「え?」


 どうしてと言われても、シャーリーのいるところでは答えづらいこともある。


(ごめんなさい。シャーリーさんの運転だと、心臓が持つ自信がないの)


 心の中で、リーネは親友に深くびた。


「……分かりました。では宮藤さん、お願いね」


「はい!」


「道案内を頼むぞ、ルッキーニ」


「まっかせなさ〜い!」


「宮藤、作戦中はシャーリーの指示に従うようにな」


「はい!」


 坂本の注意に元気に答える二人だが、その横に立つリーネは心配そうに芳佳を見つめる。


「では、欲しいものがある人は言ってください」


 ミーナはみんなにたずねた。


「欲しいものか? 新しい訓練用具とか……」


「はいはい、そういうのじゃなくて、みんなの休養に必要なものよ」


 坂本の要求は、隊長権限でそくきやつ

 すでに格納庫のすみには、けんどうの防具、木刀、竹刀しない、弓、長刀なぎなた、砂箱、鉄球、その他、坂本以外はだれも使わない訳の分からない武具が山と積まれているのだ。


「休養か。訓練をしっかりして、しっかり休む。重要だな」


「ふ〜む。それなら訓練の後に士気を保つには、が必要だな」


 バルクホルンと坂本は相談するが、たんれんからははなれそうにない。


「あなたたちの頭って、訓練しかないの? はい、誰かもうちょっとまともな物を?」


 ミーナは「まともな」を強調し。ほかのみんなに意見を求める。


「私は紅茶が欲しいです」


 リーネがおずおずと手を挙げた。


「そうね。ティータイムは必要ね」


 ミーナはようやくニッコリし、芳佳に告げる。


「それと、私はラジオをお願い」


「カールスラント製の立派な通信機があるじゃないか?」


 ミーナの要求に、いぶかしげな顔を向ける坂本。


「ここに置くラジオよ。みんなで音楽やニュースを聞けるといいでしょ?」


 らく番組という発想が坂本の頭にないことを思い出し、ミーナはしんぼう強く説明する。


「そういうことか。それは賛成だ。たのむぞ、宮藤」


 ラジオはせんきようを聞くものとしか思っていなかった坂本は、ようやくなつとくがいったようだった。


「はい、任せてください。紅茶とラジオですね」


 芳佳はメモを取り出し、買い物リストを作り始める。


「ピアノ! ピアノを頼む!」


 続いて、エイラがめずらしくキリッとした顔で手を挙げた。


「うふふ、いくらなんでもピアノは運べないわ」


 と、ブリタニア時代を思い出し微笑ほほえむミーナ。

 発想としては、坂本やバルクホルンよりよっぽどマシである。


「ちぇ〜、サーニャのピアノがきたかったのに。……なあ、サーニャ、欲しいものはないか?」


「エイラ、自分の欲しいものを頼んだら?」


 ピアノを聴きたいと言われてずかしかったのか、サーニャはたしなめる。


「……バルクホルンさんは?」


 芳佳はメモを手に、何か考え込んでいる様子のバルクホルンに声をかけた。


「私か……特にないな」


 こういう顔つきをバルクホルンがしている時、考えていることはただひとつ。

 芳佳はバルクホルンの顔をのぞき込む。


「じゃあ、クリスさんへのお土産みやげとか?」


「ク、クリスか? そうだな……じゃあ、か、か、か、か、可愛かわいい服を……」


 恥ずかしいのか、バルクホルンの声はみように細くなる。


「え?」


「服を頼む!」


 結局、可愛いは省略された。


「服ですね。どんなのがいいですか?」


「任せる。サイズもだいたいお前と同じだから、お前が選んでくれ」


「いいんですか、それで?」


「あ、ああ、お前がいいと思うもので構わない」


(……それが正解ね。トゥルーデが選んだら、どんなトンチンカンなものになることやら)


