第二章 第三話


「芳佳ちゃ〜ん!」


 格納庫のキャットウォーク。

 小走りでやってきたリーネはようやく芳佳に追いついていた。


「リーネちゃん!?」


「今度出て行ったら、禁錮処分じゃ済まないよ」


 おどろいてり返る芳佳の前に立つリーネ。


「どうしても確かめたいの!」


 芳佳の意志は変わらない。


「……私、ネウロイのことは分からない。でもね!」


 泣き出しそうになりながらも、リーネはきっぱりと言った。


「芳佳ちゃんのことは分かるよ! あきらめないところ、真っぐなところ……だから、私も一緒に行く!」


「えっ!」


「すぐにたくするから!」


、リーネちゃん!」


 いったん部屋にもどろうとするリーネの背中に向かって、芳佳はさけぶ。


「……どうして……私じゃ駄目?」


 立ち止まるリーネ。

 そのかたは小さくふるえている。


ちがうの。これは私ひとりでやるって決めたの。お願い」


 芳佳はうつたえた。

 もうだれも、自分のために傷つけさせない。

 それが、ひとりで出てゆく芳佳の決意だった。


「ごめんね」


「……」


 リーネは芳佳のところにけ戻り、きやしや身体からだきしめた。


「早く帰ってきてね」


「うん」


「ずっと待ってるからね」


「うん」



  * * *



「宮藤さんがだつそうしたわ!」


 ブリーフィングルームに一同を集め、ミーナは報告した。


「脱走?」


「やるなあ……」


 ざわつく一同。


「あの鹿が!」


 き捨てるバルクホルン。


(まったくあいつと来たら! クリスよりごうじようで、クリスより危なっかしくて、クリスより見境なしで……クリスと同じくらい真っ直ぐ、か……)


「これが司令部に知れたらやつかいだわ。急いで連れ戻すわよ」


 と、全員でハンガーに向かうようにミーナが指示を出そうとしたその時だった。

 ジリリリリン!

 司令部直通の赤電話がけたたましく鳴った。


「はい、501。……! 閣下! はい……ですが、それは……いえ、りようかいしました」


 受話器を置いたミーナは一同に告げた。


「司令部から、宮藤さんに対するげきつい命令が下ったわ」


 あまりにもじんそくな、司令部の対応。

 以前からおぼろげながらに抱いていた、基地内にマロニーと通じている者がいるのではという疑念が、これで裏付けられた形である。


(予想していたうちでも……最悪の展開ね)


 だが、逆にそのことが、ミーナを冷静にさせた。


(宮藤さん……つかまえたら、トイレそう半年はかくしてもらうわよ)


