45作目は現代作品
『みかづき』森絵都 集英社 2016年9月刊
修行の基本は古典作品だが、これは明らかに現代の名作の一つだと思い、加えることにした。
冒頭から引き付けられる。
主人公の率直な心情と背景描写で、あっという間にお話の世界に引き込まれる。
そこにまったく違和感がない、無理な感じがない。
当たり前のことかもしれないが、最初の数行で、これはプロだ、と思わせる。
小説の場合、どうしても作者は冒頭に力が入ってしまう。特に素人ではそれが顕著だ。読んで欲しいと思うあまり、やり過ぎてしまって、むしろ読者を遠ざけてしまうことがある。わが身を振返り、メモをする。
氏の作品に最初に出会ったのは、『風に舞い上がるビニールシート』だった。
読後のタイミングで直木賞候補となり、受賞の報を耳にしたときは、なるほどと納得した。
あれだけの重いテーマを風のように軽やかに、しかし一人の女性の人生の岐路と重ね合わせてしっかりと描いていた。見事だった。
今回も、テーマは教育という、非常に重く深いものだが、塾という視点から公教育や現場での課題を当事者目線で取り上げながら、タイトルの「みかづき」に沿って、ある家族の3世代を描いて行く。
章が変わる度に、ある程度の時間が経過して、時が飛ぶような構成になっていたのが新鮮だった。
しかも、その「飛んでいる」を説明口調ではなく、自然と読者が理解して読めるように配慮されている。
このさりげなさは、冒頭から最後の1ページまで続く。この一貫性、連続性は、やはりプロの力量だろう。
以前に翻訳出版を経験した折に、「単発の名訳は要らない。それよりも、一冊を通して一定レベルの訳を出せ」と師匠に指導された。そのお手本を、見せつけられた思いだ。
もう一つ、記しておきたいのは、この小説の描写のリアルさだ。
どの会話も、どの情景も、まさにすぐ目の前で繰り広げられるような親近感と現実感を帯びている。浮いていない。この人物ならこう言うだろうと思わせるし、登場人物の造形に合わせた言葉遣いを徹底している。
ここまで書けるようになるために、どれだけの人間観察と下調べがあっただろうかと想像するだけで凄みを感じる。
登場人物は、みな長所も短所もしっかり描かれているが、短所に関しても描写に嫌味がなく、どれもが「あるある」に感じられる点がすごい。
これが、「完璧な人間などいない。だからこそ、人は教育によって、学びながら成長し続けるのだ」、と全編を亘って伝えることに成功していると感じた。それこそが、この作品のテーマなのだろう。
小説のテーマをどう扱い、どう表現するか、という点でも、これは何度か読み返す作品になりそうだ。
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