第四章 第二話


 夕方になって。


「エイラ」


 目を覚ましたサーニャが、肩を落としてろうを進むエイラをチョコチョコと追いかけてきた。


「や、やあ」


 エイラはぎこちないがおを見せてたずねる。


「どうしたんだ?」


「最近、どこかにこそこそ行っちゃうでしょう? 何かかくしてることがあるんじゃない?」


「わ、私がサーニャに隠し事なんて、ある訳ないじゃないか!?」


 後ろめたさに、視線が泳ぐ。


「……そう?」


 さぐるような表情になるサーニャ。


(本当のことを言いたい! けど、ちゃんと練習してサーニャのばんそうができるようになってからじゃないと、ずかしすぎる!)


「あ、あ、あ、そうだ! ちょっと私、用があるから!」


 顔を赤くしたエイラは、そそくさとサーニャの前から退散する。


「……」


 その後ろ姿を見つめるサーニャの背中は、ちょっとさびしそうだった。



 次にエイラがちようせんしたのはクラリネットだった。

 今回もあらかじめ、タロットでうらなうことにする。


「よし! ばっちりだ!」


 現れたのは、そうめいさや学識を示す『女教皇』のカード。

 このカードはにんたいけつじよを示すこともあるのだが、そのあたりは無視である。


「じゃ〜ん」


 しよくりよう倉庫にもぐり込み、ケースからクラリネットを取り出す。

 この前のハープが重すぎたので、とりあえず、軽そうな楽器を持ってきたのだ。

 くちびるをマウスピースに当て、息をき込むが……。

 ぷす〜。


「あ、あれ?」


 音が出ない。

 すぱ〜。

 ひょろ〜。


(もっと強くかな?)


 っぺたをふくらませ、力いっぱいに息を吹き込んだその時。

 ガンッ!

 ひじけに、クラリネットのせんたんがぶつかった。

 しようげきが、そのまま唇に伝わる。


「はうっ!」


 思わずのけぞったひように折りたたみ椅子が後方にたおれ、エイラの身体からだは45°回転して後頭部を強打する。

 ごい〜ん!


「……あうう」


 身体をよじり、起きようとしたエイラの手がつかんだのは、びついた食料だな

 思わぬ方向から力がかかった食料棚のが飛び、板がかたむき、せてあった食料品が次々と頭の上に落下する。

 ガラガラ、ガッシャ〜ン!

 小麦粉のふくろと、食用油。

 ウスターソースに、ケチャップ、粉チーズ、レギュラーコーヒー、いちごジャム、マーマレード、ラード、粉ゼラチン。

 ビンが割れ、ふたが飛び、内容物がエイラの全身をおおって、またたく間にベトベトしたなぞの生物が出来上がる。


「うう〜」


 白、黒、赤、黄色、茶色。

 全身をカラフルにいろどられたエイラが立ち上がったところに……。

 ガチャリ。

 とびらが開いて、すい兵が今夜のメニューで使用する食材を取りに現れた。


「ひ、ひぃ〜っ! オバ、オバケ〜っ!」


 エイラの姿を見るや、悲鳴を上げてげ出す炊事兵。


「せ、せめてようせいと呼んでくれ〜」


 ようかいしようエイラは、ねばつく物体がしたたり落ちるうでを上げてうつたえた。

 その日以来。

『食糧倉庫にひそむ怪物』という怪談がスオムスの兵士たちの間で語りがれるようになったことは言うまでもない。



「?」


 翌朝。

 食堂に姿を現したエイラを見て、サーニャは首をかしげた。

 頭にはコブができ、下唇が倍にれ上がっているのだ。


「な、何でもないんだ、本当に!」


 機先を制し、質問される前にエイラは両手を顔の前でる。


「でも……」


「そ、そうだ! コーヒーれてきてやるな!」


 エイラはサーニャに背を向けると、給湯室にけ込んでいった。



  * * *



 そしてまた翌日。

 エイラは夜に練習時間をずらすことにした。

 サーニャが夜間しようかいに出ている時間をねらうことにしたのだ。


「今夜は練習に最高の夜、か」


 タロットで運勢を占ったエイラは、カードを片付けながらうんうんとうなずいた。

 今回出たカードは『星』。

 希望、満足、かがやかしい将来のしようちようだ。

 最大の困難、を表すこともあるが、そのあたりはやはり無視である。


「今度こそ、今度こそ! サーニャの歌に相応ふさわしい演奏を……このラッパで!」


 と言ってエイラがケースから取り出したのは、きよだいなチューバだった。



 そして、深夜。

 サーニャはいつもと同じように、夜間哨戒の任にいていた。

 夕方までの雪はみ、星と月がきれいに出ている。

 風もおだやかで、心地ここちのいい晩だ。

 ラン、ラララ〜、ラララ〜、ルッラララ〜ラ〜

 くちびるから自然と流れ出るいつもの歌。

 光のおうかんを思わせるリヒテンシュタイン式魔導針が、サーニャの側頭部でいつしゆん、強く輝いた。


(……1時方向。ネウロイ?)


