養われた洞察の目。雑談たち。ペダルを漕いだからこそのよろこびを知る。

「あの、日焼け止めって、ありますか?」

「外へはよく出る?」

 端的な質問を返された。


「あ、えっと、はい。結構歩いたり、走ったり、自転車で」

 ちらっとわたしの顔と服を見て、のっそり立ち上がった。


「そんな数扱っちゃいないんだけど、ジェルタイプとか、乳液タイプとか。これは……ベビー用だから、肌に優しいタイプ。クリームタイプは、えーっと、うちじゃ扱ってなかったか」

 一品一品手に取って説明をしてくれる。


 日焼け止めっていろんな種類があって、虫刺されに日焼け止め成分が入ってるものとか、化粧水みたいなものとか、挙げればキリがない。


 というか、品数少ないって言ってたのに、両手で持ちきれないくらいの種類が揃ってて驚いた。

 結局防御力が高そうで、ウォータープルーフ(汗を掻いても落ちにくい)と記載されているものを選んだ。絆創膏と消毒液もついでに購入する。


「お姉さん、ひとり旅?」

 会計中尋ねられて、内心ドキッとした。


「友達と別行動中なんですけど……旅してるって、わかりますか?」

「五十年やってりゃ、ね。今年で七三だし」

「なな……! 若い」

「おだててもなんもできないよ」


 そう笑ってたけど、どう見てもわたしのお母さん(東京オリンピック生まれ)と同じくらいの肌つやをしている。


「気を付けてね」

「はい、ありがとうございます!」


 頭を深々と下げて薬局を出た。心がどきどきしている。なんだろう。いろんな感情が溢れ出て止まらないし、収まんないんだけど、知らないまちで知らない人と話すって、楽しい! まさかこのわたしがそんな気持ちを抱くとは思わなかった。



 自転車にまたがる。すぐにでも漕ぎ出したい気持ちを抑えて、袋をポーチにしまった。


「よっ!」

 男性の声がして顔をあげる。


「おお!」

 前方で道路の反対側の男性に声を掛けていた。


「どこまで?」

「駅よ」

「じゃ!」

「おう!」


 たった数秒間のことだったけど、これが衝撃的だった。郵便配達員のとき抱いたモヤモヤが、薬局で喜びと絡まって、今の風景にぱっと心の底から叫びたい衝動に駆られた。


 こんなまち、見たことがない。楽しい、楽しい! だから、気仙沼のこと、もっと知りたい!


 別に、まちの人々全員が神がかったコミュニケーション能力を持っているわけじゃないと思う。盲目的に礼賛したいわけじゃない。これはきっと、長い日々の積み重ねなんだ。熟成された地域の輪がここにはあって、そのなかで人々が会話を交えているんだ。


 とんでもない発見をしてしまったような気がする。この発見はバスで移動してたらできなかったと思う。

 三ツ葉が歩きを重視する理由がなんとなくわかったような気がした。でも重荷を背負って歩きまくるのはもうイヤなので、この感動は自分自身だけのものに留めよう。


 決心を固めて、ペダルを踏みしめた。

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