 ミーナは小さく息をつくと、ブリーフィングを開始した。



「以上です」


 ブリーフィングはだんよりも手短に済んだ。

 目的は芳佳のがらの迅速な確保、とハッキリしているからだ。

 待機はエイラとサーニャ。

 ほかに……。


「あ、ペリーヌさんはしようの看病をよろしくね」


「はい」


 ミーナに言われ、ペリーヌはちょっとほっとした様子で病室に向かう。


「お待ちなさい、リーネさん」


 元気のない顔でブリーフィングルームを後にしようとするリーネに、ミーナは声をかけた。


「はい」


 うつむき気味だった顔を上げるリーネ。


「あなたは残りなさい」


「えっ?」


「今日一日、宮藤さんの代わりに自室できんしんしていなさい」


「はい!」


 この程度のことは、覚悟の上で芳佳を飛び立たせたのだ。

 リーネはなおに命令に従う。


「……まったく、扶桑の魔女って」


 がんで真っぐで……。

 今度こそ。

 宮藤さんを守って見せるわ、美緒。

 ミーナはそう決意し、ハンガーへと向かった。



  * * *



 そのころ


「くしゅん!」


 坂本は不意に鼻がムズムズするのを感じ、くしゃみをした。


だいじようですか、坂本少佐」


 づかうペリーヌ。


「いや、何ともない」


「ほっ」


「そうか、宮藤が……」


 飛び立ってゆくウィッチたちを、窓から見上げる坂本。


「ええ。宮藤さんのおかげで、基地中おおさわぎですわ」


「そうだなあ」


 坂本は、ペリーヌをり返った。


「ペリーヌ、たのみがある。お前にしかできないことだ」


「は、はい」


 お前にしかできないこと。

 そう言われてポッとほおが赤く染まるペリーヌだった。



  * * *



「そろそろこの間の場所……」


 芳佳はグリッド東23地区に再びやってきていた。

 すでに雨は上がり、空は晴れわたっている。

 白い雲がかぶ周囲を芳佳が見渡していると……。


「あっ!」


 目の前にこの前の人型ネウロイが現れた。

 ネウロイは芳佳の前で同じようにホバリングすると、ふっと背を向けて移動し始める。


「待って!」


 後を追う芳佳。

 その前方には、きよだいうずのような雲がそびえていた。



「いた! いつしよにいるよ!」


 最初に芳佳を発見したのはハルトマンだった。


「ネウロイ!」


 バルクホルンも気がつき、ネウロイに向けてMG42を構える。


やつが坂本少佐を!」


 だが。


「待って!」


 はつぽうしようとするWエースを制したのは、ミーナだった。


(確かに……あのネウロイの行動は宮藤さんの言う通り、普通とちがう)


 ほんの少し。

 ほんの少しだけ、様子を見ようという気になるミーナ。


何故なぜだ!」


 バルクホルンは、そんなミーナをキッと振り返る。

 その時。


「何だ!? あれは!?」


 と、声を上げたのはシャーリーだった。

 巨大な黒い雲の渦が、ミーナたちの眼前にせまってきていたのだ。


「ネウロイの巣よ」


 ミーナはゆっくりと回転する雲を見つめる。


「前にも見たことある。あそこから奴らは来るんだ!」


 ハルトマンは言った。


「あれをかいしようと、多くの仲間がこうげきした……。だが、だれひとり近づくことすらできなかった」


 バルクホルンはしようと化した街や散っていった兵士たちのことを思い出し、グッとこぶしをにぎりしめる。


「芳佳が中に入っていくよ!」


 ルッキーニが、人型ネウロイを追って巣に入ってゆく芳佳に気がついた。


「何だと!」


 まったくけいかい心のない芳佳は、人型に案内されるかのように、ネウロイの巣に直下からしんにゆうしてゆく。


「わ〜、雲のろうみたい」


 はたから見ると完全に場違いな感想を口にする芳佳は、黒い渦の中をじようしようしてゆく。


「……入っちゃった」


 ぼうぜんとするシャーリー。


「誰も入れなかったのに」


 ハルトマンも、自分の見ている光景が信じられないといった顔。


「奴らのわなか!?」


 バルクホルンは険しい表情をくずさない。


「芳佳!」


「待ちなさい!」


 すぐに追おうとするルッキーニを、ミーナは止めた。


「……様子を見ましょう」


 そう。

 信じなくては……宮藤さんを。

 そうかくを決めると、もうミーナの心はるがなかった。


 ネウロイの巣の中心にとうたつした芳佳は、とつぜん、周囲が光に包まれるのを感じた。

 八角形のパネルのようなないへきに、図形とも文字とも判別のしがたい光の線が走っている。

 下方には地形図らしきもの。


「これは?」


 人型ネウロイは、赤い、とうめいな十二面体の前に立っていた。


「コア、だよね?」


 芳佳は人型に近づき、コアをはさむようにして前に立つ。


「あの?」


 声をかけると、芳佳たちを囲むように無数のスクリーンが空間に浮かび上がった。


「え、地球……」


 そのスクリーンに映し出されているのは、青い海と白い雲におおわれた天体。

 陸地の形は、世界地図で見るものとそっくりだ。

 やがて、スクリーンには空から突然出現したネウロイと、それをげいげきするせんとう機の姿が。

 焼かれる街。

 そして、ビームの下をかいくぐって飛ぶひとりのウィッチ。

 巨大ネウロイを破壊し、シールドを張る。

 まぎれもない、坂本の姿だ。


「坂本さん!」


 思わず声をかける芳佳の目の前で、映像は切りわった。


「えっ……」


 今度は、ついらくしたネウロイのコアと、それを囲む研究者らしい男たちの姿だ。


「ネウロイのへん?」


 暗転。

 今度はどこかの工場か研究せつだろうか?

 くらやみに、うすぼんやりと人型の機械が置かれているのが分かる。


「ここ……どこ? 何……あれ?」


 さらに映像は変わり、この前の、芳佳と人型ネウロイが空をう場面が映し出された。


「私だ……」


 芳佳は人型に向かって、すっと手をばす。

 人型も、同じように芳佳に向かって手を差し伸べる。

 しかし。

 次のしゆんかん

 人型は何かを察知したかのように姿を消した。


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