第二章 いっしょだよ  ──または、サーニャのサーニャによるサーニャのための章

第一話


 1944年8月16日 夜間


 ラン、ラララ〜、ラララ〜、ルゥラララ〜ラ〜


 月光を受けてかがやく雲のうなばらに、歌声が流れていた。

 そして、その白い波間を、船のように、キラキラと光のせきえがいて飛ぶのは、ひとりのウィッチ。

 あしにはMig60。

 手には連発ロケットほうフリーガーハマー。

 そして側頭部には、ライトグリーンに輝く光のさくてきアンテナ、リヒテンシュタイン型魔導針。

 サーニャ・V・リトヴャクちゆうである。

 ローレライを思わす歌声は、彼女のものだったのだ。


 そして。

 その同じ夜の空を行く、Ju52輸送機の内部では……。


「むう……」


 坂本美緒しようが、苦虫をつぶしたような顔でうでみをしていた。


げんさが顔に出ているわよ、坂本少佐」


 正面に座っていたミーナは顔を上げ、やさしいがおたしなめる。


「わざわざ呼び出されて何かと思えば、予算のさくげんだなんて聞かされたんだ。顔にも出るさ」


「彼らもあせっているのよ。いつも私たちばかりに戦果を上げられてはね」


「連中が見ているのは、自分たちの足元だけだ」


「戦争屋なんてあんなものよ。もしネウロイが現れていなかったら、あの人たち、いまごろは人間同士で戦い合っているのかもね」


「さながら世界大戦だな」


 おもしろじようだんだというように笑顔になった坂本は、となりで子供のように窓の外をながめていた芳佳をり返る。


「悪かったな、宮藤。せっかくだから、ブリタニアの街でも見せてやろうと思ったのに」


「いえ……。私は、その……軍にもいろんな人がいるんだなあって……」


 と、言いかけた芳佳は、インカムから流れてくる歌声に気がついた。


「あの、何か聞こえませんか?」


「ん? ああ、これはサーニャの歌だ。基地に近づいたな」


「私たちをむかえに来てくれたのよ」


 坂本とミーナが説明する。


「ありがとう」


 Ju52にへいこうして飛ぶサーニャに気がついた芳佳は、インカムに呼びかけながら手を振った。


(あ)


 いつしゆん、チラリと芳佳を見たサーニャは、ほおを染めてJu52の下方の雲海の中に姿をかくす。


「……サーニャちゃんってなんか照れ屋さんですよね?」


 芳佳はミーナを振り返った。


「ふふ、とってもいい子よ。歌も上手でしょ」


 と、ミーナが微笑ほほえんだその時。


「……あら?」


 サーニャの歌がんだ。


「どうした、サーニャ?」


 坂本がたずねる。


だれか、こっちを見ています』


 索敵能力を持つ魔導針の反応を伝える、ささやくようなサーニャの声。


「報告はめいりように。あと、大きな声でな」


 坂本はさとす。


『すみません。シリウスの方角に、所属不明の飛行体、接近しています』


 今度はいくぶん、はっきりと答える。


「ネウロイかしら?」


 と、ミーナ。


『はい、ちがいないと思います。通常の航空機の速度ではありません』


「私には見えないが?」


 坂本は眼帯を上げ、魔眼でシリウスの方を見た。


『雲の中です。目標を肉眼でかくにんできません』


「……そういうことか」


「ど、どうすればいいんですか!?」


「どうしようもないな」


 あわてる芳佳に、坂本はあっさりと告げた。


「そんなあ〜」


くやしいけど、ストライカーがないから、仕方がないわ」


 ミーナもそう言うと、ハッと坂本を見る。


「……あ。まさか、それをねらって?」


「ネウロイはそんな回りくどいことなどしないさ」


 少なくとも、今までにそんな前例はない。

 相手のすきくような作戦行動は、坂本の描くネウロイ像といつしないのだ。


『目標はぜん、高速で近づいています。せつしよくまで、約3分』


 と、サーニャ。


「サーニャさん。えんが来るまで時間をかせげればいいわ。交戦はできるだけけて」


 ミーナは雲の中からじようしてきたサーニャを見た。


『はい』


 サーニャはれた様子で空飛ぶてつつい、フリーガーハマーのセーフティを解除すると、Ju52輸送機からきよを取る。


『目標を引きはなします』


「無理しないでね」


 と、ミーナ。


「よく見ておけよ」


 坂本は芳佳に声をかける。


「は、はい」


 芳佳は窓に顔を張りつけるようにして、サーニャの姿を追う。


「サーニャちゃんには、ネウロイがどこにいるか、分かるんですか?」


「ああ。あいつには地平線の向こう側にあるものだって、見えているはずだ」


「へえ〜」


「それでいつも、夜間のしようかい任務についてもらっているのよ」


 ミーナが説明している間に、サーニャは目を閉じ、魔導針でネウロイの位置をさぐる。


「お前の魔法みたいなもんさ」


 坂本が補足する。


「さっき、歌を聞いただろ? あれもその魔法のひとつだ」


「歌声で、この輸送機をゆうどうしていたのよ」


(歌声……で?)


