山海食事。毎日アワビ祭。ヴェネツィアの水路をめぐる冒険。

 リアスアーク美術館はその名の通り、四角い箱のような形をした舟の形状をしていた。外観はこじんまりとしていて、若干の色褪せが年月を思わせる。わたしの地元にある市立美術館のほうがずっと大きい。


 展示室は三つあって、それぞれ常設展、企画展、新常設展だ。新常設展は震災後設けられた場所らしく、〈東日本大震災の記録と津波の災害史〉と銘打たれている。

 企画展では〈水際に生きる~ヴェネツィアの街並み~展〉が催されている。

 気仙沼とヴェネツィア、どんな関連があるんだろう。そんな疑問を抱きつつも、まずは常設展に行くことにした。



 常設展は〈食〉をテーマに気仙沼の歴史や民俗にまつわる史料が展示されていた。


 食。

 昨夕の弁当は本当においしかった。白身魚の味を思い出してよだれが出てくるけど、おいしいのは魚だけじゃなかった。山の幸だって、気仙沼はおいしい。この美術館の周りにも雑木林が広がっている。山と海との距離が近い。だから豊富な食がもたらされ、人々はこの地に住むようになったのだった。


 古代人の食事と書かれたイラストに、穀物と共にアワビやタコなどの海鮮を入れて蒸したものを食べていた、とあった。つい最近食べた覚えがある。


 あれはそう、ホテル観洋で食べた釜飯だ。タコとウニと刻みアワビが入っていて、ちょっぴり塩味が効いてて、最高の贅沢を味わった。


 あのときわたしは、古代人になっていたんだ。アワビなんてドサドサ獲れたに違いない。

 毎日アワビ祭。カキやホタテも余るほど取れて、汁ものにしたり乾燥させたりして、旨味を存分に味わっていたに違いない。


 太古の食事は質素だったかもしれない。スーパーにバジルソースドレッシングは並んでないし、チキンラーメンも存在しない。

 なにより米が貴重で、よく獲れるもので割増して腹を慰めていたのかもしれない。


 ただ、贅沢品をこれっぽっちの贅沢さも感じずに食べることがどれだけ贅沢なことか! 気仙沼に住んでいた古代人一人ひとりを説き伏せて、それで笑われ者になりたい。そんな妄想をした。



 次は企画展に行く。〈水際に生きる~ヴェネツィアの街並み~展〉は今日までの開催だった。


 細長い通路に絵画が飾られている。ラフ画や油彩画が多い。


 突き当たりを曲がると男性と女性が絵の前で話していた。壮年の男性は名札を首から下げていた。たぶん学芸員だ。もう一方はドレスを着こんでいて、美術館慣れしてるように見える。

 作家に関する話をしているのか、人の名前がよく出てきていた。取材、という言葉も耳に入る。もしかしたら有名な人なのかもしれない。ドキドキする。

 ラフ画を見つつ、あまり集中できない。


 ヴェネツィアにまつわるある画家を特集しているみたいだ。画風がどれも似ている。奥行きがあって、水がきれいな印象を受ける。

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