 サーニャは魔導針の反応があった方角に意識を集中した。

 北極星とオリオン三ツ星の中間あたり。

 月明かりを浴びてにぶく光るえいは、人間がつくり出したものではない。

 かつて、ロンドンをきようしゆうしようとしてシャーリーにげきついされたタイプにシルエットが似ているが、それよりも二回りほど大型で、つばさいつつい多い。


「……サーニャです。ネウロイが1機、基地北西約115kmを東に向かって移動中」


 インカムで基地の管制に一報。

 隊長が出るまでに、サーニャはネウロイに接近を試みる。


『リトヴャク中尉、聞こえるか?』


 隊長の声がインカムから聞こえてくるまで、そう時間はかからなかった。


『こちらのレーダーではネウロイの機影はかくにんできなかった。狙いはおそらく、沿岸部の工業地帯。すぐにげいげき部隊を送る』


 ネウロイはレーダーに感知されない高度で、山間をうように接近してきたのだろう。


『足止め、できるか?』


 と、隊長。

 このままの速度でネウロイが目的地を目指すとすると、迎撃部隊とのそうぐう地点は工業地帯の上空。

 かなりのがいが予想される。


だいじようです」


 サーニャはセーフティを外し、連発ロケットほうフリーガーハマーを構えた。

 だが。

 ギュン!

 先にけたのはネウロイの方だった。

 一条のビームがサーニャをおそい、熱気がほおをかすめた。

 続いて、第二、第三波。

 落ち着いてこれをかいするサーニャ。


(大丈夫。接近してくるものに機械的に反応しているだけ)


 再度照準にネウロイをとらえ、サーニャは一気に仕留めるつもりで三連射した。

 バッ!

 バッ!

 バッ!

 夜空にせきえがく三発のロケットだん

 しかし。

 ギュン!

 ネウロイはすべてのロケット弾を回避し、さらに速度を上げる。


「高速型?」


 サーニャは唇を真一文字に結ぶと、ネウロイを追った。

 一方。



おそい! 出撃準備急げ!」


 発進ユニットに飛び乗りながら、隊長はウィッチたちに命じていた。


「はい!」


 飛び立つ準備を進めるウィッチたち。

 もっとも、現在飛び立てるのは約半数。

 エイラが湖底にストライカーをしずめたせいだ。

 そして、その張本人のエイラの姿がここにはない。


「隊長! エイラが……」


 ウィッチのひとりがけ足で隊長のもとにやってくると、息を切らして報告する。


「少尉が見つかりません!」


「エイラ・イルマタル・ユーティライネン!」


 隊長は発進ユニットにこぶしを打ちつける。


「構わん! 発進する!」


りようかい!」


 ウィッチたちはいつせいに夜空にい上がった。



『リトヴャク中尉! じようきようを!』


「ネウロイはほぼ南東方向に速度を上げて直進中。工業地帯までのとうたつ予測時間は……」

 と、サーニャが報告を続けているちゆうで、高速移動を続けていたネウロイはとつぜん、北へと機首の向きを変えた。


「え?」


 方向てんかんした先には、特にこうげき目標となるようなせつはない。


ねらいは……何?)


 サーニャはネウロイにり切られまいと、どうエンジンの出力を最大に上げる。


『……待て、サー……合流……ろ……これ……わな……』


 隊長からの通信はぼうがいされ、サーニャの耳には届かなかった。



  * * *



 振り切られまいとらいついているうちに、本隊とのきよがかなり開いてしまっていることに気がついたのは、海に出て流氷が眼下に見えてきてからのことだった。

 ネウロイは突然、サーニャの背後につこうと急せんかいする。


さそい込まれた。ここで私をとす気……)


 サーニャは確信する。

 不思議とどうようが小さいのは、以前、ブリタニアでも同じようなことがあったから。

 今回も、最初から狙いはサーニャ自身だったのだ。


(今度は追われる……番……)


 すさまじいGにフリーガーハマーをぎ取られそうになりながら回避行動を取るが、ネウロイはピッタリとサーニャの後ろにつく。

 ビシュッ!

 ビーム発射。

 とつ身体からだじくをずらすサーニャ。

 ストライカーユニットのよくにわずかに熱線がれ、しようげきでバランスがくずれた。

 サーニャの駆るMig60は、きりみ状態で落下する。


(っ! ……まだ!)


 しつこくの海面スレスレ。

 サーニャは波をてて何とか体勢を立て直すと、じようしように入った。

 2機はそのまま南下し、再び陸上へと達する。

 白いかんむりおおわれた山々が、眼前にかび上がってきた。


(このままじゃ……)


 サーニャはくちびるんだ。

 何とか再び後ろを取りたいが、旋回性能は相手の方が上。

 さらに、さっきの一撃で右ストライカーの魔道エンジン出力が低下しつつある。

 勝機をいだすことができない。

 ズギュン!

 ネウロイのビームが、今度はかたをかすめる。


(……みんな!)


 ジリジリと追いめられたサーニャは、ギュッと目を閉じた。

 すると。


だいじよう! サーニャちゃんならきっと勝てるよ!)


「……宮藤さん?」


 聞こえてきたのは、なつかしい宮藤芳佳の声だった。


(何やっていますの、サーニャさん! しっかり目をお開けなさい!)


 次に聞こえてきたのは、ペリーヌの声。


(あ、えっと……がんりましょう! そうです! 私も頑張りますから!)


 これはリーネ。


(口に出すまでもないとは思うが、お前の力は高く買っている。……ハルトマンに言うなよ)


 と、バルクホルン。


(自分で自分に自信が持てなくても、みんなは信じてるさ、サーニャのことを)


 続いて、やさしいシャーリー。


こんじようだ! 心頭めつきやく!)


 坂本しようの活が入る。


(ほら、リラックス、リラックス)


(すっごいすっごい! ナイトウィッチ、かっこいい〜!)


ほこりに思うわよ、サーニャさん)


 ハルトマン、ルッキーニ、それにミーナ中佐。

 そして。


(サーニャ……)


 エイラのあのしようが、サーニャののうぎる。


「私はいつだって……ひとりじゃない」


 サーニャは180°旋回し、真正面からネウロイとたいしてフリーガーハマーを構えた。


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