 月明かりを背にかび上がるサーニャの姿は、さながら現代のローレライのように芳佳のひとみには映っていた。


「……あ」


 赤く輝くネウロイが高速接近してくるのを、サーニャはとらえた。

 びんな動きでフリーガーハマーをネウロイに向け、トリガーを引く。

 まず二発。

 せきを残して飛んだロケットだんの光球が、雲に大穴を開ける。

 さらにもう一発。


はんげきして……こない?」


 サーニャはさらにトリガーを引く。

 だが、ネウロイのほうからは何の反応もない。


「さすがね。見えない敵相手によくやっているわ」


 ロケット弾のばくはつかがやく雲を見ながら、ミーナは言った。


「私には、ネウロイなんて、全然……」


 目をらす芳佳だが、見えるのはフリーガーハマーの光球だけだ。


「サーニャの言うことに間違いはない」


 残弾数から、坂本はこれ以上のせんとうは無理だと判断を下す。


「サーニャ、もういい、もどってくれ」


「でも、まだ……」


 かたで息をするサーニャ。


「ありがとう。ひとりでよく守ってくれたわ」


「…………」


 ミーナの指示に、おとなしく従うしかないサーニャだった。


 雲の下はよこなぐりの激しい雨だった。


「ひどい雨だな。何も見えない」


 ネウロイらいしゆうの報を受けて出撃した4機のうちの1機、ハルトマンはつぶやく。


「あそこだ」


 雲間から光がれてくるのをバルクホルンが見つけた。


「サーニャ!」


 単機、速度を上げて光を目指したのはエイラである。

 よく、ほかのウィッチから何を考えているのか分からないと言われるエイラだが、サーニャに関することになると、いつものとぼけた態度は消える。


「ちょっと、エイラさん! 勝手なこと!」


「……いや、いいだろう」


 ふんがいするペリーヌをバルクホルンは制した。


「戦闘は終わったようだ」



  * * *



「それじゃ今回のネウロイは、サーニャ以外、だれも見ていないのか?」


 冷えた身体からだをシャワーで温めてきたバルクホルンは制服の上をいだ格好でミーティング・ルームに姿を見せていた。

 ではキャミソール姿のルッキーニが丸まってねむりこけ、ソファーには坂本、ミーナ、ブラとスパッツ姿のハルトマンが座っている。

 もうひとつのソファーには、バルクホルンと同じように制服の上を脱いでくつろいだリーネと芳佳。

 その背後のピアノの椅子には、シャツとネクタイ姿のサーニャ。

 かたわらには水色のスウェットを羽織ったエイラ。

 しんのジャージー姿のシャーリーはルッキーニのそばに立ち、なやましいネグリジェをまとったペリーヌは坂本のそばの椅子にこしを下ろしている。


「ずっと雲にかくれて、出てこなかったからな」


 坂本は言った。


「けど、何も反撃してこなかったっていうけど、そんなことあるのかなあ? それ、本当にネウロイだったのかあ?」


 ソファーのひじけに寄りかかり、疑念を口にするハルトマン。

 別にサーニャを疑う心算はないのだが、思ったことがすぐに言葉となって口から出てしまうのが、ハルトマンのいいところでもあり、悪いところでもある。


「…………」


 サーニャは済まなそうな顔になり、何も言えない。


ずかしがり屋のネウロイ!」


 場をなごまそうと、慣れないじようだんを飛ばすリーネ。

 だが、みんなの反応はにぶい。


「なんてことないですよね。……ごめんなさい」


 リーネはいつもよりも、さらに身を縮ませる。


「だとしたら」


 紅茶のカップを手にしたペリーヌが、横目でサーニャを見た。


「ちょうど似たもの同士、気でも合ったんじゃなくて?」


 当てこすりに、さらに肩を落とすサーニャ。

 その横で、ムッとした様子のエイラがペリーヌに向かってベ〜っと舌を出す。


「ネウロイとは何か?」


 追いめられた表情のサーニャに気づいたミーナは、カップをらしながら言った。


「それがまだ明確に分かっていない以上、この先、どんなネウロイが現れても、不思議ではないわ」


 ことネウロイの取る行動に関しては、ミーナのほうが坂本よりもじゆうなんな考え方をしているようだ。


「仕損じたネウロイが、連続して出現する確率はきわめて高い」


 と、坂本。


「そうね。そこでしばらくは、夜間戦闘を想定したシフトをこうと思うの。サーニャさん」


「はい」


「宮藤さん」


「あ、はい?」


 ミーナは二人を指名した。


「当面の間、あなたたちを夜間専従班に任命します」


「え? 私もですか?」


 何で自分が、とまどう芳佳。


「今回の戦闘の経験者だからな」


 坂本は当然のような顔をするが、あれは戦闘に参加したとは言えないと正直、芳佳は思う。


「私はただ見ていただけ……むぎゅっ!」


 芳佳が自信のないことをミーナに告げようとしたその時。

 エイラがいきなり、ソファーの後ろから芳佳の頭の上にのしかかり、手を挙げた。


「はい、はい、はい、はい! 私もやる!」


 最初から宮藤だけでサーニャのサポートをさせる心算はなかったミーナだが、案の定、そこにエイラが乗っかってきた訳である。


「いいわ。じゃあ、エイラさんもふくめて三人ね」


 みがこぼれそうになるのをまんしながら、ミーナは言った。


「それ以外のメンバーは、昼夜けんにんのローテーションとします」


「……すいません。私がネウロイを取りがしたから……」


 ほうに暮れる芳佳の背後でか細い声。


「え?」


 り返ると、そこにはしょんぼりとしたサーニャの姿が。


「ううん、そんなこと言ったんじゃないから」


 なぐさめようとする芳佳だったが、サーニャの表情が晴れることはなかった。


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