白い高架橋。アワダチソウのサイケデリック。土のなかにいる。

 元来た道を引き返した。男性はホテル観洋への迂回路を案内してくれた。

 国道を並走する細い車道に降りた。センターラインはなく、何度も補修された跡があり、でこぼこしている。側溝のふたがいくつか取れていたり、割れていたりする。


「この道は震災以前からあった道です。BRTやトラックが通る道は仮設の国道なんです。一メートルほどかさ上げされとりますが、それは町全体が地盤沈下して、雨が降ると冠水してしまうからなんです。ここはずいぶんよくなりましたが、海に近い病院跡地や高野会館のある場所は今も大きな水たまりがありますよ」


 地盤沈下と聞いて石巻の姿を思い出した。萬画館や自由の女神像のあったあの中州は、満潮になると水に浸かる箇所があった。きっと珍しいことじゃないんだ。

 目の前に角の削れたコンクリートの高架があった。高架下の高さは二メートルくらいだろうか。


「気仙沼線の高架です。実は、すぐ左隣が志津川駅だったんです」

「鉄道が通っていたときのですか?」

「そうです。わからんでしょう? しかし目印があるのも今のうちです」


 高架下の道は薄暗く、今にも崩れてしまいそうだった。道路の隅に水たまりがあった。

 その向こうはかさ上げのされていない平たい土地があった。背の高いアワダチソウが群生している。太い茎と幾重にもなる細長い葉が道の脇を覆っている。ここはやがて農地となるらしい。周囲は平たいけど、海は見えない。仮設国道沿いは盛土がされているから、それが防波堤の役割を担うんだろう。


 このアワダチソウという植物がどうも苦手だった。枝分かれしてない真一直線の太茎、規則正しく茎から伸びる短剣のような葉っぱ、花粉の塊みたいな密集した花弁。他の植物が一切生えてないのも不気味さを助長している。この気味悪さは、ザクロの実とか蓮の実をじっと見てるときの恐ろしさに似てる。


 水分を補給しながら二人に付いていった。三ツ葉は重機や内陸の山を撮影しながら男性の話を聞いている。

 三ツ葉は怖くないのだろうか。遠くのほうから聞こえるアブラゼミの合唱が、カラスの声が、胸の奥をかきまわしていく。ひと気のない一本道。じっとりした風がアワダチソウの群れを揺らす。汗が背中を徐々に冷やしていく。汗拭きはどこに置いたっけ。頭痛がする。砂埃を吸ったからか喉が痛む。


 アワダチソウの養分は一体なんなのだろう。なぜそれしか生えないのだろう。わたしの背を凌駕する力強さ。


 行方不明者二一二人。

 あの茂みのなかに人が潜んでいても、誰も気づかない。女性の幽霊の話。


 確証のしようがない妄想がどんどん群がってくる。息が上がり、前を歩く二人との距離が開いてく。なにを話してるんだろう。時折三ツ葉は微笑んで、男性はドカッと笑った。


 わたし、ここにいていいのかな。

 ここに来るまで、被災地ってイメージをしっかり浮かべることができなかった。あの傷だらけの防災庁舎を見て、やっとあのときの光景を思い出せた。

 テレビの映像には、流される人の姿も、瓦礫に押しつぶされる人もいなかった。

 心の奥では「あそこにいる人たちは死んだんだ」と思う。一方で「映ってないんだから、亡くなった人なんていないんだ」とも思っていた、いや信じていた。


 盛土の周りも、その裏の平べったい荒地のどこを探しても、遺体なんてあるわけがない。そのはずが今のわたしなら容易に埋まった人々を見つけることができるような気がしてしまう。


 このまちはわたしにとって、あまりにも情報が多すぎた。今のことと昔のことがごっちゃになって、正常に考えられなくなっている。

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