 自分で選ぶと言い出さなかったので、かたわらで聞いていたミーナはホッとする。


「分かりました。……あ、ペリーヌさんは?」


 人数を数え、芳佳はペリーヌがまだ何も言っていないことに気がついた。


「わたくしは別にりませんわ!」


 半分、怒っているような調子でペリーヌは答える。


「え、でも、せっかくだし」


「要らないって言ってるでしょ! ふんっ!」


 顔を紅潮させ、ペリーヌは部屋を出ていった。


「……ペリーヌさん?」


 その後ろ姿を見つめながら、芳佳は首をかしげる。

 ペリーヌが芳佳につんけんしているのはいつものことだが、今日のペリーヌはいつもにも増して、態度がキツい。


「実は……」


 ガリアでいつしよに復興運動に当たっていたリーネが、こっそりと教える。


「ペリーヌさん、頂いたお給料と貯金を全部、ガリア復興財団に寄付しちゃって」


「……そうなんだ」


 ブリタニアにいたころは、かなり自由に使えるお金があったように見えたペリーヌが、すべてを投げ打って復興に取り組んでいる。

 そんな時に、予備費で何か自分のものを買うことには、ていこうがあるのだろう。


(何か……してあげられないかな?)


 とは思うのだが、芳佳の好意をペリーヌは受け付けてくれないような気もする。


「そうだ、芳佳ちゃん。紅茶の他に、花の種をお願い」


 リーネはちょっと思いついたように追加の注文をした。


「うん」


 芳佳はメモし、聞き取りらしがないかかくにんする。


「え〜っと、後はハルトマンさん?」


 そういえば、今日は朝からハルトマンを見ていない。

 芳佳は顔をめぐらせて、すちゃらかエースの姿をさがす。


「ハルトマンのやつ、またているな!」


 バルクホルンがまゆを上げ、こぶしをにぎりしめた。


「起きろ、ハルトマン!」


 ギャングのアジトをきようしゆうするFBIそうかんのように、バルクホルンはとびらをバタンと開けた。

 バルクホルンとハルトマンは相部屋。

 部屋の半分がキッチリと片付き、残りはゴミしきと化している。

 そのゴミ屋敷側のベッドの、うごめくシーツの下から声がした。


「え〜、あと90分」


「兵は神速をとうとぶのだ、さっさと起きろ!」


 バルクホルンはる。


「あの、買い物に行くんですけど、何か欲しいものありますか?」


 芳佳は、戸口から声をかける。


「お!」


 そくとうである。


「お前に必要なものは目覚まし時計だ!」


 と、バルクホルン。

 目覚ましの10個や20個でハルトマンがなおに起きると思っているあたり、まだまだ甘いところがあると言わざるを得ない。


「え〜っ! お菓子〜、お菓子〜、お菓子、お菓子〜!」


 シーツの下で連呼。


「うるさい!」


 バタンッ!

 問答無用、というようにバルクホルンは扉を閉めると、芳佳に告げた。


「という訳で、目覚まし時計をたのむ」


「は、はあ」


 く、来る意味あったのかな?

 ひそかに思う宮藤だった。


「め、ざ、ま、し」


(えっと予算は……まだだいじようだよね)


 メモの品の値段の見当をつけながら芳佳がろうを歩いていると、エイラがけ寄ってきた。


「宮藤! まくらだ!」


 エイラは芳佳の鼻先に自分の鼻先をきつける。


「枕買ってきてくれ、枕!」


「枕?」


 なにゆえに枕?

 芳佳にはよく分からない。


「色は黒で、赤のワンポイントがあるといいな。素材はヴェルヴェットで、なかったら、手ざわりのいいやつな。中綿は水鳥の羽で、ダウンかスモールフェザー」


 エイラはまくし立てた。


「ちょ、ちょっと」


 芳佳はメモろうとするが追いつかない。


「分かったか?」


「エイラさん、いっぺんに言われても訳分かんないですよ」


「はあ、仕方ないなあ。書いてやるから、ちがえんなよ」


 エイラはメモをうばい取る。


「……」


「いいか、忘れんなよ! 絶対だぞ!」


 エイラはさらに念を押した。


 それから少しして、M3ハーフトラックは芳佳たちを乗せ、ローマに向かって出発した。

 ハンドルを握るのは、もちろんシャーリーだ。


「いってらっしゃ〜い」


 手をるリーネ。


「いってきま〜す」


 芳佳は手を振り返す。


「……無事に帰ってきてね」


 リーネは、激戦地に芳佳を送り出す心境である。


 ……実際、シャーリーの運転は、激戦地以上のきようだということを、芳佳は身をもって体験することになった。



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